予言ができる男の話

恵喜どうこ

予言ができる男の話

 この世に予言者がいて、自分の未来がわかったら。

 悪い未来なら、それを避けることができたなら。

 間違えることなく進むために予言を聞くことができたなら。


 誰しも一度は憧れるかもしれない。

 事実、古代から予言者はいて、その存在に頼って生きて来た時代もあった。

 科学が発達した今であっても、未来を占う商売をしている人たちがいるくらいだ。

 人の未来予知への憧れは消しようがない。


 しかしながら、予知、予言は必ずしも当たるものではないし、なんなら知らないほうがしあわせである場合も多い。

 未來を知るということは、その未来に向かって自己を動かす原動力にもなれば、回避するために自己の行動を抑制する働きかけをすることにもなる。

 どのみち、知らないほうが人は自由でいられる。

 それは、予言という言葉に自分が長く支配されていたからこそ言えることだ。


 前夫は強い霊感の持ち主だった。


 霊という存在が普通の人のように視える。

 霊と話すことができる。

 霊を呼ぶことができる。

 オーラが視える。

 死期がわかる。

 予言ができる。

 契約ができる。


 という具合である。


 この『予言ができる』ということだが、未来のなにもかもが視えるわけではない。非常に限定されており、縛りがある。


 まず、自分のことは視えない。

 私利私欲のためには使えない。

 視ようと思って視えるものでもない。

 私と子供たちに関係することにかぎられる。


 というルールが存在しているらしい。


 また予言は不意に降りてくる。

 それこそ白昼夢に似ているという。

 意識下でないところで、映像として降りてくる。

 ただし未来は不確定であり、視える未来も本人に伝えた時点で変化する。

 悪い未来であれば、言うことで変わるから伝える。

 良い未来は伝えない。

 聞いた人間は悪い未来ばかりで信じようとしない。

 未來を聞きたがる人間は利用しようとするばかりで信用できないし、詐欺だなんだというから嫌だ。

 というのが、未来予知について前夫が言っていたことだった。


 これを聞いて、何人かはすでに矛盾を発見したかもしれないが、当時、私は盲目的に前夫のスピリチュアル信者だった。

 これまで数々の予言があったが、それがいろいろ当たるのである。

 ただし、時差はある。

 事後である場合もある。

 

 ある日、前夫から「ケガに注意しろ」と忠告を受けたことがあった。


「なんで?」


 そう尋ねると前夫はこんなことを言いだした。


「見間違いかと思ったけど、足首掴まれてるよ」

「は?」

「だから、誰かに足を掴まれてるんだって。手首までしかないから誰の手なのかわからんけど。悪い人なのか、いい人なのかもわからん」


 前夫は事あるごとにこんなことを告げる。

 首を絞めているヤツがいるとか、部屋に黒い人がいるとか、胸の上で正座したおっさんがすごい睨んで見ているだとか。

 いったい、どれだけ恨まれているのか。

 この恨みは一族に対してのものではないのか。

 そんなことも言われた。


 しかし私にはまったく視えないし、感じない。

 ただただ気持ち悪さだけが背筋を這って来るだけ。

 前夫はさらに続けた。


「この間さ。近所の地下トンネルの入り口で女の人が立っているのを見ちゃってから、どうも嫌な気になっていたんだよな」


 いよいよ首筋あたりまで、ゾッと寒くなってきて、私は己の足を見ながら答えた。


「あのね。もう遅いよ。私、怪我してるもん」

「は? うそだろう?」

「昨日、思いっきり机の角で足の小指ぶつけて、今腫れてるもん」

「それ左足?」

「そう、左足」


 そう答えて私は左足の小指を見せた。

 真っ赤になって、ぷっくり腫れている。

 とても痛い。

 そしてかゆい。


「あはははは、マジか!」


 前夫は大笑いした。


「そういうことは(ケガをする前に)早く言ってよ」

「いやあ、だって見間違いかと思って。でも今も掴んでるよ、その手」


 そう言って、前夫は私の左の足首をアキレス腱側からがっちりつかんだ。私はまたしてもゾゾゾッと背中から首筋にかけて寒くなった。


「まあ気をつけて。もっとひどい怪我するかもしれないからね」


 こんな予言の翌日。

 私は車に轢かれかけたり、衝突事故を起こしかけたりした。

 なんだか嫌なことが立て続けに起こっている。


 ――でもなんとかギリギリ回避できているんだから、きっとラッキーなんだ!


 そう思いこもうとした。

 なぜなら彼の予言の通りにはならなかったからだ。

 けれど、この予言から2週間ぐらい後、前夫は再び言った。


「足首掴んでいた手首のことだけど」

「どうせまだ掴んでるって言いたいんでしょ?」

「まあ、そうだけど。移動してるよ」


 はい?


「足首から(左の太)ももに移動してるんだよ。だから、本当に気をつけろよ」

「ちょっと待ってよ。移動してるってどういうこと? そのまま首まで移動してくるとか言うの?」

「どうかな?」


 視えない私はこう言われて戦々恐々である。

 今まで以上に気をつけて生活をした。

 今にも雨が降りそうな天気の悪い日は自転車に乗らないようにもした。

 その成果もあって、その週は事故にあいそうになることも、怪我をするような危険な目にあうこともなかった。


 ホッとしていたのも束の間、それから1週間後にまた予言をされる。


「なんか狙われてるぞ。今週は研修で遠出するでしょ? 本当に気をつけろよ。線路に落とそうって狙ってるから」


 前夫が予言した3日後、私は研修で市外へ出かけなければならなかった。新幹線と電車を使っていくのだが、2日続けての研修。そしてその研修を休まずに受けることが、資格取得の条件である以上、行くのをやめるわけにもいかない。


 前夫の言葉にどぎまぎしながら、気をつけて電車を乗り降りした。新幹線や電車を待つときはなるべくホームの真ん中に立つようにしたし、他の人にぶつかって押されないようにも気をつけた。

 とにかく慎重に乗り降りした結果、無傷でその週を過ごすことに成功した。


 私を線路の下に落とすことに失敗したことへの怒りの代償だったのか。

 研修を終えた翌日から、私は緊急対応の仕事に追われまくった。

 定時で帰れないという日々を送り、ようやく仕事のめどが立って定時で帰宅しようとしていたら、車の窓が割れていたのである。

 このように前夫の嫌な予感は的中した。


 ただし、予言は中らずしも遠からずな結果なだけで、確定というわけではない。

 ひとつ言えるとすれば、私のメンタルごっそり削れる大ダメージを受けたのは間違いない。


 この他にも子供が増えるとか、子供たちが自殺するとか、様々な予言があった。

 これについては、私自身の解釈次第であるところが大きかった。

 猫を子供、扶養すべきものととらえれば、増えた事実は当たっている。

 予言と言えど、その程度だった。それなのに信奉者であった私は、彼の「悪いことの掲示」をとにかく信じ込んだ。


 自分の行動如何で子供が死ぬ――そんなふうに言われたら、怖くて彼の助言に従ったし、そうは言ってもなにかもやもやと腑に落ちないうえ、常にがんじがらめ、監視されているような状況に閉塞感も抱いていた。


 彼のやっていることは占い師と変わらなかったと今は思っている。

 当たりそうなことを言っといて、勝手に相手に当たっていると思わせる手法である。

 これはあくまでも私個人の意見であって、彼には本当に視えていた可能性は否定できない。

 それならどうして、私や家族のことにかぎられる未来予知が他の人間にも使えるものなのか。


 前夫と一切の連絡をとらなくなった後に判明したことがある。


 彼が私のSNSをしっかり監視していたという事実だ。

 彼は自分はデジタルは不得手、アナログな人間である。

 SNSでの交流は意味がわからないし、利便性もわからない。

 そこで知り合った人間と会うというのも気持ち悪い。

 自分は絶対にSNSはやらない。

 やっても見知った相手との連絡手段としてだけだ。


 というようなことを言っており、私自身も彼はネットに明るくない人間だと決めこんでいた。

 しかし、いろんなことを検証した結果、彼が私のSNSのアカウントを監視し、さらに私のスマホを盗見みていて、私の友人との交流等、本来なら彼が知らない、私だけが知っている事実さえも把握していたことがわかったのだ。

 それも絶対に自分は疑われないという私の信用信頼を勝ち取ったうえでの話である。


 そしてもっと恐ろしいのは、これが『モラハラ』というものの洗脳方法のひとつであったということだ。

 

 私の弱点を巧みに利用しながら、信頼を得て、それを支配に利用する。

 悪徳な宗教団体が信者に対して行うことと、なんら変わりはないのである。


 果たして、この現代に統計とは違う、スピリチュアルな予言ができる人が存在するのだろうか。

 地球上のどこかにいるであろうが、少なくとも前夫ではないことは間違いない。


 だってそうだろう?


 世界で一番有名であろう大預言者ノストラダムスだって当たらなかった。

 いわんや前夫をや。


 なぜ、こんな簡単な騙しのテクに何年も気づかなかったのか――信じる心はある意味、とても恐ろしい。それが近い人間であればあるほど、人は疑うという意識を持たなくなるからだ。だから簡単に騙される。詐欺師なんて微塵も思うことなく、赤子の首を捻るがごとく。

 

 そんな結果を得て思う。

 もう二度と、予言などという形で自分の将来など知りたくもないし、モラハラを行う人間との関りはうんざりだと。

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