天才博士とおとぼけ助手の実験記録 ~どこでもゲート~

よし ひろし

どこでもゲート

 トン、チン、カン…


 研究室の開けたスペースの真ん中で、白衣姿の男がピンク色のドアらしきものを立てかけ、床へと設置すべく工具をふるっていた。


 男は芥川龍虎あくたがわ りゅうこ。様々なオーバーテクノロジーの研究をしている自称天才博士だ。白髪交じりの髪をしているが、まだ三十六歳。独身、彼女は募集はしてないが、とても欲しいと思っている。


「ふぅ~、これでいいだろう」

 いかつい顔に汗を浮かべながら芥川が満足そうに目前のモノを見つめた。そこへ、芥川同様の白衣姿の女性が入室し、


「あれぇ~、博士ぇ、何ですかぁ、それは?」

 間延びした口調で話しかけてきた。


 彼女は芥川の助手で、楠木星奈くすのき せな。二十歳。工学系の大学に通いながら、芥川の助手のバイトをしている。彼氏はいないが、男友達は多い。


「おお、星奈くん、ちょうどいい所に来た。――とうとう完成したぞ、我が究極の発明“どこでもゲート”が!」

 たった今設置の終わったモノを指し示し、どうだとばかりに芥川が胸を張る。


「どこでもゲート? ゲート…、っていうよりぃ、ドアに見えますけどぉ? どこでもド――」

「ストップ! 星奈くん、それは言ってはいけない。色々と問題がある」

 星奈の言葉を制して、芥川が眉間に皺を寄せる。


「ええぇ、そうなんですかぁ? でも、どう見ても、未来から来たネコ型ロボットの――」

「そこまで!」

 芥川が再び大声を出して星奈の言葉を遮り、ふぅーっと大きく息を吐きだした。


「……私もそのロボットはとても好きだ。なので、リスペクトし、そのインスパイアされて、たまたま似たモノが出来ただけなのだよ」

 まるで自分に言い訳をするような芥川。


「そうなんですかぁ…、てっきりパクったのかと――」

 素直な星奈。それを三度みたび止める芥川。

「シーっ、黙りたまえ。ダメダメ、パクリとか言っちゃ…。星奈くんは、ロマンがわかってないなぁ。少年の頃からの夢を実現しただけなのだよ」

 どこか遠い目をして芥川が宙を見つめる。

「そんなもんですかねぇ…」

 星奈にはそのロマンとやらは伝わっていないようだ。


「それに、このどこでもゲートは、星奈くんが思い浮かべているモノとは一味違うのだよ」

 自慢げに胸を張る芥川。

「一味ぃ? イチゴ味でもするんですかぁ、この色だと?」

 ピンク色のドア、いや、ゲートを見つめて星奈が首をかしげる。確かにその色だとストベリー味だな、と芥川は一瞬思ったが、即座に否定し、説明する。

「違う! そういう意味じゃない。このゲートはな、行き先をわざわざ声に出す必要がないのだよ」

「へぇ~、ではどうやってぇ、行き先を決めるんですぅ?」

「ふふふっ、心に思い浮かべるだけでいいんだ。凄いだろう」

 自信満々な笑みを浮かべる芥川。もともと怖い顔がドヤった態度でより怖くなる。が、見慣れている星奈は、全く気にせず、愛らしい顔を微かに傾げて聞き返す。

…、夏目漱石ですか、先生?」

「違う! って、先生ってなんだ、星奈くん」

「あれぇ、こころといえば、先生ですよねぇ、違いました?」

「いや確かにそうだけど――星奈くん、話を進めてもいいかな」

「は~い、どうぞ」

 お約束的なボケとツッコミを一通り終え、芥川が真面目な顔で説明を始める。


「では、改めて。――このドア、じゃない、ゲートのノブを握ると、その者の心を組み込まれたAIが読み取り、適切な座標を設定。自動的に空間を繋げてくれるというわけだ」

「ふへぇ~、凄いんですねぇ」

「そうだろう。ふふっ、私は天才だからな。――では、実際にやってみよう」

 そこで芥川がノブに右手を伸ばす。

 軽く深呼吸をしてから、ゆっくりとピンクのドアの様な門を開いた。


 その向こうに広がる景色は――白い湯気。その湯気の向こうにはどこぞの温泉施設。湯舟には数人の女性が入湯中で、そのうちの一人と、芥川は目が合った。


「え、なに――、きゃぁ~、痴漢!!」

「――うっ」


 悲鳴が轟くと同時に、芥川は勢いよくドア、いや、ゲートを閉じた。


「どうしましたぁ、博士ぇ? どこに繋がったんですぅ?」

 星奈の位置からは、ゲートの向こうがよ見えなかったようだ。首を伸ばして、すでに閉じているゲートを覗き込むような格好をする。

「い、いや、どうやら、少し行き違いがあったようだ」

 ごまかす芥川。そんな彼に、不審そうな視線を星奈は送る。

「なんかぁ、女性の悲鳴が聞こえてぇ、湯気も流れ込んできたようなぁ…」

 どうやら、何があったのか、うすうす気づいている様だ。

 その星奈の様子に芥川は狼狽し、

「違うぞ、汗をかいたから、ひとっ風呂浴びたいって思っただけで、どうせなら温泉がいいかなって、それだけだ。べつに女風呂を覗こうとか、そういうのではないぞ!」

 正直にすべてを話してしまった。


「……女性の裸、見たかってんですかぁ、博士?」

 星奈の冷たい視線。


「違ーう。風呂だ、風呂! 本当にひとっ風呂浴びたかっただけだ!」

 芥川は懸命に釈明し、

「よし、じゃあ、もう一度――」

 そう言うと、再びノブに手を伸ばした。


 ゴクリ……


 つばを飲み込み、慎重にゲートを開いていく。


「……お、おお。ほら、見ろ、風呂だぞ。ただの風呂だ、星奈くん」

 今度はどこかの家の浴室らしき場所に繋がった。使用している人間はいない。

 芥川は、ほっと一安心し、星奈を真っ直ぐ見返した。だが――


「……博士、これ、わたしの家の浴室です」


 いつになく冷徹な表情で芥川を見返す星奈。その口調も、いつもののんびりしたものではなかった。


「えっ……」

「もしかして、わたしと一緒に、お風呂、入りたいんですか?」

「え、いや、ちがう、いや、その――」

 なんと言い訳していいかわからずに口ごもる芥川。

 すると、開いたままのゲートの向こうの景色が突然変わり、明るくなったり、暗くなったりを繰り返し始めた。


「あ、あう、あ、マズい――」

 うろたえる芥川の目前で、ゲート内は激しくを繰り返し、そして――


 ボンっ!


 小さな爆発音と共に白煙を上げた。


「あっ――」

 ゲートの向こうの景色は消え去り、ただの四角い枠となっていた。


「壊れちゃいましたねぇ、どこでもゲートぉ」

 いつもの口調に戻った星奈が、全く残念そうでない様子で言う。


「う、うん……」

 こちらは思いっきり落ち込んでいる芥川。


「心を読み取るのはぁ、やめたほうが、いいんじゃないですかぁ?」

「そ、そうだな、そうしよう」

 星奈の提案に芥川は素直にうなずく。そんな彼に、

「それと――」

 星奈がぐいっと顔を寄せる。


「そのゲートを完成させる前にぃ、勝手に繋げられないようなぁ、バリア? みたいなものを、造ってくれますぅ? そうしないと、安心してぇ、お風呂にはいれないんでぇ。――いいですね、博士」

 少々強い口調で、星奈は念を押す。それに対して、芥川は、


「あ、う……」


 何も言い返せずに、言葉を失った。



 どこでもゲートの開発は一旦凍結となった。再開は未定である……



おしまい


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