第2話 健康よりも大切なもの
病院の屋上へとやって来た。
だからと言って、別にここから飛び降りようという気は全く無いのだが、正直、気分はとても落ち込んでいる。
なんというか……今までの私の人生を、一瞬にして全て否定されたような……そんな気分だ。
例えば、あの前田。
健康になど全く気を使っていないアイツは、酒も飲むし煙草も吸う。肥満体だし、きっと血糖値だって高いに決まっている。
しかし、花粉症では無いのだ!
なんだよ花粉症って!
今、この瞬間も鼻がムズムズするのが腹立たしくて仕方がない!
「ヘ――ックショイ!コンチクショウ――ッ!」
マズイ……ついイライラして……まるでオヤジみたいなクシャミをしてしまった。
ますます落ち込む。私は屋上のフェンスに掴まって、街の風景を眺めて黄昏ていた。
あぁ……世の中はこんなに平和なのに、私は花粉症……
と、そんな時だった。突然、けたたましく鳴り響くサイレンの音が鳴り響いた。
あの音は救急車では無い、消防車のサイレンだ。
見ると、西の方角から煙が上がっている。
あれは、私のマンションの方からじゃないか―――つ!
* * *
マンションの私の部屋の階下の部屋から、炎が上がっていた。空気は乾燥していて火のまわりは思ったより早く、私の部屋もすぐに焼き尽くしてしまいそうな勢いだ。
マズイ!私の高麗人参がっっ!
私は全速力でマンションの非常階段へ向かって走っていったが、途中で消火作業中の消防士に羽交い締めにされた。
「危険です!中に入らないで下さい!」
「放してくれ!あの中には私の大事な高麗人参があるんだっ!」
「諦めて下さい!もう、今からでは無理ですよ!」
「そんな簡単に諦められるかっ!
あそこまで育てるのに何年かかってると思っているんだ!」
「今からあの部屋へ入るのは無理です!
アナタ死んでしまいますよ!」
「だからどうした!
健康の為なら、命なんて惜しく無い!」
「いやいや、アンタの言ってる意味全然わからないからっ!」
結局……消防士達に阻まれ、高麗人参を救い出す事は出来なかった。
高麗人参は水の加減が重要なのだ。あんなに水びたしにされては、根が腐ってしまう……
私は、なにもかも失ってしまった。
住む場所も、健康も、そして高麗人参も……
* * *
「ここにいたのかタケヤス!無事で良かった!」
気が付けば、私の傍らには、前田が立っていた。
「私は、なにもかも失ってしまったよ……前田……」
すると、そんな私の肩に手を置き、前田はこう言った。
「タケヤス……健康になる為に、一番大切な事って何だか知っているか?」
「それは、バランスのとれた食事と適度な運動……それから……」
「ハハハ、お前らしい答えだな。しかし、正解は違うよ」
「違う?だったら正解は何だ」
問いかける私に、前田は笑って答えた。
「健康になる為の最大の秘訣。
それは……くよくよしない事だよ」
そして、前田は続けて言った。
「住む場所の都合がつくまで、しばらく俺の部屋に泊まるといい。
ちょっと狭いが、その辺は我慢しろよ」
前田からの申し出に、私は心から感謝した。
「ありがとう前田!
それで、ついでと言っては何だが……私がいる間、禁煙してくれると助かるんだがな」
「おいおい、それはカンベンしてくれよ……タケヤス」
「冗談だ。しかし、火の不始末だけには気をつけてくれよ」
「そりゃそうだ。気をつけるよ」
そう言って、前田は笑った。
そしてそんな前田につられて、私も笑った。
* * *
そこの貴方。
世の中で一番大切なモノって何だと思いますか?
えっ?健康だろうって?
それは勿論、健康も大切でしょうね。
けれども、それ以上に大切なモノがあるんです。
それは、心を許しあえる友人ではないかと、私は思うのです。
END
健康至上主義 夏目 漱一郎 @minoru_3930
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます