第六話『ジャックと豆の木』

 高度三万五八〇〇キロメートルの静止軌道。

 

 重心の膨らみが目立つ中、わらわらとうごめく無数の足。


 それらに掴まれているのは、鋼でできた、一隻の宇宙船。 


 宇宙船に乗るのは、ウェセックス王アルフレッドの末裔、ジョン・スミスだ。


 エンジンのかかっていない宇宙船は、ムカデの足によって、ベルトコンベアのようにして、地球とは逆側に運ばれていく。


 そして、先端に、到着。


 高度、四万六七〇〇キロメートル。


「目標は……土星の衛星、タイタン!」

 

 ジョンの夢。


 豆の木に登って、できれば……


 巨人に、会う。


 彼の夢と、M博士、N博士、そしてアルツターノフの、三人の科学者たちの思いを乗せ……


 宇宙船は、空をふわりと舞う風船のように、優しく放たれる。


 もちろん、噴射なし、である。


 宇宙船は、迷いなく、突き進む。


「火星に接近! 火星よ、お前の引力を、利用させてもらう! スイングバイだ!!」 


 加速する宇宙船。


 時折、方向調節のために、噴射の煙が見える。


「よし、上手くいっているぞ! 酸化剤と固体燃料の残量は、十分だ!」


 ジョンの乗る宇宙船はどんどん地球から遠ざかっていく。


 そして宇宙船はついに、土星の衛星タイタンのそばに到着した。


 タイタンからはなんと……


 一体の、巨人種族の宇宙人が、忽然こつぜんと現れた。


 その体躯は、あの軌道エレベーターになったムカデほどの大きさ……


 とはいかないが、ジョンや宇宙船よりは、遥かに大きな体を持った、巨人である。


「巨人よ、今から言うことは、よくわからないと思うが、とりあえず聞いてほしい。我が母星、地球には、『ジャックと豆の木』という架空のお話がある。今回は……それに影響されて、ここに来たようなものだ。お話の中では、巨人は、主人公のジャックのせいで、空から落ちて死んでしまう。だが、そんな悲しいことにはならない。地球とタイタンをつなぐのは、豆の木のような、心許ない、形あるものではない。繋ぐのは、宇宙だ。この宇宙という、微小重力下では、『落ち』ようがない。だから……仲間になってくれないか?」


 巨人は、己に比べれば豆粒ほどに小さい、ジョンの乗る宇宙船を、そっと摘む。


 そして深くうなずくと、そのまま、衛星タイタンの中へと消えていった。


〈完〉

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天を貫く遺伝子組み換えムカデ 加賀倉 創作 @sousakukagakura

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