第43話 アドラブルの選択
第22周回 4月中旬 魔王軍総司令部 アドラブル
時は少し戻り、帝国領北東部で両軍が激突する一週間程前。
魔王都にある魔王軍総司令部では、魔王軍総司令官アドラブルが部下から報告を受けていた。
「何!?帝国中央部より派兵されたと
それは帝国北東部に略奪に赴いていた北東魔王軍からの報告だった。その
「それで状況はどうなっているのだ?」
その部下は手紙を2通差し出した。
片方は北東魔王軍の総大将であるバルダッシュからで、もう1通はバルダッシュに付けた軍監からの報告書であった。
2通とも内容は概ね同じで、分散していたが奇襲を受ける前に集合できた無傷の3万の兵に加え、撃破された分隊からの敗残兵1万と先日魔王都より追加派兵された新兵1万の合計5万で、帝国軍――恐らく2万程度――に対して倍以上の兵数をもって決戦を挑むとのことだった。
読み終えた2通の手紙をハキムとエルデネトに投げる。それを手に取って読み始める二人に対してアドラブルは問いかけた。
「どう思う?」
報告書に目を落としながら、ハキムは答えた。
「まず…この報告書には援軍要請は特にありませんな。我が軍が敵の倍以上ということでバルダッシュ殿はもし合戦になったとしても援軍無しで勝てると踏んでいるのでしょう。それに帝国軍に各個撃破を狙われ次々と4~5分隊程連続して撃破された事自体は見事でこちらとしても痛いですが、残りが集結して結果的に魔王軍が帝国軍の倍以上の数となれば、帝国軍も勝ち目無しと見てそれ以上は戦わず退くかもしれませんな。」
「エルデネトは?」
「そうですな…その前に、今までの周回でこのようなことはあったのですか?」
「いや、今までにこのような展開は無かった。間違いなく勇者が絡んでいるであろう。」
「なるほど…勇者の指揮官としての能力は?」
「今まで勇者に対しては個人戦闘能力にのみフォーカスして来たからな。よく分からないというのが正直なところだ。しかし、最終決戦までの1年間で帝国内の反乱を鎮圧してその兵を率いてきたのを見ると、指揮官としても優秀なのかもしれんな。」
「確かに…諜報部で把握している帝国の反乱はかなりの数と規模になります。十万の軍を毎回編成して最終決戦に臨んでいるとなればかなりの数の反乱を鎮圧して、それらの兵を加えてきている事は間違いなさそうですな。」
それを聞いたハキムは腕組みをしながら、少し苦い表情を浮かべた。
「そうするとただの帝国軍ではなく勇者絡みの帝国軍である事と、勇者の指揮能力が恐らく優秀であろう事を知らないバルダッシュ殿は、倍以上の兵を率いているとはいえ苦戦するかもしれない事に?」
「勇者絡みとまでは気付かなくとも、奇襲で合計2万程の部隊を各個撃破されているんだ。相手を侮ることはなかろうよ。バルダッシュは手堅いからな、兵数で勝っているならばその利を生かして、少なくともそれなりに上手く戦ってくれるはずだ。」
とバルダッシュの堅実な指揮能力を知る
「確かにバルダッシュ殿の指揮能力に疑いはありませんが、率いる兵士が問題です。…まず、今回の北東魔王軍の目的は2つあります。」
ハキムはホワイトボードに以下の2つを書いた。
・帝国領を荒らして最終決戦に合力する可能性のある帝国兵と物資を少しでも減らす事
・魔王軍の雑兵を鍛えて精鋭にすること
「今回注目すべきは下の項目の方です。雑兵を鍛えて精鋭にする…具体的には素のゴブリンをレベルアップさせてゴブリンソルジャーなどに進化させることです。そしてそれ自体の計画はここまで上手くいっておりますが、進化したゴブリンは精鋭部隊として機能させるために帝国本土内に戻して訓練させ、素のゴブリンを補充兵として派兵しております。先程の報告書内にあった魔王都からの追加兵1万はこれの事ですな。」
そこまで言われればアドラブルもハキムの言いたい事に気付いた。
「そうです。元々魔王軍の構成兵は素のゴブリンばかりです。とはいえ、少し…全体の一割にも満たないほんの数%ですが、ゴブリンソルジャーなどの進化個体が混じっています。普通であれば、これらの極少数の進化個体が素のゴブリンたちを統率…とまではいきませんが、知能の低い素のゴブリン兵に上からの指示を伝えさせて魔王軍として機能させています。がしかし、今回は進化個体はほぼ全て本国へ送還させております。ですので、普段より兵達への作戦の伝達がしづらく、軍としての行動が難しい状況にあると思われます。いかにバルダッシュ殿とはいえ、兵が言う事を聞かなければ、その堅実な指揮も宝の持ち腐れとなりうるという事です。」
「ううむ…ならば、早急に援軍を出した方がいいか?」
「そうしたいところですが、この報告書によれば決戦はそれ程先ではないでしょうし、これを現地から持ってきた兵は足の速い伝令部隊です。今から魔王都から軍を率いても間に合わないかと思われます。」
「そうか…そうだな。」
「ここで退いても魔王軍としては目的をある程度果たしているので、ほどほどのところでバルダッシュ殿も撤退してくれていいのですが…報告書を見る限りですと少なくとも相手が仕掛けてきたら一戦は交えそうですな。流石に壊滅ということはないでしょうが、数に関しては融通が利くゴブリン兵とはいえ、これまでの作戦と今回のこれまでの奇襲で既に1万以上のゴブリン兵を失っているところで更に数万失うとなるとさすがに今後の戦略に影響が出そうですな。」
「帝国軍の倍以上いる魔王軍の兵数にびびって帝国軍が退いてくれればいいが…どうだろうか。」
とエルデネト。
「その可能性ももちろんある。勇者が指揮官として先程の話のように一定以上に有能であれば、むしろその選択を取る可能性も高まるだろう。だが、そうではない可能性もある…どちらにしろ最早こちらは手出しが出来ない状態なのだから、おとなしく次の報告を待つしかないな。その報告をもってもう一方の北西軍の今後の方向性を考えるくらいが今出来る事のせいぜいだ。」
うむむ…帝国軍は倍以上の兵をもつ魔王軍に対して退くかもしれない。その上で、し決戦になったとしても、魔王軍には帝国軍の倍以上の兵がいるのだから、そう簡単には負けないはずだ。
…かもしれない。…はずだ。
魔王軍が大敗する未来は、か細い道のりのように思える。しかしそれがたとえいかに細くても、その道のりが存在することが総司令部の面々にはっきりと提示されてしまった気がして、少し暗い雰囲気になった。
「あら…こんな時こそ、アレを使ったらいいんじゃないですの?」
そんな雰囲気の中、私たち3人に紅茶を淹れてくれていたタリアトがそう言った。
「アレ…とは?」
思わずタリアトに聞き返した。
「飛竜部隊ですよ。先日より編成されましたでしょ?」
そう、今回の周回より早期から散らばっている飛竜を集めて飛竜部隊を創設することとしていたのだ。前周回からの飛竜に関する育成等の研究成果は残っていないが、飛竜部隊自体は自分も参加して皆とともに訓練していたので、その隊員達を覚えていたのだ。だからわざわざ一から選考を行ったりせず、まずは前周回で分かる範囲内で参加していた隊員たちを集めて、早速飛竜への慣らしなどの部隊活動を開始していた。
「いや、あれは編成したといっても、各部隊から飛竜…ワイバーンを集めただけでまだ戦闘訓練もほとんど行われていない状態だぞ?飛竜の数自体もまだ全然揃っていないし、とても部隊と呼べる状態ではない。」
ハキムが横からタリアトの意見に対して苦言を呈す。
「ですが、アドラブル様は前回の経験があるのか普通にワイバーンを乗りこなせます。それとまだ騎乗戦闘はできないかもしれませんが、適正の特に高い一部の隊員は移動するだけなら出来ると思いますわ、私も含めて。」
思い当たる部隊員の顔を浮かべているのか宙を見つめて何か数えているハキム。
「…全部で二十人程度か?うーん、だがその程度の数が万単位の軍同士の戦争に加わって何が出来るのだ?」
「何もできないかもしれませんが、何かできるかもしれませんわ。」
「現地は指揮官が足りない状況だろうからな。もしかしたら嵌まるかもしれない。飛竜の速度をもってしても合戦に間に合わない可能性もあるが、そしたらそのまま帰るなり敗走する味方を支援するなりしてもいいだろう。」
と、エルデネト。ふむ、一理あるな。
「上司である私が急に来たら、バルダッシュは嫌な顔をしないかな?」
と私が言うと一同に笑いが起きる。バルダッシュがアドラブルを深く敬愛していることを皆よく知っているからだ。むしろ戦闘中でも戦闘を放置してアドラブルに挨拶に来そうだ。
この一言で方針は決まった。
「では、飛竜部隊の試運転も兼ねて飛竜部隊の初陣といくか。ただその前に問題となる点が一つある。」
と言って私はハキムを見る。
「はいはい、分かっていますよ。アドラブル様が抜けると総司令部が回らないですからね、その辺の書類仕事は私の出来る範囲内でしておきますよ。ですが、アドラブル様でしか決裁出来ない事項もありますので、書類仕事が嫌でもなるべく早く帰ってきてくださいよ。」
「頼んだぞ。」
私が思わず満面の笑みを浮かべると、ハキムは既に総司令部に積まれているいくつかの書類の山を嫌そうな顔で見た。
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年末年始は頑張って更新頻度を上げたいですね。ということで連日の更新です。
とはいってもまだ仕事してますが。
皆さんはもう年末年始休暇ですか?私は大晦日と元旦だけがお休みです。
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