第10話 震
ともあれ、翌年になると、わたくしは洞白先生の門人である館林藩の絵師、坪山洞山の養子となり、坪山洞郁と称しました。
端くれであっても、絵師になったことで、気が抜けたと言いますか、養子となってからは、女子の尻ばかりを追う日々が続きました。
その結果、あきれた義父の洞山に、たった二年で縁を切られ、坪山家を去ることになったのでございます。
なんでございましょうか?
それは洞山の勘違いで、わたくしは女子の尻では無く、帯や着物の柄を写し取り、勉強しようとしていたのだろうと。
ははは、そのような噂が流れておりますか。
買い被りでございます。
たしかに美人画などを描くには、着物の柄合わせの勉強などもせねばなりませぬ。
着物の柄を写し取るような勉強も必要でありましょう。
しかし、やはりわたくしは、着物ではなく、その下に隠された女子の尻を追うておったのでございます。
張りのある尻の肉、その肉を支える骨、その骨に守られた子袋をどのように描けばよいのかと、女子の尻を追いながら、何もない場所に、自分だけが見える線を走らせておったのでございます。
うまく線を引けたときでございますか?
それは、まあ、無意識のうちに、その女子の尻を見ながら、ニンマリと笑みをうかべたかも知れませぬな。
はあ、それならば、勘当されて当然であると。ははは、やはり、そう思われますか。
そうでございましょう。
わたくしであっても、そのような不気味な男がそばにいれば、すぐにでも追い払います。
はい。坪山家を追い出されてからは、赤貧の日々を送っておりました。
そこに追い打ちをかけるように起こったのが、あの天地を引っくり返すような大地震でございます。
お役人さまも覚えておられますか。安政二年の大地震でございます。
ひどい天災でございました。
あの年は、江戸にかぎらず、陸前に遠州灘、越中に飛騨などと、こちらの揺れが収まれば、あちらが揺れ、あちらの揺れが収まったかと思えば、またこちらが揺れるなど、日本中の根太がゆるんだのかと思われるほどでございました。
江戸の町も、大層な被害をこうむりました。
ですが、お役人さま、崩れた家々の片づけすら終わらぬうちに、旧知である戯作者、仮名垣魯文から、わたくしに仕事の依頼が舞い込んだのでございます。
この依頼の内容を聞いた時、いやはや、人間とはたくましきものだと、わたくしは感動すら覚えたほどでございます。
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