第16話 弱者の足掻き
私の武器は、「力学」のスキルと、手に持つ槍である。
槍は、私の身長より少し低い160cm程度の穂先は細いが丈夫そうなものを選んだ。
所詮素人の技なので、薙ぎ払うというよりコツが要りそうな動作よりは、シンプルな「突く」ことに重点を置くことにしている。
槍を構え、ミノタウロスから目を離さぬように様子見をしているが、相手の動きがない。
それどころか、両手を下げ戦う素振りすら見せていないではないか。
「これは、大分なめられているな。私程度では脅威ではないということか。」
それはそれで好都合だと感じた私は、槍が届く距離まで慎重に近づき、ミノタウロスの喉辺りをめがけて、槍を突き出した。
しかし、ミノタウロスが鬱陶しいとばかりに適当に振られた腕に簡単に弾かれてしまった。
「適当に振ってるくせに、なんて力だ。」
思わず体制を崩すが、ミノタウロスの追撃はない。
攻撃してこないならと、今度は腹めがけて槍を突き出す。
今回は手でガードされることはなかったが、腹に到達した穂先は、ミノタウロスの肌を貫くことができていない。
「一応、渾身の力を込めているんだけどな。」
思わず、愚痴をこぼすが、現実は変わらない。
改めて、モンスターの理不尽さに頭を抱えていると、急に空気が動き、足元に影ができた。
まずい。
飛びのくように、その場を離れると、”ガンッ”という鈍い音が鳴り、足元から衝撃を感じた。
慌てて、自分が先ほどまでいた場所を見ると、そこには巨大な斧が振り下ろされており、会場の床には、放射状のヒビが入っていた。
「なんて威力だ。あれを防ぐことは無理だな。」
あまりの威力に戦慄していると、ミノタウロスが斧を億劫そうに持ち上げる。
今の一撃で決めるつもりだったのだろうか、こちらを見る目は「何で、さっさとつぶれないんだ」とでも言いたそうにも見える。
「おいおい、まだ始まったばかりだろ。それに私は、お前に勝つつもりだ。のろま!」
私の発言に含まれる、挑発の意図は通じたようだ。
ミノタウロスはイラついたのか、鼻を鳴らしてこちらに突っ込んできた。
私のプランはこうだ。
1.敵を突進させる様に誘導
2.ミノタウロスの斧攻撃をスキルによってそらして、懐に入る
3.ミノタウロスの心臓、もしくは喉等の急所に穂先が合うようにする
4.槍を押し込み、ミノタウロスの突進方向に対し、反発させる
5.反発する槍の石突(根本)にスキルを使用し、力の方向を180度変更させて、 急所を貫く
失敗すれば、突進をまともに受けてリタイアするだろうから、一度きりの博打となる。
ただ、直接的な攻撃力の乏しい「力学」でミノタウロスを倒そうとすると、相手の力を利用するしかなく、戦闘経験など皆無の私には、この程度の作戦しか思いつかないため、これに賭けるしかない。
”ゴン、ゴン”と地面を揺らしながら、突進してくるミノタウロスに対し、震える足を懸命に抑え、私は槍を構える。
ミノタウロスは槍を脅威とみなしていないようで、全く勢いを鈍らせることはないが、私のプランからすると好都合。
ついに、ミノタウロスの斧の範囲まで両者の距離が近づいた。
まずは、最初の関門であるミノタウロスの攻撃をそらす必要がある。
そう、気合を入れたときに、ミノタウロスの手が動いたように見え、とてつもない悪寒がした。
気づいたときには、目の前に「斧」があった。
「はっ?」
反応できたのは、奇跡といえよう。
意識しまくっていた、「力学」の発動。
それが、九死に一生を私にもたらした。
目前まで迫っていた斧と私の顔面の間に四方の力場が差し込まれ、斧は弾かれるように、ミノタウロスの頭上に跳ね上げられた。
私は訳が分からず、数秒惚けていたが、幸いにもミノタウロスも跳ね上げられた斧を見つめていたため、追撃はなかった。
斧が、ミノタウロスの攻撃が見えなかった。
数秒の後、理解したその事実は私を絶望に突き落とす。
「そんなの、無理ゲーじゃないか。」
私のプランは、相手に攻撃させその勢いを利用して一撃で決めなくてはならない。
そのためには、どうしても一度攻撃をいなす必要があるのに、その攻撃に反応できない。
焦る私の前にミノタウロスが再度斧を振り下ろす。
最初より、遅い振り下ろしに何とか避けると、次は少し早い攻撃が来る。
その段階的に試すような攻撃には、ミノタウロスの迷いが見え隠れしているようだ。
「こいつ。慎重になってやがる。」
ミノタウロスの最初の攻撃はそれなりに自信のあった攻撃だったのだろう。
自慢の攻撃が私のような人間にはじき返され、どうやら警戒度が上がってしまったらしい。
正直侮られていた方が良かったため、この変化には心の中で舌打ちをする。
そうして、少しずつ鋭さを増す攻撃に次第に避けることができなくった私はスキルを何度か使わされてしまう。
「これで、6度目か。くそっ!」
スキル「力学」は消費MP1という、高効率なスキルである。
それでも、最大MPが10しかないため、既に半分以上使用させられている。
真綿で首を絞められるような、徐々に後がなくなっていく感覚を覚えながら、それでもミノタウロスを倒す方法を考え続ける。
「やはり、覚悟を決めるしかないか。」
私は、ぽつりとつぶやく。
7回目のスキルを使用し、ミノタウロスの顔面付近に力場を生み出す。
ミノタウロスもこの力場が自分の攻撃を防いでいることを、理解しており、目の前に現れた力場から離れたため、両者の距離は再び大きくなった。
「川上さん、田崎さん力を貸してくれ。」
私は、懐から袋を取り出し中の飴を舐める。
この飴は、川上さんのスキル「治癒術」の応用で生み出された代物である。
この飴を舐めると多少の疲労回復、感覚の鋭敏化の効果があり、更に特筆すべきは痛みに対しての耐性、つまり麻酔効果があるということだ。
田崎さんの戦いで彼が傷を負いながらも戦い続けられたのは、この効果が大きい。
勿論、彼自身の能力、心の強さによるところも大きいが、ただの人間にそこまでの痛みの耐性はない。
この飴は、戦いに必要な感覚は冴えるが痛みに対してのみ耐性をつけるという、まさしくチート級の代物となっていた。
もし、川上さんの相手がダメージの通らないリザードマンでなければ、この飴を使用し、相手を出血させて待つなどの耐久戦法で勝利していただろう。
たれらばの妄想を頭から追い出し、今は目の前の戦いに集中する。
先ほどよりも、ミノタウロスの一挙手一投足が良く見える。
ミノタウロスが再び攻撃してきたが、その斧をスキルを使わずに避ける。
なるべく必死に見えるように転がるように避けると、無様に転げる姿を見たミノタウロスが笑みを浮かべた。
「スキルはもう使用できない」、そうミノタウロスに誤解させる必要があった。
その後の攻撃もスキルを使わず、いくつもの傷を負いながら避ける、避ける、避ける。
疲弊していく私をなぶるようにミノタウロスは攻撃を続けるが、徐々に攻撃が雑になっていく。
一際、雑な大振りの攻撃に合わせて、私は懐から先ほどの飴とは別の袋を取り出し、ミノタウロスの顔面に投げつける。
「ゴガー!」
袋の中身は、ジョロキアだ。
田崎さんの戦いでも使用されたものだが、私は少しの水を混ぜることで粘度を増し、より顔面にまとわりつくようにしてみた。
効果はあったようで、内心ほくそ笑む。
ひとしきり騒いだミノタウロスが、こちらを見る目は完全にキレていた。
その目を見たとき、私はこの戦いの最後を脳裏に描き、再度覚悟を決めた。
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