第4話 首


 国芳先生は、美人画、役者絵、武者絵にとどまらず、数々の素晴らしい絵を残されました。

 滝夜叉姫の操る巨大なガイコツを描いた『相馬の古内裏』の妖怪画など、目にしたときには、あまりの迫力に、この世がまぼろしで、絵の中の世界こそが現世ではないかと、足元が頼りなく感じるほどの不安を覚えたものでございます。


 そうかと思えば、裸の男たちが寄り集まり、一人の男の顔から手までをつくりあげる、奇妙な寄せ絵なども描かれております。

 まことに多才で、その才のひとつひとつが煌めくようでございました。

 おお、お役人さまも、その寄せ絵を御存じでございますか。

 『みかけハこハゐが とんだいゝ人だ』(見かけは怖いが、とんだいい男だ)などと、国芳先生は、笑っておられましたが、あれは怖い。悪い夢にでも出てきそうな男の絵でございますな。


 はい。国芳先生は、風刺画も得意でございました。

 旧幕府の老中、水野忠邦さまの質素倹約を皮肉った『源頼光公館土蜘作妖怪図』などは、誰もが知るところでございましょう。

 まるで謎解きのように、絵のあちこちに、当時の幕府のお歴々をからかう風刺が込められており、なんとも痛快な……。いえ、滅相もございません。

 つい調子に乗ってしまいましたが、お上に含むところなどはございませぬ。何卒ご勘弁を。


 神田川の生首?

 これは御見それいたしました。

 お役人さまは、そのようなことまで、御存じでございましたか。


 ええ、あれは国芳先生の元で絵を学びはじめてから、二年も経ったころの出来事でございます。

 大雨の翌日でございました。

 神田川のわきを通ると、岸辺にぷかりぷかりと人の生首が浮き沈みしているのを見つけたのでございます。


 腰をかがめてみると、それは若い男の生首でございました。

 物盗りに首を切られ、神田川に蹴落とされたのか、それとも身投げをして、濁流の中を流されるうちに、川底の岩にこすれて首がもげたのかは、わたくしの知るところではございません。


 わたくしにとって、そのようなことはどうでもよく、ただ生首と出逢った僥倖を天に感謝し、そのあたりにあった棒で生首を引き寄せると、川から引き揚げ、大事に抱え込みました。

 九歳の子供にとって、生首は思った以上に重たいものでございました。


 なぜ、生首を? 

 もちろん、家に持ち帰り、思う存分に写生をするためでございます。

 おかしゅうございますか?

 いや、しかし、お役人さまなどは、幕軍や会津兵との戦いで、生首をじっくりと眺めることもあったでございましょうが、わたくしども市井の者にとっては、そうそう、そのような機会はありませぬ。

 晒し首を写生するという手もございますが、大勢の見物人がざわつくような場所では、なかなか……、はあ、そうではないと? 

 持ち帰った理由では無く、なぜ、生首のようなものを描くのかということでございますか。


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