第10話 嫉妬
「へぇ、それじゃあ呪いはキスでとけたって訳? 古典的だねぇ」
最後の一人も
道中、私はいつも通りルーの頭の上に乗っていた。
その間、オディールと名乗った金髪碧眼の女は、自分の可愛らしさを自覚しているのだろう。
ルーの腕にしがみ付き、上目遣いでやたらと目を瞬かせていた。
私は男に媚を売ることに、何の疑問も持たない女が大嫌いである。
今もテーブルで隣に座るルーに、熱い視線を送っている女に、
「ルー様ぁ、本当にありがとうございましたぁ」
女はその身をルーに摺り寄せながら、砂糖よりも甘ったるい声で言った。
今すぐにやってしまおう。
女の脳天へと
「コオオオオオオオオオオオオ!!!!(貴様も所詮は男か!! こんな女に騙されて!! もろとも殺してくれる!!)」
「どうしたんだスワン? 今日はずっと機嫌が悪いなぁ」
ルーは本当に困ったように眉を下げながらも、私の
微塵も痛がっていないのがますます腹立たしい。
自分の行動が、私の神経を余計に逆撫でしていることに、気付かないのかこの男は。
「まぁとにかくさぁ、キスくらいで戻って本当によかったねぇ、お嬢さん」
そんな私達の様子をよそに、賢者は女に視線を投げて、
途端、女がびくりと大きく肩を震わせた。
「“Roses are red, Violets are blue, sugar is sweet, And so are you.”」
「あ、それ。前にも一度歌っていただろう?」
急に歌を口ずさんだ賢者に真っ先に反応したのはルーだった。
しかし賢者はルーではなく、急に私の方へと視線を向ける。
半月のような黄色い目、その全てを見透かすような瞳に私の心臓は射抜かれたようにドキリと跳ねた。
この男の歌った内容を、私は知っている。
けれどもそれは、あまりにも皮肉だ。
「コォコォ(ふん、嫌味な賢者ね! て、まさか、それって…)」
「ん? どうした、スワン?」
「“ばらは赤く、すみれは青く、砂糖は甘く、そして貴方も”」
賢者は目を細めいやらしく笑うとテーブルに肘を置き頬杖をついた。
「呪いはね、鏡なんだよ。呪われた人がいるならば、そこには必ず呪った相手がいる。魔女でも無い限り、呪いを成就させるには強い想いが必要なのさ。オディール、君はよっぽど恨まれていたんだねぇ」
「逆恨みですわ! きっとあの女、自分が好きだった男が私に告白をしたからこんな仕打ちをしたのです!」
賢者の言葉をばさりと切って、女は叫びながら勢いよく立ち上がった。
「呪いにはリスクがある。失敗したら自分に返って来るというね。それでも実行したというなら、逆恨みでも相当な恨みだったと思うよぉ」
「飛んだ見当違いですわ! 私はあんな男、眼中にありませんでしたのに! あの子は自分の外見に自信がないのを、私のせいにしてるだけですわ!」
女は言いながらハラハラと泣き崩れる。
何を偉そうに、どうせ普段からその可愛らしさを鼻にかけあっちもこっちもどっちもそっちも全方位的に男に媚を売っていたのだろう。
呪われたって仕方がないではないか。
「それは可哀想だったな、君は何も悪くないのに」
けれども直後、ルーはそう言ってオディールの頭を撫ぜた。
「酷い女だ。どんな理由があっても、人を呪うなんて人間のすることじゃない」
紡がれた言葉が絡みつくように、私の心臓は重い音を立てて軋む。
ルーはそれ程考えもせず率直に言っただけだったのだろう。
けれど私は、その言葉に思った以上に動揺してしまった。
その証拠に、直ぐに反論する事が出来なかったのだから。
「あぁ、ルー様! 何てお優しいお方!」
そんなこちらの気も知らず、オディールはルーに頭を撫ぜられながら、キラキラと輝く瞳を上目遣いで瞬かせる。
完全にルーを狙っている仕草だ。
ルーはルーで、何故かまんざらでもないような顔をして、「へ? へ?」などと頬を掻いている。
あぁ、はらわたが煮えて来た。
何も知らない癖に、何も分かっていない癖に。
女にとって見た目がどれだけ重要か、見た目にどれだけ振り回されるのか。
軽い気持ちで呪ったりはしない。
呪うにも、それだけ強い思いがあるのに。
それを何も知らない第三者が、軽々しく非難などしていいものか。
「コォコォコォオ(よかったわねぇ、可愛い子に手を握られちゃって、鼻の下伸ばして)」
気付けばそう嫌味を吐き捨てていた。
何だこのセリフは、これではまるで私の方がこの馬鹿タレ達に
私はただ腹が立っただけだ、
「何言ってるんだ、スワンが一番かわいいぞ」
けれど。
一瞬、
そして私は、今目の前の人狼に言われたことを、頭の中で反芻する。
駄目だ反芻したら駄目だ!
「これは珍しい、白鳥の顔も赤くなるんだねぇ」
「コォコォコォォォ!(黙れ賢者! 今すぐに黙りなさい!)」
興奮して思わず賢者を睨みつけた。
しかしその賢者の表情が、口角は上がっているというのに目が全く笑っていない。
それを見た途端に、私の心臓は急に芯まで凍りついた。
「まぁ、キス程度で解けたんだから、案外そんなに強い恨みはなかったのかもしれないね。君の妹も、案外そろそろ呪いが解けているかもしれないよぉ」
「!?」
私は
何故この賢者は、私が妹に呪いをかけたことを知っているのだろう。
一瞬ドキリとしたが、あれだけの騒ぎだったのだ。
既に城の外まで噂が広がっていてもおかしくは無い、と考え直す。
けれども何故だろう。
賢者の瞳は、まるで見透かすように私を映し出していた。
「ねぇ、知ってるかい? 鏡の呪いは厄介なんだよぉ。何せあれは、自分で自分に呪いをかけているようなものだからねぇ」
賢者は
ルーはいまいちよく分からないのか首を傾げていたけれど、私には分かる。
オディールと名乗ったこの女は、他人に呪いをかけられた。
妹、エーデルもそうだ。呪いをかけたのは、私だ。
けれども私は違う。
私の呪いは、この男の言う通り、恐らく鏡の呪いなのだろう。
心当たりなら、ある。
あの時、王の前で告白した直後、真実の鏡に私が映っていた。
つまり私は、賢者の言う通り、自分で自分を呪ったということになる。
私が私に、呪いを?
あり得ない。
けれども、今目の前にある現実は、それを
私は真実の鏡の前で、決して嘘は吐かなかった。
そう、嘘ではなかった。
はずなのに。
「“ばらは赤く、すみれは青く、砂糖は甘く、そして貴方も”」
賢者はさも愉快そうに、またあの歌を、
◆◆◆
もう遅いから家まで送る。
そう言って、まだ日がある内から、ルーはオディールと出て行った。
気付けばもう黄昏時である。
窓から入る夕陽が、部屋中を橙色に染め上げている。
「偶然のキスでもとけちゃうんだから、人の呪いって適当だよねぇ」
黙って窓際のサイドテーブルに乗って、窓の外を眺めていた私に、不意に賢者が話しかけて来た。
「君もキスしてもらったら、呪いがとけるんじゃない?」
ぷぷぷと、人をおちょくった厭らしい笑い声が漏れて来る。
けれども私は、そんな下らないからかいに反応してやるほど、優しくはない。
最初から最後まで、賢者の存在を一切合切無視をして、ただ窓の外を眺め続ける。
「とけないか、君は」
私の体全てを覆う様に、影が落ちる。
見上げれば、真上に賢者の顔があって、まるで暗闇の中で瞳を丸く見開く梟のように、こちらを見下ろしていた。
「だってこの呪いは、鏡の呪いだろう? 白雪王国第一王女、スワン様。あぁ、元、か」
賢者の口が、三日月のように歪む。
--ぞくり。
背筋を、寒気が這った。
「さて、それじゃあ最後の一人までしっかりと追い返してもらわないとねぇ」
賢者の目が歪む。
ぐにゃりと、然も愉快そうに。
「コォ?(最後の一人ですって?)」
「まだ残ってるでしょぉ」
賢者は言いながら、私と、そしてルー達が消えて行った道の先を指差した。
私は目を見開く。
「そうだよ、君か人狼君。最後の1人まで追い返してもらわないとねぇ」
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