第40話 帝国軍の戦術

第22周回 4月 帝国北東部 ラダウェル伯爵領都西の荒野


勇者率いる帝国軍は、北東魔王軍の前に布陣した。

この戦場となる地はなだらかな平地が広がる荒野で、特にどちらが有利な地形という訳でもなかったが、倍以上の兵をもつ魔王軍が広く軍を展開できることを考えるとやや魔王軍が有利かもしれなかった。

ただし、直前まで魔王軍が包囲していたラダウェル伯爵の領都がここから2日程の距離にある事でラダウェル伯爵の増援の可能性を考えて、魔王軍側はそれに対して多少の備えをする必要がある事を考えると、条件はほぼ五分と考えていいだろう。




話は先日の軍議に戻る…

勇者及び帝国軍諸将は考えた。どのようにすれば被害を少なくして敵を打ち破れるかを。


定番の作戦と言えば、奇襲や伏兵か。

奇襲といえばまず夜襲だが、これは効果が薄いだろうという話になった。ゴブリンもそうだが、魔物は基本的に夜目が効く。夜目が効くからといって寝ない訳ではないようだから…寝込みを襲えるのならば一応意味はあるだろうが、人の軍におけるほどではないだろう。夜襲の二次効果である暗闇からの同士討ちなども、帝国軍対魔王軍という状況ではあまり期待できない。いくら知能が低いゴブリンといえど、帝国軍にゴブリンはいないのでゴブリン同士で相撃つという事は無いのだ。なので優先度は低いとされた。


次は伏兵だが、なだらかな平野が広がるせいで、この地では特段兵を伏せるのに適した場所は近場には無かった。元々魔王軍が布陣していた場所に我々が決戦を挑んでいるのだから、戦場が魔王軍に有利な開けた土地になるのは無理もないのだが。


帝国軍が布陣予定の地よりそれなりの後方に森があるので、そこまで偽装敗北からの撤退を装うことで魔王軍を釣って伏兵攻撃――いわゆる釣り野伏――を仕掛けるのはどうだろうか。ゴブリン兵の知能は低いため、釣られていると理解せずに調子に乗って勝手に追撃するゴブリン兵が多そうなのが目に浮かぶ。成功確率はなかなか悪くないのではないだろうか。


「よし、魔王軍の方が倍の兵士がいる。この状況を利用して、より魔王軍が有利な状況に見せかけ、偽装撤退からの伏兵挟撃を仕掛けよう。」


諸将も彼らなりにその図を頭に浮かべているようだが…反応は悪くなさそうだ。


ただしこの作戦に問題が無いわけではない。

それは撤退の偽装が上手く行えるかに尽きる。これは兵の練度がかなり要求される。ひいては指揮官の指揮能力も重要になるという事だ。撤退を偽装した作戦を立てるも、敵の勢いに負けて偽装のつもりが本当に潰走したなんて例も歴史上において枚挙に暇がない。しかも今回は兵を伏せれる森まで少し距離がある。その分、撤退する距離も延びるので難易度はその分上がるだろう。


帝国兵の練度だが、ここにいる帝国兵は各地で平定した反乱軍の敗残兵を吸収してその数を増やしてきており、そこまで統一された軍という感じは無い。が、皆が元々は帝国軍もどき(地方諸侯の兵であるので正規の帝国兵ではない。正規帝国兵であるのは初期に帝都から引き連れてきた五千だけである)ではあるので、規律はそこそこある。それにここまで反乱軍をいくつも鎮圧してきており、またここ北東部でも魔王軍相手に連戦連勝なので士気は高い。実戦経験もそれなりにあり、また士気も高いのでなんとかなるだろうか。


一方で勇者自身は指揮官としてのステータスはどうやら結構高いらしいが、勇者自身はまともに軍の指揮をした事がある訳ではない。これまでも反乱鎮圧のために兵を率いた事はあるが、指揮したというよりも兵を適宜必要な場所まで連れて行って


「お前ら、全軍突撃だ!」


といった感じに戦闘指示を出したと言った程度で、兵を手足のように動かして部隊指揮をしてきたという訳ではないのだ。最終決戦においては軍の指揮をする必要があったが、最終決戦時の勇者一行は最終決戦におけるアドラブルとの個と個がぶつかる直接対決に重点を置いており、最終決戦時にはある程度育っているモブ指揮官に戦場の統率に関しては丸投げが出来る状態になっており、実際に部隊指揮をほぼとってこなかった。そして、この4月の時点では最終決戦で総指揮を執る予定のモブ指揮官のスペックは、まだまだ育っていないため低めだ。釣り野伏のような作戦を指揮するのは不安が残るのが正直なところだ。

なので、勇者は


「タスク、実戦指揮は任せた。」


とタスクに丸投げした。

ええーっという声が聞こえた後にふーっと一息ついて仕方がないかと受諾するタスク。諸将にも不満は無いようだ。とはいえ本人は


「万はおろか千の軍勢だってまだ指揮した事ないのにいきなりこれかよ」


とかブツブツ言ってるが、まぁがんばれ。

次は左右の伏兵部隊だな。


「マミア、伏兵部隊のうちの右軍を任せる。よく引き付けてある程度魔王軍が通り過ぎてから、魔王軍の中腹あたりを叩くんだ。」


「了解よ。帝国領を散々に荒らしてくれたゴブリンどもにキッツいお灸を据えてやらないとね。」


こっちはこっちで物騒な聖女サマはなぜかやる気マンマンだ。

聖女に軍隊の指揮官など出来なさそうなイメージだが、聖女パワーによる求心力があるのか聖女教育の一環でそういうのを受けていたのか分からないけど、指揮官としてのステータスは並やや上くらいあるのだ。(勇者パワーで味方のステータスはなんとなく分かる)


次は自分の番とばかりに聖女マミアの隣に一歩進み出たメルウェル――全くもって謎な誇らしげな表情を浮かべている――を放置して、最終決戦で総指揮を執る予定のまだ発展途上のモブ指揮官に聖女マミアと同様の事を言い含め、伏兵部隊の左軍を任せる。


え?え?え?私は?と自分を指さすメルウェル。メルウェルに指揮官なんて出来るわけがないだろ。他人をコントロールしようと思う前にまずは自分をコントロールして欲しい(切実)


ちなみに勇者パワーで分かるメルウェルの指揮官能力は…驚きの『壊滅級』である。

なんだ壊滅級って。指揮しただけで味方が壊滅すんのか。

見てみたいけど、絶対に見たくないぞ。


ちなみに聖女の指揮官能力評価である『並やや上』を侮ってはならない。数千人も指揮できる能力など普通は無いのだから。ほとんどの人が並より下の評価になるはずだ。

(そうすると『並』って一体何?ってなるが、恐らく数千人を指揮する指揮官の中での並とかなんじゃなかろうか…知らんけど)

…だからといって壊滅級と判定される人もあまりいないと思うけどね。





そして勇者は冒頭の決戦に臨んだわけである。

伏兵部隊右軍と左軍併せた五千の兵を本体が陣取った平原の後方の森に伏せ、勇者率いる帝国軍は一万五千の兵をもって魔王軍と対峙したのだった。


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そういえば合計文字数が10万を超えたので、カクヨムコンの応募要件を満たす事ができました。感謝。

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