第3話 同行
「という訳で、俺は森の賢者の
「コォコォココォ(いったい何が“という訳で”なのよ、馬鹿狼)」
あれから私は、気付けばルーに小脇に抱えられながら、森の道なき道を進んでいた。
そしてどこへ向かっているのか、その説明が脈絡もなく、今この馬鹿狼から告げられた、という訳だ。
「コォコココォコォ(まぁいいわ、賢者に会えばどうして私がこんな姿になっているのかも分かるはず。連れて行きなさい、これは命令よ)」
「鳴き声は短いのにどうして聞こえて来る声はお喋りなんだ? 不思議だ」
真顔で答えたルーの額を、再び
「だが、命令などされずとも君のお願いなら喜んで叶えよう! マドモアゼル」
「コォ!(その呼び名やめて! 私の名前はスワン、ス・ワ・ンよ!)」
「あぁそうか、スワンと言うんだな! 可愛らしい響きじゃないか!」
「コオオオオオ!(その鬱陶しい喋り方もやめて!)」
もし夜までこの調子で、会話をしなければならないのだとしたら、私の精神が持ちそうにない。
いっそ今すぐ逃げ出してしまった方が良いのだろうか、そう何度も思いつつ、この状況に甘んじているのには、理由があった。
「おっと、今日も動物たちは騒がしいな」
--ドーンッ!!
今、何が起きたかと言えば、熊がルーによって倒された。
この何気ない日常会話の内の一瞬で、である。
そう、森の中は凶暴な動物で溢れている。
ルーはそれらの動物を、まるで蜘蛛の巣でも払うように、易々と退治してしまうのだ。
あのグレズリーを、一撃で仕留めた時から思っていたが、この男、ものすごく強い。
先ほどの熊も歩きながら何てことは無いように
非常に頼りになるのだが、同時に私は自分の命を握られているような、うすら寒い心持ちでもある。
よもや非常食として、私を持ち歩いているのではあるまいな?
「まぁとにかく、もう少しで賢者の森に着くはずだ。一緒に行こう」
ルーは言うと、私を自身の頭の上に乗せ、はっはっはと豪快に笑った。
その振動でゆらゆらと揺れながら、私は人並みに戻った高い視線で森を見渡す。
昨夜、追い出されるままに
昼になった今でも、
思い出してぶるりと震えた。
昨夜は草に隠れ、木に登り、早く朝になれと恐怖で一睡も出来なかった。
何処からか聞こえる動物の鳴き声や、風が葉を揺らす音にすら怯えていたのだ。
あんな国、こちらから願い下げだと、覚悟して出て来たつもりだったが、後悔先に立たずとはこの事か。
そう考えれば、ルーに出会い行動を共にしている事は、涙が出るほどありがたいことなのかもしれない。しれないが。
「コォコォ(どうして見ず知らずの、どこの誰とも知らぬ私を助けるの)」
「ん? 困っている人がいれば、助けるだろう」
「コオオコオオ!(ふざけるな! そんな訳ないでしょう!)」
私はこのどうしようもないお人好しと居ると、イライラが制御できなくなる。
屈託なく笑う、何の疑念も無く人を助ける。
その姿が、どこか妹と重なって、苦しい。
「コオコオコオ(何の見返りも無く人助けをする奴はドが付く馬鹿か、それが
「そうか? よくわからないな」
ルーは首を傾げ笑った。
その拍子に私は彼の頭から落下したが、片手で軽々と受け止められ、再び頭へと戻される。
白鳥を頭に乗せた王子なんて、まぁ笑える姿であろうに。
「コォ(ドが付く馬鹿の方ね、安心したわ)」
「んん? 俺は馬鹿じゃない!」
珍しく少し憤慨しているルーを軽くあしらう。
「コォコォココォ(まぁいいわ、お人好しなら存分に利用するだけ利用してやる)」
「ん? 何か言ったか?」
「ココォ(別に、何も)」
「ん? そうか。まぁ、これも何かの縁だ。これからよろしくな、スワン!」
ひょいと、ルーの手が私を持ち上げたかと思うと、顔の前に持ってこられる。
目が合うと、ルーは快活に笑った。
その笑顔にやっぱり妹が重なって、私は顔を背ける。
じくじくと胸が
この世の汚いものなんて、何も知らないみたいな、そんな顔。
ルーは何も答えず目線も合わない私に、少しだけ不思議そうにしていたけれど、何も聞かずに頭の上に戻した。
そこで私はふと気づく。
「コォココォ(ルー、貴方は賢者に何を願いに行くの?)」
能天気でお人好しなこの男が、賢者を訪れてまで叶えたい願い。
私の妹なら、きっと「願いは自分で叶えるものですわ」とか何とか言っているところだろう。
しかし同じような性格であろうルーには、
「ん? そうだな、まぁ、俺のことはいいじゃないか」
ルーは笑顔のまま、けれども声色は少しだけ低く、そう言った。
私は長い首を下に伸ばしてルーを覗き込む。
「ん?」
ルーの瞳は、それ以上は聞いてくれるなと、その一瞬ギラリと光った、ような気がした。
その時私は初めてぞくりと、このお人好しに恐怖を覚えたのだ。
「コォ(まぁ、そうね。人の願いを聞くなんて、無粋よね)」
それからしばらく無言で歩いていると、突然、目の前の森が開け、目を眇めるほどの陽射しが差し込んだ。
「ウ~ララ~着いたみたいだ」
「コォコォオ(ここは…)」
石積みの塀にぐるりと囲まれたそこには、畑が広がっていて、色々な作物が育てられている。
キャベツやキャロット、玉ねぎやじゃがいも。
その畑を越えた先に、クリームがかった灰色の家が見える。
壁も屋根も塀と同じ、石灰岩を積んで造られたその家には、薔薇や緑が二階まで巻き付いて、いかにも古めかしい雰囲気をかもしている。
煙突からは今まさに料理でもしているのか、煙が立っていた。
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