健康至上主義

夏目 漱一郎

第1話 健康は何にも代えがたい!

 そこの貴方。


世の中で一番大切なモノとは、いったい何だと思いますか?


お金?


いや、確かにお金も大切ですがね……


もっと大切なモノがあるでしょう?




愛?


ま、愛も大切でしょう……けれども、私が言っているのはもっと大切なモノです。


えっ?PV数……?


いったい何なんだそれは?


私には全く意味がわからない。


いいですか、良く聞きなさい。


……それは……



健康ですよ!


いくらお金があろうが、愛があろうが、PV数が伸びたって……体が丈夫でなければ何もならない!


健康は尊い!


健康は何ものにも代えがたい!


私の名前は『鈴木たけやす』


『健康』と書いて『たけやす』と読む!


私は、健康の為ならどんな努力も惜しまない。


随分昔に大ブームになった『ぶら下がり健康器』は、今でも現役で使っているし、健康サンダルも履いている。


規則正しい生活をする為に、仕事は公務員の事務職を選択。


3ヶ月に一回の定期検診と年一回の人間ドックは欠かさない。


ヨガも毎日やっているし、ビリー・ブートキャンプのDVDもすべて持っている。


栄養のバランスのとれた食事に、飲み物は全て特保飲料。


足りない分は多種多様なサプリメントで補う。


養命酒だって毎日飲んでいる!


まさに完全防備!病気の付け入る隙など一切無いのだ!



          *     *     *



「それで、そんなに健康になっていったいどうしようっていうんだよ?」


今私の目の前にいるのは、私の高校時代からの友人『前田 達郎』


煙草は吸うし、肥満だし、不健康極まりない奴だ。


「どうするって、健康な体でいる事は素晴らしい事だろうが」


「そりゃあさ、病気よりは健康な方がいいんだろうが……こう、楽しみとか…夢とか希望とかさ……」


「楽しみならあるさ!

安定した血糖値と血圧のデータを眺めながら養命酒を……」


「ハハハ……そりゃいいや」


前田は私の返答に笑いながら、ポケットから煙草を取り出す。


「おい、前田!」


「分かってるよ。だろ?ちゃんとベランダで吸うよ」


前田はそう言って、部屋のガラス戸を開けてベランダへと出た。すると、


「おい、これ何だ?」


ベランダに置いてある、少し大きめの鉢植えを指差しながら、前田は怪訝そうな表情で私を見ている。


「お前、まさかこれ……」


前田が何を言おうとしていたのかすぐにピンときた私は、彼が全てを言い終わる前に即座に否定した。


「馬鹿!誰が大麻なんて栽培するか!物!」


「じゃあ、何だこれ?お前にガーデニングの趣味があるとは思えないが?」


「それは、高麗人参だよ!」


「高麗人参って……あの、漢方薬とかに使っているアレか?」


「そうだ。それ、育てるの結構大変なんだぞ!」


高麗人参の栽培は、とても手間が掛かるのだ。


土作りに三年、日照の加減、水の加減、それらに細心の注意を払いながら収穫までには四年から六年の歳月を必要とする。


健康探求が興じて始まったこの高麗人参の栽培だが、手間を掛けて育てているうちに、今ではこの鉢植えが私の宝物と言える存在になっている。


「ヘエ~高麗人参ね……鉢に成ってるの初めて見たよ。あとどのくらいで収穫出来るんだ、これ?」


「まだまだかかるよ。あと二~三年はかかる!」


「三年もかかるの?それじゃ、買った方が楽なんじゃないのか?」


「そういう問題じゃ無い、気持ちの問題だよ。

それより、いつまでベランダにいるんだ。部屋が寒くなるだろ!」


ガラス戸を開けっ放しで煙草を吸っている前田に、私は早く部屋へと戻るよう促した。


「そうだな。まだまだ外は寒いや」


そう呟いて煙草の吸いがらを自分の携帯灰皿に入れた前田は、背中を丸めて部屋へと戻ってきた。


とその時だった。不覚にも私はクシャミをしてしまった。


「ヘックショイ!」


「おや?もしかして風邪か?健康優良児のタケヤス君が」


前田がからかうように言うのを、私は全力で否定した。


「馬鹿を言うな!風邪なんて、ここ何年もひいた事が無い!」


「そうだよな。使なんて、いい笑い者だからな」


まったくその通りだ!


ここまで健康に気を配って、何か病気にでもかかったら、今までの苦労はいったい何だったのかという事になってしまうではないか。



          *     *     *



ですな……」


「え……今、なんと言いました?」


「だから、花粉症です。鈴木さん」


「まさか!先生、何かの間違いでは!」


「いいや、間違い無いです。これは典型的な花粉症の症状ですよ、鈴木 健康さん!」


前田が帰ってからの事である。


あれからクシャミが止まらなくて、それは翌日の朝になっても収まらなかった。


さすがに心配になって病院に来てみたのだが……


まさか花粉症だなんて……


「先生……花粉症というのは、病気ですよね……」


「まあ、病気といえば病気でしょうね。アレルギー症の一種ですからね」


やっぱり病気なんだ……


健康だけが何よりのとりえだったこの私が、花粉症だなんて……


ぶら下がり健康器……


健康サンダル……


サプリメントの数々……


養命酒……




今までの私の苦労は、いったい何だったんだ……













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