第13話 霊
ああ、なんと、お役人様は、わたくしの幽霊図をごらんになったことがあるのでございますか。
はい。行燈を前に、痩せ衰えた女の幽霊が、目を閉じたまま、消え入りそうにたたずんでいる絵でございます。
目を閉じ、表情は失せてはいるが、それでもなお、鳥肌が立つように、女の恨みが伝わってきたと?
そうでございますか。伝わって参りましたか。
……はい。登勢でございますか?
わたくしの描きあげた幽霊図に、自分の内なる姿を見たのでございましょう。幽霊図を見たその日から、ぴたりと笑うことを止め、口数は少なく、食は細くなり、その年の内に息を引き取りました……。
結婚した翌年のことでございます。
わたくしは……、その後も変わらず、酒と仕事に明け暮れておりました。
そして、七年後の慶應四年、いえ、明治元年に、ちかと夫婦になりました。
はい。三度目の結婚でございます。
そして、わたくしは、今、このように、お叱りを受けているしだいでございます。
自業自得でございましょう。
はい。話が回りくどくなってしまいました。
なぜ、わたくしが改心したのかでございました。
獄舎の中、わたくしは、ちかでも子供たちでもなく、なぜか何度も登勢の顔を思い出しました。
いえ、幽霊図のような、怨めしい顔をした登勢の顔ではありません。
陽だまりのように温かく微笑む、登勢の笑顔でございます。
わたくしの絵は、そんな登勢の笑顔を永遠に消し去ってしまいました。
……お役人さま、あの幽霊図は必要な絵であったのでしょうか?
……今になって、舌を噛むほどに後悔しております。わたくしは、なぜ、あのような絵を描いてしまったのか。
笑いながら泣き、泣きながら笑うことも、たしかに、人間の本質のひとつではございましょう。しかし、それは暴くべきことなのでしょうか。
暴き、絵にして突きつけることが果たして正しいことなのでしょうか。
内心がどうであれ、登勢は、わたくしに優しく接してくれておりました。
まことに大事なことは、それに尽きるのではないでしょうか。
投獄中で、わたくしは、ようやく、そのことに気がついたのでございます。
上野にて、酒に飲まれて描いた風刺画は、御存知のように御一新後の政府のお役人さまたちを批判し、あざける狂画でございます。
やれ、どこが自由だ、平等だ。
おこぼれに預かっているのは、どいつもこいつも薩長の人間のみではないか。
ほんの数年前まで、攘夷攘夷とわめいたていた口で、よくもまあ、西洋西洋とありがたがれるものだと……。
ああ、ああ、これは言葉が過ぎました。
申し訳ございませぬ。
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