てっちゃん

sorarion914

「またあの子よ……」


 母親がそう言って、カーテンの隙間から怪訝そうに外を見た。

 ここ数週間。

 ほぼ毎日のように訪れては、チャイムを鳴らしていく男の子がいる。

 年は恐らく自分の息子と同じくらいだろう。

 小学校2年生くらいか。

 友達を誘いに来るように、フラッとやって来てはチャイムを鳴らす。

 こちらの反応を伺う様に、しばらく家の前に佇みながら、また思い出したようにチャイムを鳴らし……そして言う。

「遊ぼう」


 その繰り返し———



 すると、ソファに座っていた父親が苦い顔をして言った。

「しつこい子だな……一体どこの子だ?」

「分からないわ。多分、近所の子だと思うけど」

 そう言って、母親は息子をみた。

「てっちゃん、あの子知ってる子?」

 そう聞かれて、てっちゃんは首を振った。

「同じ学校の子じゃないの?」

「うん。知らない」

 母親と一緒に、カーテンの隙間から外を覗いて、てっちゃんは頷いた。

 家の前には、同い年くらいの男の子が立って、じっとこちらを見上げている。

 自分と目が合って、男の子が再び玄関のチャイムを鳴らす。

「親は何をしているんだ?毎日知らない人の家に来てチャイムを鳴らすなんて――非常識にもほどがある」

 父親はそう言うと、妻と息子を窓から遠ざけて、外にいる男の子に鋭い一瞥をくれると、勢いよくカーテンを閉めた。

 すると、それを見た男の子が諦めた様に去っていった。

「今度来たら警察に通報しよう。子供とはいえ、立派な嫌がらせだ」

「そうね」

 母親はそう言いながら、不安そうな顔をする息子の肩に優しく手を置いた。



 翌日も、その翌日も。

 男の子は家の前まで来ると、無言で窓を見上げ、チャイムを鳴らした。

 てっちゃんは窓辺に寄ると、外に佇む男の子に目をやる。

 男の子は目が合うと、「遊ぼう」と声を掛けてくる。

「もう我慢できない!警察を呼ぼう!」

 父親がそう言ってソファから立ち上がった。

 てっちゃんは何も言わず。

 ただ黙っていた。


 ――程なくして、2人の警察官が玄関を開けて中に入ってきた。


 傍にはあの男の子と、その母親がいる。

「あぁ、お巡りさん。この子ですよ!毎日うちに来てチャイムを鳴らしていたのは」

 父親の言葉に、警察官の1人が男の子の方に顔を向けた。

「それ本当かい?」

 そう聞かれて、男の子が無言で頷く。

「あなた、この子の親ですか?毎日毎日うちに来て……ほんと、迷惑してたんですよ」

 男の子の母親はそれには答えず、ただ黙って俯いている。

 父親が訪問者とやり取りしている様子を、てっちゃんは母親と一緒に部屋の隅でじっと見つめていた。

「男の子がいるって話だけど……」

 警察官の言葉に、父親が言った。

「息子の事ですか?ええ、いますよ。でも息子はその子なんか知らないと言っている。友達でも何でもないのに、毎日来る理由が分かりません」

「どこにいるの?」

「息子ですか?そこにいますよ」

 父親が指をさす方を、男の子も指さした。

 すると。

 2人の警察官は苦笑した。

「え?

「そこにいるじゃないですか!」

 父親がそう言い、男の子も言った。

「そこにいるよ。お母さんと一緒に。あと———」

 男の子は、ほんの少し躊躇ためらうと、今度は父親の方を指さして、言った。


—―」


 何も無い空間を指さす男の子に、2人の警察官は顔を合わせると、思わず真顔になって息を飲んだ。






 * * * * * * *


「あの家には、今は誰も住んでいません」


 警察官の1人が、そう前置きして言った。

「電気も通ってないので、チャイムも鳴るはずないんですけど……でも、彼がというのなら、それは本当だと思います」

 警察官は言った。

「実は数年前に、あそこで一家心中がありました。親子3人。当時7歳だった男の子が、父親に殺されて亡くなっています。それ以来ずっと空き家で――けど、時々同じようなことを言う子供がいて、相談に来るんですよ。『男の子が窓から手を振って笑ってる』って……きっと――」

 警察官はそこで言葉を切ると、少し寂しそうな笑みを浮かべて言った。

「彼は息子さんと一緒に遊びたかったんでしょうね――」





『遊ぼう』




 窓から手を振る少年が、嬉しそうに笑う。


 でもその背後から腕が伸びてくると、少年の体は暗い室内に引きずり込まれ――カーテンが素早く閉じられた。

 静まり返る家の中から、幼い子供の声がする。






 僕は、てっちゃん―――

 いっしょに遊ぼう……





 ……END






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