第21話 その頃の日本

#ここから、第3者視点になります。

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#矢上(ゲーム外)


 「加賀見先輩が勝った。勝ったぞー!」


 テレビの向こうで、ミノタウロスのような牛頭の半人半獣の怪物が倒れたのを見て、俺は叫んだ。

 9回戦の結果で、ペナルティが本物であることが分かり、今や日本中の人がこの戦いに注目していた。


 これに先輩が負けたら、消えるかもしれない。

 俺はなぜこんな理不尽がまかり通るんだ、と最初は怒りが大半であったが、戦いを見ているうちに、純粋に応援をしていた気がする。

 

 「先輩。ボロボロだったな。全身血塗れだったし。」


 そう、画面の中の加賀見先輩は必死だった。

 変な板状のものを作りながら、モンスターの攻撃をいなし、それでも防げない攻撃を転げるようにして避けている姿を見て、とにかく勝ってほしい、この状況を打ち破ってほしい、そちらの思いの方が強くなっていた。

 何とか先輩は勝利したため、消える恐怖からは解放されたが、10回戦の結果発表の後に、神から提示された条件に別の不安が募る。


 「この後の世界は一体、どうなっちゃうんだ。ダンジョンとか、次のゲームとか」


 神からは、6か月後の次のゲームと1年後のダンジョン発生について、説明があった。

 加えて、国単位の報酬として、国ポイントがどうとか言っていた気がするが、正直頭に入ってこなかった。

 これからも、こんなことが起きるかもしれない。

 そのことを考えると、体が震えてくる。


 「確かに、「仕事がなくなるような凄いことが起きないかな」って言ったけどさ、これはないでしょうよ。」

 

 とりあえず、情報が欲しいと思った俺は、先輩に連絡を取りたいと考え、思いつく。

 

 「あっ!あの別れたところに現れるんじゃない?あそこで先輩は消えたんだし。」

 

 自分の推理に自信を感じた俺は、スマホと財布、最低限の荷物を持って、玄関から飛び出す。


 「先輩、待っててくださいよ。色々話聞きたいのと、後、肉を奢ってもらうんですからね!!!」


 暑い夏の日に、俺の言葉は空に溶けていった。


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#ここから、第3者視点になります。 最初は、10回戦直前の時間軸になります。

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#総理大臣(ゲーム外)


 「一体、どうなっているんだ!!!さっさと情報を把握しろ!!」


 官邸に怒号が飛び交う。

 ここは、日本の首相官邸である。

 突然の電波ジャックの対策として、非常招集された各メンバーだが、今は全く別の対応に追われていた。

 対応の取りまとめをしている防衛大臣が命令している。


 「あの、神と名乗る奴の素性を早く特定するんだ。他の国の諜報機関はどうなっている?」


 メンバーの一人が答える。


 「ダメです。他の国も極度の混乱状態のようで、連絡が取れません。ましてや、あの突然の失踪事件が全世界的に発生しているんです。他の国から情報を取るのは難しいかと。」


 防衛大臣はいらだったように、机をたたきながら怒鳴る。


 「では、どうしろというのだ。すでに、奴のせいで失踪事件が起きているのは明確なんだぞ。そして、その回避条件である勝利を我が国は得られていない。もう30分後には、日本も同じ状況になる可能性があるんだ!」


 私は、そこで口を出す。


 「少し、落ち着きましょう。これだけ優秀な人材が懸命に捜索してもつかめないのであれば、それは相手が上手ということなのです。それに、回避条件の希望はまだ潰えていない。」

 

 防衛大臣は、私の言葉で少し落ち着きを取り戻してくれたようだ。

 普段は、優秀で落ち着きのある彼だが、流石に未曾有の事態である今回は冷静ではいられないらしい。

 

 「ですが、総理。今までの経緯を見る限り、可能性は非常に低いと言わざるを得ません。ただの一般人に戦闘など無謀すぎます。」


 それはそうだ。

 戦国時代でもない、この平和な日本で暮らしていれば、戦闘などに関わることなど皆無といってよい。

 だが、それでも信じるしかないのだ。

 私は静かに告げる。


 「それでも、今は藁にもすがらなくてはなりません。彼が勝利してくれることを祈りましょう。戦いの結果がどうであれ行動できるように、これから戦う彼を含めて可能な限り情報収集に努めてください。」


 私の命令を受けて、防衛大臣が各所に指示を出す。

 私はテレビの向こうの名も知らない男性の戦いに視線を向けた。


~10回戦 終了後~


 官邸で歓声があがった。

 彼がモンスターと戦う姿は、皆、年甲斐もなく興奮してしまったようである。

 

 「英雄のような煌びやかな戦いではなかったが、人間らしい、それでいて物語のような、そんな戦いだったな。」


 思わず、かの日の少年のような気持ちを思い出していると、防衛大臣が声をかけてくる。


 「総理、確かに彼は勝利しましたが、まだ予断を許さない状況です。そもそも、奴が約束を守るとも限らないですし。」

 

 それもそうだが、もう少し余韻をもらってもよいだろうに。この堅物め。

 私は溜息をこらえながら、話す。

 

 「確かにそうですね。引き続き状況に変化がないか注視してください。後、ゲームに拉致された国民の素性は分かりましたか?」

 「全員はわかりませんが、一部の国民の素性が分かっています。配信を見ていた家族や知人からの通報によるものが多いですが。」

 「配信をみて・・ですか。すると、既に状況が極めて厳しいことも同時にご存じということですね。」

 

 防衛大臣もそのことを理解しているため、苦虫を嚙み潰したような表情で続ける。


 「恐らくは、理解しているでしょう。その・・、生存している可能性が低いということを。」

 

 私は今度こそ、溜息をつく。

 

 「はぁ。大事な人を失ったばかりになる可能性もある方々です。丁寧に対応するように伝達をお願いします。」

 「はい。承知しました。ちなみに、最終戦の彼の素性もわかりました。詳細はこちらをご覧ください。場所はわかませんが、発見次第すぐに連絡が取れるように各所に人員を配備しておきます。」


 そう言い、防衛大臣は持ち場に戻っていった。

 彼が置いていったレポートを確認する。


 「加賀見 景、30歳ですか。映像ではもう少し若そうに見えましたが。いずれ、官邸に招いて話を聞く必要がありますから、その時に色々と聞きましょうか。」


 そうして、レポートを置いたところで、配信に視線を戻すとちょうど結果が発表されている。

 10回戦が終了し、全敗が確定した国々に対してペナルティを発動したとも言っており、にわかに官邸内も慌ただしくなる。


 「総理!やはり、世界中で失踪事件が多発しています。何か国は、国の重要人物が失踪したようで、国としての機能すら危うい状態のようです。」

 

 メンバーの一人が、悲鳴のような報告をあげてくる。


 「ひとまず、落ち着きなさい。ただちに、各国と再度連絡をとり、必要により支援を検討する用意があることを各国に通達してください。」


 一通りの指示を出し終えると、私は深く椅子に座りなおし、現状の状況を整理する。

 神と名乗る存在の不可解な力、そして今後現れると想定されるモンスター、ダンジョン、次のゲームと頭の痛い問題ばかりに頭を抱えていると、急に会議場の中心に光る球体が出現した。

 あまりの非日常の現象に惚けていると、自衛官が慌てて私を床に引き倒し覆いかぶさるようにして、叫んだ。

 彼らは、万が一テロの可能性を考慮し近くに待機していたのだが、それが功を奏したようだ。


 「全員、退避!!退避できないものは近場の物に身を隠せ!急げ!」

 

 爆弾かもしれない。

 そのことに思い至った私は身を強張らせ、息を止める。

 そうしていると、光の球体から何者かが出てきて言った。


 「なぜ、皆さんは床に伏せているのでしょうか?そういう文化ですかね。まあいいです。この場にこの国の代表がいるはずですが、姿を見せてもらえませんか?」


 何者かは私を探しているようだ。

 立ち上がろうとしたが、自衛官に抑えられて動けない。

 

 「あの者は、私を探しているようだ。危険は今のところなさそうなので、話をしてみたい。」


 そう告げると自衛官はしぶしぶ体をどけてくれたが、常に私と侵入者の間に体を入れてくれている。

 その忠勤に感謝し、立ち上がると侵入者の姿が見えた。

 外見は10代後半の男性に見える。

 だが、その眼差しはこちらを同じ存在として見ていないように感じ、お前たちに興味はないと言っているように見えた。

 私はできるだけ平静を装い声をかけた。


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