第44話 追撃戦
第22周回 4月下旬 北東魔王軍総大将バルダッシュ
とうとう追いついた。
バルダッシュ自ら先頭に立って鼓舞し、撤退する帝国軍を追撃した。
それに勢いづきゴブリン兵達も競って帝国軍を追撃した。
ゴブリン兵の方が人族より小柄で歩幅が小さいが、帝国軍は装備――特に防具――が魔王軍より充実しているため、その分装備は重い。少しだけ魔王軍が移動力の点では不利なため、一度ついた差はなかなか縮まらなかったが、こういうものは追いかける方が精神的に優位なものだ。少し時間はかかったがとうとう追いつき、帝国軍の最後尾の兵に対して襲い掛かった。
――ブンッ
背後からうなりをあげるバルダッシュの斬撃を受けて斃れる帝国兵。バルダッシュの側近である同属のリザードマンの戦士たちも次々と背中を向けて逃げる帝国兵に斬りかかる。遅れてゴブリン兵も我先にと帝国兵に襲い掛かる。
一度追いついてしまえば、帝国兵も無心では逃げられない。近くで斬られた味方がいるのは音で分かる。次に背中に斬りかかられるのは自分かもしれないのだ。前だけを見て進むのが速いと分かっていても後ろを振り返ってしまう。そしてその光景を見て、呼吸が乱れ歩調も乱れる。一時的に逃げるスピードは速くなったりもするが、それではバテてしまい結果的にはかえって遅くなる。逃げるのを諦めてその場で戦う者達もいるが、少数ではこの魔王軍数万の大波はとても支えられず、足を止めた者はあっという間に魔王軍に飲み込まれる。目の前の逃げる帝国兵達の動揺がバルダッシュに手に取るように感じとれた。こうなってばあとはもう一方的な戦いとなる。
「勝ッタナ。」
北東魔王軍総大将バルダッシュは、勝利を…大戦果を確信した。あとはもう一兵でも多く、帝国兵を
…
…
…
撤退中の帝国軍の中にいる勇者は後方が騒がしくなった事に気付いた。
「もうちょっとで所定の位置まで逃げ切れたんだけどな。」
後方の兵が追いつかれて、被害が出始めたようだ。
ここで勇者は選択を迫られていた。このままなし崩し的に逃げるのも手だ。後方部隊にある程度の被害が出てしまうが、所定の位置までは大多数の兵が逃げおおせるだろう。
そこまでいけば、釣り野伏発動だ。左右の森から敵の中腹から後部にかけてキツイ一撃を加える。魔王軍が混乱に陥ったところで、退却中の本体がくるんと
もう一つの選択としては、ここで一度迎撃して敵の勢いを一度
だから勇者は一旦踏み止まって迎撃するよう指示を出そうとしたが、その言葉が口から出る瞬間、それを思いとどまった。
撤退中の兵を何の脈絡もなく反転迎撃させるのは中々の至難の業だ。一旦迎撃をしようとする場合は追いつかれる前に態勢を整えて――文字通り槍を揃えて迎撃すべきだろう。このように食いつかれた後では、命令を聞かずそのまま後退を続ける兵も続出し、結果的に中途半端な迎撃になって全軍崩壊という展開もありうる。この帝国軍は連戦連勝で士気は高いが練度が高いわけではない。むしろ潰走する可能性が高いと勇者は判断した。
しかし何も手を打たなくて良い訳ではない。迎撃を思いとどまった勇者のとった手は、まず歩兵たちはこのまま後退を続けさせる事にした。だが、それだけでは被害が大きくなりすぎるので、勇者は帝国軍にわずかばかり存在する軽騎兵――馬に乗った軽装の兵士――だけで編成された百騎に対して敵の追撃に対して横槍を入れるように命令を下した。追撃中の魔王軍の横っ面を一発引っ叩いてから撤退…一撃離脱するように指示したのだ。ゴブリンは小柄故に騎馬は苦手としている。これなら少し追撃の勢いも緩み被害も減るかもしれない。
…
…
貴重な軽騎兵隊にも少し被害が出てしまったが、それ以上に歩兵の被害を大きく抑えることができたように思える。そして、とうとう予定の場所まで退却できた。ここまで来れば良いだろう。よし、合図を打ち上げるのだ。
勇者は火球の魔法を発動させると天に向けて撃ちあげ、ある程度の高さで破裂させた。腹の底に響くようなゴウっという音とともに爆ぜる火球。
それは攻撃のタイミングを今か今かと待ちわびる森に潜む左右軍の将達に確かに合図として伝わった。森の入り口で勇者の合図を逃すまいと偵察兵を置いていたが、偵察兵の連絡を受けるまでもなく、奇しくも二人は同時に部隊に指示を下した。
「左軍、攻撃開始よ!」「右軍、矢を放て!」
指揮官の指示と同時に左右両軍から
魔王軍は突如として後背からの攻撃を受け大混乱に陥った。それまでの攻勢が嘘のように魔王軍の勢いは鳴りを潜め、魔王軍の兵士は張り子の虎を倒すが如くパタパタと呆気なく倒れていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます