第11話 鯰
その依頼というのが、地震で崩れた吉原の遊郭、その遊郭が、早速、別の場所で仮の店を開いたゆえ、それを広めるための瓦版を出すこととなった。ついては、その挿絵を描いてくれというものでございました。
家を焼け出された者、家族を失った者が何百、何千と途方に暮れ、町の再建の目処も立たぬうちから、遊郭は、はや再開でございます。
たくましいとしか言いようがありませぬな。
筆を手にしたわたくしは、少し思案すると、なまず絵を描くことにいたしました。
はい。古来より地震は、地面の下で大なまずが暴れるために起こるという俗説がございます。なまず絵とは、その大なまずを鎮める、縁起絵でございます。
遊び人の男が、しゃちほこのように反り返り、足の間にはさんだ団扇、縮めた手に持った団扇をなまずの尾びれ、胸びれに見立て、その横で、遊女が三味線を弾くという絵でございます。
今でも赤面するほどの腑抜けた絵でございますが、世間というものは不思議なもので、なぜかこれが流行りに流行り、わたくしの元には、次々と仕事が舞い込んでまいりました。
おかげさまで、人並みの暮らしができるようになり、琳派の絵師、鈴木寛一の次女、清を妻にめとるまでになりました。
このとき、実父の希望で、わたくしは河鍋の姓を名乗ることになりました。
またそのころ、陳信先生がお亡くなりになられ、わたくしは狩野派と距離を置くことになったのでございます。
しがらみから解放されたわたくしは、美人画、浮世絵だけではなく、戯画、妖怪画、風刺画と、どのような注文であっても引き受け、かつ描き、かつ大酒をくらい、とどまることなく筆を走らせたのでございます。
はい。そうでございます。
その風刺画が行き過ぎて、世間を騒がせ、今、このように、お役人のみなさまに、御迷惑をおかけしているしだいでございます。
もちろん、心より反省いたしております。
牢獄での暮らしが骨身に染みたかと? はい。それもございましょう。
それ以外にもあるのかと?
……お役人さま。今しばし、わたくしの身上をお聞き願えますでしょうか。
改心したわけを話したく思います。
話を戻させていただきます。
清をもらい、独立したわたくしは、河鍋狂斎、猩々狂斎、酒乱斎などと、さまざまに号を替えては、描きつづけておりました。
ふざけた号からも分かる通り、分別も無く 反骨に傾倒していたわけございます。
そうこうするうち、清は、二年で亡くなりました。
その後、二番目の妻、登勢を迎えました。
はい。今の妻、ちかの前の妻でございます。
ちかはもちろん、亡くなった清も登勢も、わたくしには、もったいないほど、よくできた女でございました。
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