第12話 対立
朝日が差し込む寝室。
昨夜賢者にもらった薬が効いたのか、それとも白鳥に戻ったからなのか、すっかり体の重苦しさが消えた私は、さっぱりした気持ちで目を覚ました。
目の前には、私を血走った
「コォコォコオオオオオオ!(何事ぉ!?)」
ベットの脇に手を置いて、何かを我慢するように腕を振るわせながら、ルーは私を一定の距離から決して近寄る事無く見詰めていた。
顔が怖い、余りにも怖い。
状況が全く読み取れない、この男は何を考えているのだろうか。
「おはよう、スワン。早速なんだが、キスをしても良いか?」
私が目覚めたと分かるや否や、
犬が懐くとこういう感じなのか、と思いながら、私はこの馬鹿狼が言った言葉を反芻する。
いやだから反芻したら駄目だわ!
「コォコォコォ!?(良い訳ないでしょう!?)」
私はかつてない
◆◆◆
「そういうのは外でやってねぇ」
バタンと扉が閉まる音。
私とルーは、賢者の家の中で散々追いかけっこを繰り広げた
「コォコォコォ!(あんたの
「ウ~ララ~! 俺は君の呪いをといてあげようと思っただけだ!」
私は全速力で(とは言え遅いのだが)ルーから離れると、木の陰に身を隠した。
ルーはそんな私を見て、耳も尻尾も、無駄に濃い眉毛まで垂れ下げて、見るからに意気消沈する。
その落ち込みぶりはこちらがうっと声を詰まらせるくらいの深刻っぷりで、私は何一つ間違ったことは言っていない、言っていないのに、ほんのちょっぴり罪悪感を抱かされるほどだった。
だがしかし、ルーが落ち込んで動きを止めている今がチャンスである。
私はここぞとばかりに脳内会議を開催することにした。
昨夜、私は熱にうなされながら水が飲みたくなり居間へと向かった。
その時、運良くこの人狼の叶えたい願いを聞いたのである。(ちなみにそれを聞いてすぐに部屋に戻ったので水は飲めなかった)
狼の姿を捨てたい、とこの男は言っていた。
全く
何故そんな思考に至ったのか
だがしかし、こういう単純馬鹿な男は
その証拠がこのキス騒動である。
何とも馬鹿らしいが、朝から私の呪いをキスなんかで本気でとこうとしているらしい。
絶対に賢者に何か吹き込まれたのであろう。
だがキスで呪いをとくなど絶対にごめんである。
そんなのは自分をお姫様だと思っている女か、どこぞの傲慢なカエルの王子様がすることである。
そもそもこの呪いがキスごときでとけるかどうかも分からないのに、何故軽々しくしなくてはいけないのか。
ルーにとってキスとは、こんなにも軽いものなのか。
未だにもじもじと手をいじりながら、ちらちらとこちらを見て来る犬っころに視線を向ける。
本当に怒られた犬のようだ。
尻尾を足の間に挟んで、誇り高き人狼の姿はそこには欠片も無い。
昨日わざわざ送って行ったあの女はどうしたのだ。
まぁ
さぞ楽しい道中だったに違いない。
もしやあの女と結ばれるために、狼の姿を捨てたいと言い出したのではあるまいな?
馬鹿の付くお人好しのルーのこと、彼女のために自分が人間になることを選んだって、おかしくはない。
胃がむかむかする。
私とのキスを軽く考えていることも、それでこの私の呪いをといてやれると、傲慢な思い込みをしていることも。
そうして自分の願いを叶えようとしていることも、全ての事実に
願いを叶えるのはこの私だ。
絶対に、この人狼の願いは諦めさせてみせる。
そう、絶対に。
私は心に誓うと、木の影から勇ましく一歩踏み出した。
ルーがびくりと毛を逆立てる。しっぽまでピンと伸ばしてまさに犬のごとしである。
「コォコォコォ(ねぇルー、キスってとても大切なものだと思わない?)」
心頭滅却≪しんとうめっきゃく≫、心頭滅却、これは願いを叶える為、我慢、我慢。
心の中でそう唱え、水かきの付いた足でペタペタと歩み寄りながら、私はルーを白鳥の円らな瞳で見上げる。
全く白鳥で良かった、こんな行動は
「コォコォオオ(やっぱりこういう事は、永遠を誓い合った二人で無ければ、してはいけないと思うの)」
ルーの目の前まで来て、私は両羽を大仰≪おおぎょう≫に広げてみせた。
「コォ! コォコォコォォオオ!(そう、大切なのは愛、愛なのよ!)」
私は詩人、愛を唄う吟遊詩人≪ぎんゆうしじん≫。
芝居がかった仕草で言い切って、達成感に私はつんと嘴≪くちばし≫を上に向けた。
「愛……」
ルーは呟き、珍しく考え込む様に足元へと視線を落とす。
それから「そうか、愛」と口の中で反芻した。
恥ずかしいから反芻するな!
「つまり永遠を誓ってからでないと、キスはしたく無い、ということか?」
ルーは顔を上げた。
その釣り目がちな瞳がまるで満月のように金色に輝く。
それはまるで獲物を捕捉した狼のような目だった。
だから
「コォコォ(そ、そうよ!)」
けれども私は怯んだことを誤魔化すように大きな声で鳴いてしまった。
それが悲劇を招くとも知らずに。
私はこの馬鹿な人狼が、どれほど馬鹿であるかを、まるで分かっていなかったのである。
「そうか! つまりスワンは俺と永遠の愛を誓いたいと思ってくれているんだな!」
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