第8話 面


 眉は太く、目の玉はギョロリとし、鼻は太く胡坐をかき、唇は上下ともに分厚く、そこから乱杭歯がのぞくさまは、犬も逃げ出す面相でありましょう。


 なんでございますか? 

 ひとを二、三人は殺めたことがありそうな面でございますか。

 これは手厳しい。


 このような面相をしておりますが、実はわたくし、いたって小心者でございます。

 だいたい絵師や絵師を志す者は、熱中するあまりに奇矯な行動をとることはあっても、その実は繊細で、乱暴沙汰など敬遠するものが多うございます。

 国芳先生は、例外であったのでございましょう。


 しかし、そうは言っても師の言葉です。

 わたくしは小心者ながらも生真面目でありましたので、どこぞで喧嘩は無いかと、毎日のように江戸の町を歩き回りました。

 さがせばあるものでございますな。

 隣人同士の口喧嘩から、刃傷沙汰まで、さまざまな喧嘩をみたものです。

 しかし、いくら目玉をひんむこうが、先生が伝えようとしていることが理解できません。

 これはもう、喧嘩に参加するしか手はないのかと、なけなしの勇気をふりしぼることにいたしました。


 もちろん、大人の喧嘩に入り込むことなどはできません。

 遠くの町を回って、そこで同い年ていどの子供が喧嘩をしているのを見つけると、「おい、手ぇ貸してやるぜ」と、割り込むわけでございます。


 今も不思議に思うのですが、あれは、どういうことでございましょうか。

 たとえば、乙と丙の二人が争っているといたしましょう。

 わたくしは、痛い思いをするのは嫌でございますから、なるべく優勢な方へと加勢いたします。

 乙が優勢であったとすれば、乙に手を貸すわけでございます。

 これで、わたくしと乙の二人組対丙一人となり、さらに有利に喧嘩は進むと計算したのです。

 が、なぜか、乙も丙も、途中で参加したわたくしを共通の敵とみなし、わたくし一人対乙丙組の一対二の喧嘩になってしまうのでございます。

 「邪魔だ」「手前ェは、どこのお調子者だ!」と、二人掛かりで、嫌というほど殴られることばかりでございました。

 ときには周りでみていた子供たちも参加し、よってたかって袋叩きの目にあったこともございます。


 もし、お役人さま。なにも、そこまで笑わずともよいのではありませぬか。

 しかし、こういうことも、父が国芳先生の元からわたくしを引き取った理由のひとつでございましょうな。

 瘤と痣をいくつも作りましたが、肝心の絵の方は、平べったいまま、国芳先生の元を去ることになりました。


 しかし、国芳先生の「平べったい」という言葉は、そのまま胸に残っておりました。

 そして、その言葉の意味が分かるときが来たのです。


 ええ、お話しさせて頂きます


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