第7話 作戦

 目覚めると、私は白鳥に、ルーは人間の姿に戻っていた。

 朝である。


「コォォォ(つまり夜の間だけ人間に戻れるって訳ね)」

「本当に食べなくて良いのか、スワン?」


 どこから取って来たのか何かの焼いた肉をむさぼりながら、ルーが言った。


 そう言われても白鳥のくちばしで食事を摂る方法など知る訳も無い。

 食べたくも無い。


 こんなことなら人間の姿の時に食べておけばよかった、今晩は絶対何かしら食べてみせる。


「コォコォコオオー(そんな事より、今日から作戦を実行するわよ)」


 ルーが肉を食べ終わったところで言うと、ルーはきょとんとした顔で、「何がだ?」などとほざいてきた。


 どつきたいがこの可愛い羽では人を殴ることも出来ない。

 仕方なく私は、くちばしでルーの額を思い切り突いておいた。


 不意打ちだったからか、ルーは無情にも地面に沈んだ。


「コォコォコォ!(昨日言われたでしょうが! 賢者を訪れる奴等全員をこの森から追い返せって!)」

「あぁ、そうだ! そのことなんだが」


 早速復活しながらルーは手を叩いた。


「賢者のルールって、どういう意味なんだ?」


 眉を上げて満面の笑みで聞いてくるこの男。


 こんな馬鹿たれと、これから共に作戦を遂行しなくてはならないのか、と思うと先が思いやられる。


 だがしかし、日中は白鳥の姿である以上、作戦実行にはルーが必要不可欠だ。

 私は仕方なく、ルーにも分かる様に説明をしてやることにした。


「コココオコォコォコココォコォ(いい? 物事には必ずルールがあるものなの)」

「ふむ?」


 ルーは少しだけ難しそうに眉間に皺を寄せる。さては分かっていないな?


「コココォコォコココォコォ(賢者はどこの国にも属さない代わりに、国家間で厳重なルールが課されているものなのよ。あの賢者は私が暮らしていた王国と関わりがないから詳しくはわからないけれど)」

「ふむふむ」

「コォコォォオオオコォコココォ(あいつの様子からみて、私はそれが、賢者は弱みを見せてはいけないということと、訪問者を無視してはいけないということだと思ったの)」

「相変わらず鳴き声の割に聞こえて来る声が多いな!」

「コココッコォ!(だまらっしゃい!)」


 気を取り直して、私は羽を広げた。


「コォコォココォ!(あいつの焦り方からいって、どうやら正解だったようね。おかげで私達は賢者を尋ねる者を、最後の一人まで追い払え、という試練を課されたものの、これを達成出来れば願いを叶えてもらえるってわけ)」


 ルーは今の説明で分かったのか分かっていないのか、真顔で私をじっと見詰めたまま「なるほど」とだけ小さな声で呟いた。

 絶対に分かっていないと思う、この男。


「コォコォコォ(とにかくあんたは私に言われたとおりにやって!)」


 私の堪忍袋の緒が切れた所で、作戦実行の幕は切って落とされた。


◆◆◆


 作戦は至って単純である。


 まず最初に賢者の森へと繋がる道の要所全てに「狼注意」の立て看板を設置した。

 実際人狼が居座っているわけだし嘘は吐いていない。


 この看板で臆病者はやって来なくなった。


 次に森の中をぐるぐる回る様に道順の看板を立てた。


 人は看板があるとそれを信じてしまう性質がある、深い森の中で同じ様な景色ならば尚更だろう。


 案の定みんな看板を信じてまんまと森から出て行った。


 しかしこれには目印をつけ突破しようとする強者も現れ、その度に私とルーで怖い音や声を立てて脅していたら、ほとんどが諦めて逃げ帰った。


 それでも賢く執念深い者は森を突破してやって来る。


 これには私は頭を抱えたが、ルーが持ち前の能天気さでどうして賢者の下へ来たのかと問いかけた。

 するとやれ「持病のしゃくが」だの「水虫が治らない」だの、「子供がキャロットを食べない」だのと、自分達でどうにかならないのかという悩みばかりをのたまった。


 幸いそれらは私が本で得た知識で対応可能だった為、ルーに伝えてもらうと喜んで帰って行った。


 ここまでで殆どの物見遊山ものみゆさん者共ものどもは駆逐出来たと言えるだろう。


 そもそも本気で賢者に助けを求めなければならない者など滅多にいない。


 大方どこからか流れた噂を聞いて、ちょっと尋ねてみたかった、などと不謹慎な奴等ばかりだったのだろう。


 しかし、本番はそこからであった。


 その女は狼も恐れず、森に迷う事も無く、ルーの話にも耳を貸さず、黙して語らず、脅しても罠を張っても、知恵を貸してやろう、とこちらが下手に出ても、決して、絶対に、諦めてくれなかった。


 毎日、必ず、一日一回、その女は賢者の家を訪れる。

 それはそう、私達が賢者の家に初めて訪れた日、賢者を尋ね塩対応をされていた、帽子を目深にかぶったあの女だったのである。

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