第5話 条件



「全く不便だなぁ」


「コォコォコォ!(仕方ないでしょう!)」


「仕方ないでしょう、と言っているぞ」


 一通りの話を終えると、賢者は然も面倒くさそうに背もたれによりかかり、そのまま天井を仰ぐと大きな溜息を吐いた。


「まぁ、君たちが他の奴等と同じで、願いを叶えに来た事は分かったよぉ」


 再び背もたれから姿勢を戻すと、賢者はほとんど残っていないカップを、ずずっと音を立て啜り、立ち上がった。


「じゃあ、帰って良いよぉ」


「は?」


「ココオ!(なんでよ!?)」


 それから扉の取っ手に手をかけて、にっこりと笑って言う。


 背が高い癖に猫背が癖になっているのか、丸まった背中が腹立たしい。


 垂れ目の下の隈はいっそう濃くなって、早く寝たいオーラが駄々洩れである。


「どこから噂が広まったか知らないけどさぁ、賢者がそんなほいほい願いを叶えてくれるなんて、そんなわけ無いだろう? 連日そんな奴らばかりで寝不足だし、最近はしつこい奴等が昼夜問わずに来るし」


「コォコォ(それで風邪を引いたって訳ね)」


「それで風邪を引いたってわけね、と言っているぞ」


 直後、賢者のまとっていた空気が、ぴりりと緊張感を放つ。


 私はそれにまんまと気圧され、思わずびくりと揺れてしまったが、ルーは何も分かっていないのか微動だにしない。


 かと思えば、急に私を頭の上からひょいと手に持つと、胸元で抱きかかえた。


 賢者は鋭い目付きで、依然こちらを睨み付けている。


 するとルーは私の耳元でこっそりと、「心配いらない、必ず俺が守るから」と囁いた。


「コッコォオオ!(知らないわよバカ!)」


「んんん~?」


 突然の事で驚き反射的にくちばしを放った私だったが、ルーはそれを掌で軽々と防ぐと、困ったように眉を寄せ首を傾げた。


 太い眉毛が憎たらしい。


「君達。その話を外で広めたらどうなるか、分かってるだろうねぇ?」


 しかし賢者は、そんな私達の様子など意にも介さず、急にフードを被ると顔に影を作り凄んで見せた。


「コォコォコォ(やっぱり賢者のルールがあるのね)」


「やっぱり賢者のルールがあるのね、と言って」


「コオオオオ!(これは訳さなくて良いのよ馬鹿ぁぁあ!)」


 気付けばくちばしの乱れ突きを放っていた。


 そのうちのひとつが顎にクリーンヒットし、ルーが思い切り後ろへ倒れ込む。


 しまったと思ったが、思った時にはもう遅かった。


「この白鳥、野放しにしたら危ないね」


 私は気付けば、賢者の手の中に落ちていた。


 顎を擦りながら起き上がったルーも、状況を理解した途端、今までにない真剣な表情で身構える。


 それにしても、どいつもこいつも何故白鳥と見れば、まず足を持って宙吊りにするのだろう。


「コォォォ!(離しなさいよ! 乙女をなんだと思ってんの!?)」


「大丈夫だスワン、すぐに助けるぞ」


 言うとルーは突然、真横にあった椅子をがしりと片手で掴んだ。


 そして。


「は?」


--ドンガラガッシャーンッッ!!


 その椅子は、目にもとまらぬ速さで、気付けば賢者の真横の壁に思い切り投げ付けられていた。


 壁に掛かっていた良く分からない装飾品が、椅子と一緒に音を立てて壊れて落ちている。


 ルーは真顔だった。


 いつもへらへらと、何が楽しいのか笑顔でいる癖に、急に表情を消したものだから、私までちょっと変な息を呑んでしまだたではないか。


 人狼の真顔、釣り目と金の瞳も相まって、あまりにも怖い。


「スワンを離さないなら今度はこれを当て」


「分かった話し合おうか、説明するからテーブルを持たないでお願いだからぁ」




◆◆◆




「コォコォココォォ(その約束、絶対守りなさいよ!)」


「その約束」


「いい、訳さなくてもだいたい何を言いたいのか分かるからぁ」


 その後私達は、再度の話し合いを経て、めでたく話はまとまった。


「最後の一人まで、全員追っ払ってくれよぉ」


「コオコオ(任せなさい! あんたのルールも守って、かつ平穏な暮らしを取り戻してあげるわ、その代わり!)」


「その代わり、絶対に願いを叶えろ、とでも言ってるんだろぉ?」


 賢者はうんざりした様子で、テーブルに突っ伏した。


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