第26話 不思議な空間
「ここは、どこだ?」
私は、確かに睡眠をとったはずだが、なぜか目は冴えており、今は良くわからない空間にいる。
「まさか、また、奴のゲームに拉致されたんじゃないだろうな!?」
慌てて周囲を見ると、あの黒い空間に似てはいるが、どこか違う気がした。
そうして、周囲を観察していると、何か前方に建物があるのが見えた。
「行ってみるしかないか。」
覚悟を決めて建物に向かうと、古い道場のようなつくりをしていた。
入り口には立派な門があり、周囲を白い塀で囲われた、かなり広い敷地を持っているようだ。
「なんかすごいな。門は開いているようだし、中に入ってみるか。」
恐る恐る、中を覗いてみるが誰もいない。
門から中に入ると、正面には母屋のような建物があり、左手にはTHE道場のような大きな建物があった。
母屋のような建物には誰かいるのでは、そう思い近づいてみるが、人の気配はない。
「すいませーん。どなたかいらっしゃいませんか。道に迷ってしまって、お邪魔させてもらいたいのですが~。」
声をかけても誰もいないようだ。
流石に勝手に建物に入るのは憚られるので、今度は道場に向かってみた。
そして、窓から中を覗くと、中央に誰か人らしき存在が見えた。
「すいませーん。少しお話を聞きたいのですが。」
私が尋ねるが、微動だにしない。
あきらめきれずに、今度は入り口から中に入り、中央の人物?に近づいて話しかける。
どうやら、この人物は甲冑を身にまとっており、顔は鬼面をしているため、素顔を見ることはできない。
かすかに、体は上下しているようなので、生物ではあるようだ。
「あの。勝手に敷地に入ってしまったのは申し訳ありません。私は加賀見 景と申します。実は、ここがどこかわからず途方にくれていまして。どうか、この場所のことを教えてくれませんか?」
教えて、そう言ったときに、今まで微動だにしなかった甲冑が動き出した。
「汝、我の武を望むか?」
「置物じゃなかったのか。」
結構、失礼な感想であったが、今まで無視されていたので、これくらいは許してほしい。
全身が覆われており、声もくぐもっているため、男女の区別もつかず、どちらにも思える。
再度甲冑が問う。
「汝、我の武を望むか?」
部?いや、「武」か、一体何のことだ。
それに、この場所、この状況、何かが引っかかる。
道場、鍛錬を積む場所・・、修練場?
そうか「修練場(槍)」スキルか!?
やっと、そこに思い至った私はステータスの説明文を確認する。
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・修練場(槍)
消費MP:なし
能力
睡眠時に発動
夢の中に修練場が出現し、鍛錬が可能
修練場の鍛錬は、肉体には影響を及ぼさないが、スキル等の熟練度は増加する
スキル発動時は、睡眠の質が上がり、HP、MPの回復速度が増加する
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「やっぱり、これの効果か。発動したつもりはなかったから、わからなかった。」
スキルの効果であるなら、ひとまずは危険はない・・はず。
そう思った私は、甲冑の問いに肯定で返すことにした。
「武」それは、基礎能力の低い私がこれからの戦いに挑むために必須なことだと、そう強く感じたからである。
「汝、我の武を望むか?」
「ああ、望む。」
そういうと、甲冑は笑ったように見えた。
勿論、顔は見えないが。
「汝、我の武を望むか。然らば、鍛錬を始める。」
その言葉と共に、私の目の前に槍が出現した。
長さは大体160cmほどで、ミノタウロス戦で使用したものとほぼ同等のものである。
「これを握ればいいのか?」
甲冑を見るが、こちらを見るばかりで何も言わない。
仕方がないので、槍を握ると甲冑が再び動き出した。
どうやら、正解らしい。
「汝、槍の基礎有らず。然らば、素振り百回から始める。」
おい、いきなり地味だな。
しかも百回かよ。
そう思いながらも、素振りを開始すると、二回目で甲冑に止められた。
「汝、槍の扱い能わず。」
そう言うと、甲冑は私の持つ槍と同じ長さの槍を取り出し、構える。
そして、槍を突いた。
「なんて。滑らかで、美しい突きなんだ。」
私は、信じられないとばかりにその軌跡を頭の中に再現する。
一切の無駄のない滑らかで連続性のある動き。
なぜ、こんなにも見えるのかと思考を巡らせたとき、「見切り」スキルの記載を思い出した。
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・見切り
消費MP:なし(パッシブ)
能力
視界に入る物体の動きを、瞬時に理解し反応するスキル
相手の攻撃の軌道や、自身の攻撃の精度などを見極めることができる
反応できる速度等は、熟練度によって変化する
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見切りスキルのおかげだろうか、甲冑の繰り出した槍の一突きは脳内にはっきりと思い出せる。
力の伝達は足からに見えた。
足から膝、腰、そして肩、ひじ、手首とすべての関節にロスなく力を伝達していく、その流れる水のような連動は、一流の工芸品のような完璧な構成をしていた。
「どうすれば、その突きができるようになるのでしょうか。師匠」
師匠、その言葉が自然に出てきた。
それほどまでに、あの一突きは私の心を離さなかった。
「汝、槍の基礎有らず。然らば、素振り百回から始める。」
師匠は、再度素振りを要求してきた。
だが、先ほどとは違い私には明確な目標があった。
あの突きを目指して、見切りスキルをフル活用しながら、素振りを始めた。
どの程度、素振りを続けていただろう。
はじめは全くできなかったが、見切りスキルとレベルアップのDEX値の上昇のお陰か、みるみる素振りは上達していった。
そして、二時間が経過する頃には、ある程度満足する素振りができるようになってきた。
そして、会心の一撃と感じたときに師匠から「一」という声が聞こえた。
私は、思わず振り返るが、師匠は何も言わない。
だが、次のこれはという突きの時に、再び師匠から「二」という声が聞こえた。
「間違いない。素振りと認められた回数なんだ。」
師匠に認められた。
その事実が胸を熱くする。
その後も、素振りを続けていった結果、始めてから六時間が経過する頃に、ようやく「百」の声を師匠からもらえた。
ここまで、夢中になって続けていて気付かなかったが、疲れや筋肉の痛みを感じていない。
どうやら、精神世界のため、疲れ、痛みなどは感じない便利仕様のようである。
素振りを終えた達成感からくる、心地よい感覚に身を任せていると、師匠がその場から立ち上がった。
「あの、師匠。どうして、槍を構えているのでしょうか?その槍、こっちを向いている気がするのですが・・」
「汝、素振りの儀終えた。然らば、試しの儀を始める。」
試しの儀、なぜか意味は分かる気がするが、ちょっと待ってくれ。
こちらは、心の準備が。
そう思ったが、師匠は待ってくれなさそうなので、慌てて構えをとる。
師匠は先手を譲ってくれるのか動かないので、こちらから仕掛ける。
「素振り百回(本当は千回ぐらい)の成果を見せますよ。」
素振りの時と同様の会心の手ごたえの突きは師匠に向けて、突き進む。
だが、その突きは師匠にあっさりとかわされてしまい、勢い余った私は、たたらを踏んでしまう。
その様子を見ていた師匠はどこか溜息をつくような仕草を見せて、再度構える。
ついに、師匠の突きが見れるかもしれない。
若干、楽しみにしていると、師匠が動くようだ。
その体がこちらに近づいた、そう思ったときには、私の腹に槍が突き刺さっていた。
「まじか、見切りスキルでも全く見えなかったんだが。」
その時、視界が徐々にぼやけてきた。
どうやら、今日の鍛錬は終わりらしい。
「師匠、今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いいたします。」
私は、腹に槍が刺さったまま、師匠に頭を下げた。
その姿に、師匠はやれやれと肩をすくめると質問をしてきた。
「汝、強くなることを望むか。」
その答えはすでに決まっている。
「はい。強くなります。これから先の理不尽を貫いていけるように。そして、もうこの手から誰かを取りこぼさないように。」
師匠は私の言葉にうなずき、また部屋の中央に戻っていった。
私もまた、現実世界に意識が浮上した。
「すがすがしい朝だ。」
修練場ではあれだけ鍛錬したが、体も精神も一切疲弊しておらず、すっきりしている。
だからこそ、私は叫んだ。
「何が「強くなります(キリッ)」だ。こちとら、30過ぎのアラサーだよ。思春期真っ盛りじゃないんだぞ!?」
色々あった夜に師匠の槍は鮮烈すぎたようで、テンションが爆上がってしまったらしい。
ちょっと、外では話せないレベルで青春を取り戻してしまった私は、現実に戻って見悶える。
「まあ、誰も見ていないし、知られるわけじゃないから良い・・か。これは墓までもっていこう。それに強くなるには絶好の場所だしな。うん!」
何とか心を落ち着かせた私は、約束の9時まで、まだ時間があることを確認して、疲れた様子で準備を始めるのだった。
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