エピローグ

「本当に行ってしまうのですか、お姉さま!」


 白亜の城の城門、旅支度をしたルーとその頭に乗った私(白鳥)は、そう言って泣くエーデルにかれこれ数時間は同じ質問を繰り返されていた。


「コォォオオ!(だから行くって言っているでしょう!? いい加減になさい!)」

「あー、えー、うーん」

「行くって言ってるでしょういい加減にしろって言ってるよ」

「コラ! ロウ!」


 ロウと呼ばれたのはルーの弟の人狼である。


 肩まで伸ばした灰褐色の髪を後ろで生真面目に束ね、服は白いシャツに黒いベルベットのベストとジャケット。ズボンも履いてすっかり執事風の装いである。


「いいから早く行ったらどう?」

「お前は本当に、すまない女王陛下、弟をよろしくたのむ」

「それはもちろん、ですけれど……お姉さまぁ」

「コオコオコオ(行きましょうルー)」


 私はくちばしでルーの頭頂部を刺しながら告げた。


 ルーはやっぱり痛くもかゆくもなさそうに「それじゃあ行って来る!」と言うと、自分の体の何倍もある革の鞄を背負う。


「呪いをとく旅に出発だ!」


◆◆◆


「なぁスワン、ロウは大丈夫だろうか」

「コォ(あの子は優秀よ。体は人狼にしては弱い方だけど、頭はとても良い。上手く妹を助けてくれるはずよ)」

「相変わらず鳴き声にしては聞こえてくる声が多いな、スワンは」

「コォオオオ!(あんたちゃんと聞いてんでしょうね!?)」


 私達は緑の尾根を進んでいる。


「コォコォコココォ(心配なのはエーデルよ、ちゃんとやっていけるのかしら)」

「大丈夫だ! なんていってもスワンの妹だからな!」

「コォオ(理由になってないわよ)」


 尾根からは太陽が良く見える。


 西の地平線に太陽が沈む頃、私は人に戻りルーはやっぱり狼の姿になった。


「どうしても狼になるうが」

「いいんじゃない? そろそろ冬だもの。来年の夏までに頑張れば?」

「そういう問題うが?」


 ルーが手際よく野宿の準備をしてくれる。


 焚火たきびくらいは私がつけてあげてから、いつも通りルーの膝に腰を下ろした。


「とりあえず海の魔女でしょう、妖精の母にも運よく会えないかしら?」

「今日こそキスを試してみたらどううが? 今度はとけるかもしれないうが!」

「却下」

「なんでうがぁ、あの日から一度も許してくれないうがぁ」


 焚火がぜる音、夜空を飾る満天の星、耳を寄せれば聞こえて来るルーの心音、温かくて良い匂いがする狼の膝の上。


「そう言えば、結婚の返事ももらってないうが!」


 私は眠くなった瞼を我慢もせずに静かに閉じた。


 耳元でルーが何やら騒いでいるけれど、私は返事をしてやらない。


「寝ちゃったうが? スワンは意地悪うがぁ」


 そうよ、私は意地が悪いのよ。


 貴方への返事だって、怖くて未だに出来ないくらいだもの。


 私は狡くて、最低でしょう。


 だけど私は、そんな私を最近は少し気に入っている。


「おやすみ、ルー」


 だから私はそう言って、ルーの頬にキスをした。


「……っスワンー!」

「だぁ! 静かに寝なさいよ!」


 強く抱きしめられて、私はルーを力いっぱい殴る。


 ルーはそんなのでも無いように、嬉しそうに私に頬を摺り寄せる。


「一生幸せにするうが!」

「あんたに幸せにしてもらわなくっても結構よ」


 口元をだらしなく開けてルーは幸せいっぱいのでれでれの顔で笑っている。


 私はそんな狼の鼻をぺしりと叩いて、ふかふかの胸元に顔をうずめた。


「自分の幸せは、自分で見つけたわ」


 だって私は、眠りについてただ王子様のキスを待つしかない、白雪姫ではないのだから。




 そう、白雪姫は私じゃない


 だけどルーは白雪姫じゃなく、私のことが好きだと言う。


 本当に、バカなやつね。




「“Roses are red, Violets are blue, sugar is sweet, And so are you.”」

「あれ、それって賢者が歌ってたやつうが?」

「そうよ。“ばらは赤く、すみれは青く、砂糖は甘く、そして貴方も”」

「それって、結局どういう意味うが?」


 ルーは首を傾げて、私は少しだけ口角を上げ、微笑む。


 そうね、きっと今の私ならこの歌にこう続けるでしょうね。


貴方は狼で、私は魔女。


「さあね、自分で考えなさい」

「えぇ、スワンは意地悪うが。意味を教えて欲しいうがぁ」

「ふふ」


 そうね。


 この意味を貴方が知る頃には、呪いは解けているかもしれないわね。



--いつか私たち二人とも、ありのままの自分を愛せますように。

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白雪姫は私じゃない ひゃくえんらいた @tyobaika

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