第14話 笑


 いえいえ、からかうなど、とんでもございません。

 わたくしは、改心いたしました。

 申しあげたかったことは、世間が政府に対して不満に思うことなど、ほんの一部分、上っ面にすぎぬと言うことでございます。

 そもそも、御一新とはなんであったのか。それは外国の脅威から日本を守ることであり、広く日本の民草を育てることでございましょう。


 これほどに御立派な志を持つ政府であるのに、やれどこの藩が得をした、やれ税が上がった、やれ義務が増えたなど、重箱の隅をつつくようにアラをさがし、それを風刺画にすることに、どのような意味があるのか? 

 むしろわたくしは、辛い辛い狡い狡いと不満を言う市井の人々をとがめ、お上の尊い志が分からぬ無知蒙昧の輩どもと皮肉る風刺画を描くべきでありました。

 登勢の笑みを思い浮かべながら、わたくしは、そう悔やみ、改心したのでございます。


   ◆◇◆◇◆◇◆


 そこまで話したジョサイアは、集まった若者たちの顔を見まわした。

 しかし、どの若者も、ジョサイアと視線を合わせようとはしなかった。

 視線を合わせぬ顔に、落胆の色が浮いている。

 あの反骨の絵師とまで言われた狂斎が、そこまで政府にへりくだるほどに変節していたことを知り、落胆し、困惑しているようであった。


 ジョサイアは、若者たちのそんな表情を眺め、おもしろそうに目を細めた。

 「狂斎センセイの話を聞いた役人も、今のきみたちのような顔をしていたのかもしれません。明治政府に楯突く、忌々しい絵師が、こうも素直に変節してしまえば、どのように扱えばいいのかとね」

 若者たちは、仲間内で視線を合わせるだけである。

 その様子を眺めたジョサイアは、「いや、すまない」と、笑いながら言った。


 「実は、この話には、続きがあるのです」

 「続きが?」

 若者たちが怪訝そうに顔をあげた。


 「狂斎センセイは、『分かればよいのだ』と、妙に馴れ馴れしくなった役人に向かって、こう言ったそうです。

 『お上の御慈悲により、おかげさまで、獄中患った皮膚病もすっかり回復し、腹中の画鬼も喜んでおります。これ、このように』とね。

 そして、着物の前をくつろげ、大きく開いて、その腹をさらしたのです」

 着物の前を開く手ぶりをしながら、ジョサイアは続けた。


 「狂斎センセイの腹には、長い舌を出して笑う大きな口が描かれてあったそうです」

 若者たちは、つかの間、あっけにとられた顔になった。

 「そして、役人の前で、腹に描いた口に負けぬほどに、大笑いをされたそうです」

 「それは……」

 若者のひとりが、ジョサイアの言葉を意味を確かめるために口を開いた。

 「暁斎先生は、神妙なふりをしながら、腹の中では役人を嘲笑っていたということですね」


 「もちろん、そうです」

 ジョサイアが大きくうなずくと、若者たちは、くすくすと笑い出した。


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