ヤマカン

 大学時代の試験の時の話です。


 私は自慢じゃないですが、それほど真面目で優秀な学生ではありませんでした。特に一回生の時はあまり学校が面白くないなと、やめて他の学校を受け直すか就職しようかなと思ったこともありました。

 それが学年が上がるにつれて興味のある授業が増え、例えば教養の文学は「日本文学」「東洋文学」「西洋文学」のどれか一つを履修すれば単位が取れたんですが、結局3つ全部履修するなんて感じになってました。しょうがないですよね、その頃になって面白い授業が増えたんですから。


 そんな感じだったので、他の人から勉強教えてーなんて言われるような立場では全くなかったと思います。

 

 それなのにある試験の時、いきなり友人のMが、


「これ、どこが出ると思う?」


 と、聞いてきたんです。


 私は「カン」というものは、なかなか侮れないものだと思っています。どうしてかと言いますと、特に何か一つの仕事や技を突き詰めたような人には、その人の経験から導き出される「何か」を感じるだろうと思うからです。

 たとえば、何かの症例でその病気が何かと考えた時、それまでに見てきた症例から、その人の病気が何かをお医者さんが推測するようなこと、これだって経験から得た「カン」と言っていいと思います。


 ですが、この時の私はとても勉強を突き詰めて真面目にとことんやる、なんてタイプではない。友人Mは、自分は要領がよくて色々乗り切れてると思っていましたが、周囲から見るとちょっとそういうのをはずして失敗することも多い、そういう感じだったと思います。


 そのMが、なんでか勉強熱心でない私にどこが出るかと聞いてきたんですから、なんでか今でも意味が分かりません。仲良くしていてMの実家にも遊びに行ったこともありますし、弟が遊びに来た時には一緒に出かけたりもしてました。仲のいいグループのメンバーだったんですが、それでいくと、聞いたほうがいい相手は他にもっといるはずです。


 ですが私もそうは言わず、


「なんか、このあたり出るような気がする」


 そう言ったら、


「そうか、じゃあ、そこ勉強しよう」


 と、どちらも試験前の一夜漬けどころかもうすぐ試験が始まるという時間になって、そこをあらためて覚え直すということ悪あがきのようなことをして、試験の時間になりました。


 すると、なんとずばりとそこが出たんです!


「おかげで試験できたわーありがとう」


 と、Mが言ってくれて、二人共無事に試験を乗り越えました。


 それからです。何かあるとMが「どこが出ると思う?」と聞いてくるようになったので。


「そうさなあ、このあたりかな」

「さんきゅ」


 みたいな感じであまり真面目とは言えない二人がそこにヤマをかけると、なんとそこが出るんですよね、不思議なことに。

 

 それ以来、


「小椋がここと言ってMがその話に乗ったらそこが出る」


 みたいに言われるようになってしまいました。


 何度も言いますが、決して勉強してその上で「このあたりが重要だから試験に出るだろう」と判断したわけじゃありません。あくまで「ヤマカン」です。なんの根拠もなく「このへんじゃない」と言ったところがピタリと出る感じ。


 ただ、こうも言われてました。


「なんの根拠もなくここって言う小椋も怖いが、それになんの根拠もなく乗ってそこしか勉強しないMはもっと怖い」


 分かるような気がします。


 そしてヤマカンでは他にこんな話もありました。


 これは私が二回生の時ですが、三回生から本格的に「ゼミ」を選ぶようになる前に、確か単位にはなりませんが「基礎ゼミ」という授業がありました。ゼミの練習みたいな授業ですね。

 そこで私はあるゼミを取ったんですが、ついでのように、その教授の授業も取ってました。まあ基礎ゼミ取ってるんですからお付き合いのような感じです。

 ですが結果から言いますと、授業がある半年の間、一度もその授業に出ませんでした。あまり出なかったレベルじゃなく、文字通り一回も出なかったんです。

 当然、そういう授業って「捨てた」と思われます。私も捨てるつもりでした、ですがそのテスト、ノートの持ち込みがOKだったんです。


「ただし、コピーはだめ、自分の手書きのノートだけ」


 ということで、今まで出てなかった学生も必死で出てる学生のノートを借りて手書きで移し、試験用のノートを作ってました。


「小椋はどうするの、試験受けるならノート貸すよ」


 と友人に言ってもらったもので、じゃあ形だけでもノート作るかとお借りしたんですが、全く出てない授業なもので、どこをどう書いていいのかすら分からない。


「このへん適当にまとめとくか」


 と、半年分のノートから、またもヤマカンで選んだところをレジュメ風にまとめて、


「もしもここが出なかったら捨てよう」


 とノートを返して試験を受けました。


 試験官はその教授本人です。出欠を取ってない授業でしたから、どの学生がどのぐらい出席してるかの記録はない。ですが基礎ゼミの学生ですし、私がほぼ授業に出てないことは分かっていたと思います。


 さて、試験が始まりました。そして問題用紙を開いてびっくり!

 なんと、私がヤマカンかけてまとめたその部分ずばりが試験に!


 試験だけど、もう考える必要もない。授業で出たところをまとめてあるもので、ある意味正解を書き写すだけの作業。ささっと5分ほどで書き終わってしまいました。


 試験の時、始まって15分は退席できません。なので試験を捨てる人も15分の間は我慢して座っていないといけない。やがて15分が経ち、私はもう試験を捨てた人、ちゃんとできた人と混じって一緒に最速で解答用紙を提出に行きました。


 その時に教授が、


「最後まで諦めん方がええぞ」


 と声をかけてくれたんですが、諦めるも何も、もうできてしまっているんですから出すしかない。


 半笑いで提出し、その結果、私は一度も出たことのない授業でA判定をもらうという結果になりました。


 ですがヤマカンはしょせんヤマカン。いつもこうやって当たってるわけではありません。これは一回生の時のことですが、こんなこともありました。

 

 ある授業の試験で、教授が「これのうちの2問を出す」と言って4問の問題が載った用紙を配ってくれました。その問題に沿った内容をまとめて勉強し、そのうちの2つができたら合格というわけです。そこだけやればいいのである意味簡単、サービス問題みたいな試験です。


 早めに用意して全部覚えたら余裕の試験なんですが、無精者の私のこと、試験の前夜になって一夜漬けでその勉強を始めました。

 がんばって1問目から3問目まではできたんですが、4問目で疲れてきた。なぜかと言いますと、4本目だけ2つの設問があったからです。つまり正しくは5つ問題があるという感じ。


「疲れたからもういいか」


 私は最初の3問目まで勉強して、4問目はほったらかして寝ました。すると、そう、予想通りです。4問目が出題されてしまった!


 よく考えたら4問目って「これは出すから」と言われているような気がします。そこだけ2つあるんですから、やるならここから勉強すればよかったんですよね。おそらく他の人はここから手を付けてたんじゃないかなあ。


 後悔はしましたがもう遅い。だけど1問しかできないと不合格になってしまう。


 そこで私は考えました。


「こういう事情で4問目は手を付けてませんでした。最初の3問を全部書くのでどうぞよろしくお願いします」

 

 そんなメッセージを書いて、試験用紙の表だけじゃなく裏まで使って3問全部をずらずらーっと書いて提出。その結果C判定ですが合格をもらうことができたんです。


 先生ありがとう!


 それでそのことは終わってしまったんすが、2年後、三回生になった時に思わぬ話を耳にします。


 その年の春休み、大学の購買部でバイトをしていた私は、同じバイトをしていた一回生の女の子からこんな話を聞いたんです。


「小椋さん、こういう話知ってますか」


 彼女が言うことには、私が無理やり単位をもらったその試験の教授が、


「こうやって全部書くから単位くださいと言った学生がいて、その時は合格にしたがもうこの先はそういうことはやらないから」


 と言ったんだそうです。


「そんな人がいたそうですよ」

「ごめん、それ私」

「えっ?」


 という形で、私は知らないうちにそういうアホな学生として伝説の一人になっていたということを、2年後知ることになったのでした。


 以上で私の「怖そうで怖くない少し怖いカクヨム百物語」は終わりです。一度は10話で打ち止めとしたはずですが、なんだか不思議なことがあって続けてもう10話書くことになってしまいました。これも考えたらちょっと怖い話?


 しかし、思い出すと色々とあるものですね、そういう経験って。これからもまだまだ色々ある人生なんだろうなあ。


 そう思ってあらためて打ち止めとしたいと思います。


 ちょーん!

 

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【公式自主企画】怖そうで怖くない少し怖いカクヨム百物語 小椋夏己 @oguranatuki

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