夜の神社で同級会

碧月 葉

夜の神社で同級会

 高校時代の友人グループのチャットアプリに、メッセージが入ったのは2時間前。


中野

——伊佐須美神社って今ライトアップしてるってよ

  一緒に見に行かねーか


 お盆帰省中だった俺は


——いいよ

 

 と返した。

 都会の喧騒から離れて実家でのんびり、も良いけれど田んぼや畑ばかりの田舎は数日経つとやることがなくて飽きる。

 そんなタイミングでの誘いだった。

 コロナもあって、同級生とは長らく会えていない。

 夜の神社というシチュエーションはどうだろうとも思うが、久々にみんなに会ってみたかった。

 

 

 午後8時、真っ暗な田舎道をヘッドライトを頼りに走り、神社の駐車場に到着した。

 俺が車を停めると、向かい側の白のミニバンから細身の男が降りてきて、こっちに手を振った。

 同級生の誰かだろう。

 俺も手を挙げて挨拶すると車から出た。


「おーっす、久しぶり」


「吉井……だよな。めちゃくちゃ久しぶりだよ。元気にしてたか?」


「ああ、毎日やることが多くて忙しいけれど、充実しているよ」


 理系だった吉井は東京の理工系大学に行ったんだっけ。

 

「しかし、夜の神社に集合って……あいつも相変わらず無茶くちゃだよな」


「全くだ」


 そう言って、吉井は笑った。


「良かった。お前ら仲直りしたんだな。あんな事があって以来、俺らもちょっと気まずくて集まり辛かったんだ。こんな風にまた会えて安心したよ」


「いつまでも、過去に捕らわれていても仕方ないだろ」


 吉井は穏やかに笑った。


 吉井と今回声をかけてきた中野には因縁がある。

 大学1年の時、中野が吉井の彼女を寝取ったのだ。

 吉井は上京して2年間付き合っていた彼女と遠距離恋愛をしていた。

 そんな時、地元に残った彼女が中野の毒牙にかかった。

 明るく社交的な中野は男友達としては、面白い奴だ。

 しかし喋りも上手く顔も良いためモテる。そして女好きで次々と……つまりは女性の敵なのだ。


 あの時は、大揉めに揉めて吉井は中野と絶交、彼女とも別れた。

 俺は、生真面目過ぎる吉井が彼女の話をする時の柔らかい表情が、微笑ましく好ましいと思っていたから、事件については本当に心が痛かった。

 その後も吉井は殆ど地元に帰って来る事は無かったから、こうして会えて本当に嬉しかった。


 お互いの近況などを伝え合っていると、約束の時間から少し過ぎた頃に、車が2台やって来た。


 来たのは、中野と田津だった。


「おっス、中野。田津も久しぶり」


「おう、久しぶりって、そっちは吉井か! 来てくれたんだ」


 中野は吉井を見て目を見開いたが、ほっとしたように微笑んだ。


「みんな、お久しぶり。僕は最近、父親業が忙しくてさ。こんな風に夜出掛けるのも久々なんだ。姉さんが帰省して嫁さんと一緒に子ども達を見てくれるっていうから来れたんだ。誘ってくれてありがとう。いい息抜きになる」


 田津はそう言って人の良い笑みを浮かべた。変わってないな。

 彼は高校卒業後結婚して既に子どもがいる。 

 しかも双子……想像しか出来ないがきっと大変なんだろう。


 俺達は、ゆっくりと神社の境内へと移動した。


コロコロコロ


 虫の音が響く。 

 今夜はもう俺達しか参拝客はいないらしい。

 スマホのライトで足元を照らしながら行くと小さな鳥居があった。

 伊佐須美の本社とは別の小さな神社だ。


「うわ、夜の神社ってちょっと気味が悪いね」


「田津〜びびってんの? 肝試しみたいで楽しいじゃん」

 

 中野はそう言って田津を揶揄うが、確かに、昼間とまるで違っていて俺の背筋もヒヤリとしている。


「この神社はなんだろうな」


「ここは『殺生石せっしょうせき』を祀った神社だよ」


 俺の呟きに吉井が応えた。


「『殺生石』?」


「九尾の狐って聞いたことがあるかい?」


「漫画やゲームによく出てくる妖怪だろ?」


「ああ、その妖は平安時代に日本にやって来たんだけれど陰陽師に退治され、石になった。でも石になっても毒を吐いて動植物の命を奪うなどしてね。それを玄翁げんのうという和尚が打ち砕いたんだ。その時カケラは全国に飛び散った」


「その石がここにあるの?」


「ああ、そう言われている」


「おい、吉井、それってあれか?」


 中野がスマホでしめ縄の結ばれた大きな石を照らした。


「ええと、あれは目印で、本物はあの下に眠っているという話だよ」


「へぇ、面白いね。地元なのに知らなかったよ」


「凄いな、吉井。理系はそういうの興味無いのかと思ってた」


「それ理系への偏見。妖怪とか伝説とか文系だけのものじゃないからね」


 そんな話をしながら進むと朱の大鳥居が現れた。

 これを潜ると拝殿までの参道が伸びている。


「わぉ。コレはヤバいわ」


 参道から楼門にかけて、棚が組まれ無数の風鈴が飾られていた。

 風が通り過ぎると一斉に涼やかな音色が響く。


チリチリチリチリチリチリ……


 色とりどりのライトが揺れる風鈴を照らし、幻想的な雰囲気が醸し出されている。

 何やら和風ファンタジーの世界に紛れ込んだような気分になってきた。

 テンションを上げながら参道を進むと、大きな門が見えてきた。

 暗闇に堂々とそびえる楼門。

 明暗のコントラストが抜群に良い。

 昼間の姿は何度も見た事があるが、こちらもライトアップされていて初めて来たような気分になった。


「この門、こんなにカッケェ感じだったっけ?」


 みんな思わずその雄大な姿をカメラに収めた。


 楼門の先には拝殿がある。

 俺達は手水舎で手を清めてから門を潜って進んだ。

 そしてお賽銭を、と思って財布を開いて俺は焦った。


「やべ、5円がないっ」


「俺もだわ」


「僕も……」


「最近は手数料の関係で5円が歓迎されないらしいから、100円とかで良いんじゃない?」


 吉井に助言された俺達は賽銭箱に100円玉を投げ入れた。

 緋色の紐を揺らし、カラカラと鈴を鳴らす。

 深く2回お辞儀をして


 パンッ、パンッ


 と二拍手。

 4人の音は面白いように揃った。

 合掌して祈りを込める。

 

 みんなは何を祈ったのだろう。

 家族の健康と幸せ?

 学業の大成?

 出世栄達?

 恋の……成就。


 俺の不毛な恋は、どうか消してくれと願った方が良いのかもしれない。


 深く一礼して参拝を終え、境内を回っているとハートのフレームのフォトスポットがあった。


「記念にみんなで写真撮ろうぜ」


 中野が言った。


「このフレーム、どう見てもカップル用じゃない?」


 可愛いらしいハートに俺が照れると、吉井が手を引いた。


「いいじゃない。せっかくだし撮ろうよ」


 俺たちは体を寄せ合って


 カシャ、カシャ

 カシャ、カシャ


 と記念写真を撮った。


「お、結構良い感じ」


 大きなハートの前に笑顔の4人。

 みんな良い顔で写っている。

 今夜の記念になるだろう。


 写真を見せ合っていると田津が声をあげた。


「まずい、9時になる!」


 ライトアップは午後9時まで。

 間もなく照明が落ちてしまう。

 俺達は慌てて楼門を出た。


 すると……ぽつ、ぽつ、ぽつ。


 灯が消えて、真っ暗になった。

 

「やべっ」


 みんなスマホのライトを点けようと立ち止まった。


 その時


ジュッ、ジジジジッ


 何かが飛んできた。


「なんだっ」


ジジジジッ、バチンッ


「ただのセミだよ」


 何処かの看板にぶつかったセミが、脱出出来ずに暴れている。


バチッ、バチン、ジジジジ……


「うわぁぁぁっ、僕、セミ駄目〜」


 田津は悲鳴をあげると全力で走り去った。


「待てって!」


 何故か吉井も駆け出した。


「おいおいおい」


 慌てた中野も走り出す。


 ジジジジッ、ジジジジ


 マジか。

 ひとり取り残されるのは流石に心細い。

 仕方なく俺も走った。


 出口の鳥居まで全力疾走。

 入り口の傍の外灯の下で俺達はゼイゼイと息を切らす。


「フフフ……」


「ククク……」


「ハハハ……」


「アッハッハ……」


 どうにも可笑しくて、みんな笑ってしまった。


「いい年して俺たち何やってんだろうな」


「おい、田津、街灯に蛾がいっぱい集まってるぞ、大丈夫か?」


「あんなの全然。僕の虫嫌いはセミ限定さ」


「将来、子どもとセミ採りに行けないじゃん」


「カブトムシにしてもらう」


「難易度高っ」


 みんなで笑い合って駐車場へと戻った。

 今夜は新月で、空には無数の星が瞬いていた。



♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢



 翌日


 グループのチャットアプリにメッセージが入っていた。


田津 —— 昨夜は楽しかった

      久しぶりにメチャ笑ったし

      ありがとう



中野 —— 俺も面白かったよ

      来年はちゃんと同級会やろうぜ


 

吉井 —— 昨日は参加出来ずにごめんなさい

      研究室が忙しくて

      来年こそみんなに会いたいです



 ……は?


 続けて、メッセージを打とうとした俺の手は止まり震えている。

 昨日の記念写真を確認する——勇気はまだない。

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