第39話 帝国軍の決断
第22周回 4月 帝国北東部
勇者一行率いる帝国軍は、その後も男爵の本拠地を包囲する魔王軍ゴブリン軍団を2つ、子爵の本拠地を包囲するゴブリン軍団を1つ、それぞれ鎧袖一触といった感じでほぼ無傷で撃破した。
ただその一方で、この連戦で撃破した魔王軍の総兵数は2万近くになるが、ただでさえ規律の低いゴブリンばかりの魔王軍に対して奇襲という形で交戦状態に入ったせいか、交戦直後からゴブリンどもは狼狽し及び腰で我先にと逃亡・四散した兵が多かったため、討ち取る事ができた敵ゴブリン兵の数は大勝利の割にはそこまで多くも無かった。
勇者率いる帝国軍がこの地で魔王軍の略奪分隊を鮮やかに合計4軍団ほど撃破したあたりで、魔王軍の北東方面の司令部は帝国軍の反撃を受けて、分けている部隊に被害が出ている現状を認識したのだろう。北東部でいくつかに軍団を分けて散らばりながら略奪していた各軍団を一箇所に集結させたようだ。その集結した魔王軍兵の総数は約4万との報告を受けている。
逃亡兵が合流したにしては少し多い気がする。北東部、北西部で各5万ずつと聞いていたが、魔王国本国から増援を受けていたのだろうか。
魔王軍4万に対して帝国兵も2万程度いるため、兵数差で倍の差があるが、そこは兵士一人一人の個の強さの差があるためほぼ互角の勝負を挑めるだろう。
ただしこの帝国兵2万は、全滅はおろか半壊させることも許されない。むしろ例え勝ったとしても数千の兵を失うような事があれば、この合戦は失敗に終わったと言えるだろう。この後に控えるこれまでとは規模の違う帝国内の大きな反乱を鎮圧するのに、少なくともこの2万という兵力が必要なのだ。
それまで傍若無人といった感じで好き勝手に暴れまわっていた魔王軍の帝国北東部への侵略部隊に対して、勇者率いる帝国軍はここまでにおいて効果的な攻撃を幾度と無く浴びせてその勢いを完全に失わさせた。とはいえ、まだ帝国北東部における魔王軍の兵数は多く残っており、勇者一行率いる帝国軍がこの地から去れば、また魔王軍による侵略行為は再開されるかもしれない。しかし帝国軍北東部もこれまでのように魔王軍の前になすがままではなく、組織的な抵抗も見込めるだろう。今までのようにただやられっ放しとはならないはずだ。それを考慮すると一定以上の戦果を既に挙げているとも言え、このまま事前の予定通りに他所の帝国内の反乱鎮圧に向かったとしても、北東部への防衛派遣は意味があったと言えるだろう。
帝国軍本体の戦場への到着に先駆けて偵察に出ていた勇者は、魔王軍の布陣する近くの山より魔王軍の陣地を見ていた。簡単な柵で囲われるなどの迎撃準備がされており、今までのような奇襲が望めない今回は一筋縄ではいかなそうだ。
目の前の魔王軍にアドラブルやその直属の部下である精鋭達こそいないが勇者一行も戦場において突出した働きが出来るほどまだ強くなってはおらず、何より敵兵はほぼ倍…もしくはそれより多い兵がいるのだ。
…ゴブリン兵がほとんどで相変わらず軍としての規律は低そうだが、それでも簡易ながら陣地構築はされているようだ。ようするに今までと違い魔王軍は準備万端で待ち構えており、これまでのように被害無しで勝利するという事は難しいと言えるだろう。偵察を終えて本陣に戻りながら勇者はどうするべきなのか――交戦か撤退かを考えていた。
最終決戦に向けた反乱軍の討伐に向けて兵士は温存しなければならない。ここで魔王軍のゴブリンを1万や2万程度減らしても、繁殖力旺盛なゴブリンであるから魔王軍にとってはさしたる痛痒は感じないだろう。だが人間の兵士はそうはいかず、失った兵は簡単には戻ってこない。だから、ここで退くのも手だった。いや、むしろ退く方が正着と言えるかもしれない。
だが、ゲーマーとしての――勝負師として勘がささやいている…ここは勝負すべきところだと。
「ここで退いてもいいのかもしれないが、魔王北東軍を叩く事にした。」
中級指揮官や他の勇者一行が揃う軍議の席で、勇者は皆に告げた。
「勇者よ、この段階で兵士を失うと今後の反乱の平定が難しくなると言っておらなんだか?まだわらわの聖魔法も大したレベルではないゆえに戦死者数は大して減らせないぞ。」
と、聖女マミア。そのとおりだ。勇者一行のレベルはまだ大したことが無い。例えば聖女のレベルが上がれば、聖女の聖魔法で負傷した兵士を多く癒す事ができ、戦死者を大幅に減らす事が出来るだろう。ただ、今の聖女のレベルでは、100人…いや重傷者ともなれば十数人を癒すのが精々といったところではないだろうか。
「私の爆裂魔法でやってやりm…モガモガ」
…とりあえず、今はメルウェルのことはどうでもいい。軍議参加者達に向かって話かける。
「諸卿らの懸念も理解している。ここにいる兵はとりわけ大事である。なぜなら帝国内の反乱鎮圧を進めるのにこの兵士は必須だからだ。それは重々理解しているが、ここは無理を押してでも攻める時であると私は判断し、もう攻めると決めた。その上で諸卿らの意見、敵に打ち勝つ優れた策が欲しい。どうだ、何か無いか?」
少しざわめく軍議の参加者たち。
無理もない。確かにこの軍において勇者の判断は絶対ではある。だが、結局のところ勇者は目の前の倍の兵数に及ぶ魔王軍に攻撃を仕掛ける必要性や理由を全く説明していないため、諸将はこの攻勢に納得していないからだ。
しかしこのざわついた――納得がいっていないという雰囲気の中で一人の男が特に大きくは無い声でざわつきを敢えて無視するかのようにしゃべり始めた。
「そうだな…」
それは重騎士タスクだった。
あごに手をやりながらタスクがしゃべり始める。タスクは筋肉バカのように見えて実は代々騎士の家系であり、祖先に大将軍を輩出した事もあるせいか指揮官としての正式な教育を受けていた。そのためタスクは戦術にも明るく、また一軍の指揮官を務めた事もあり、この帝国軍内で指揮官としても一目置かれていた。
そんなタスクがしゃべり始めたので、ざわついていた諸将もそれを止めてタスクの言葉を聞き始めた。
「まず、前提として我らは連戦連勝でここまで来た。一方でゴブリンどもは連戦連敗だ。思ったよりも敵兵の総数が多いことから先日までの戦いの逃亡兵もだいぶ吸収しているように思える。
これは兵数の水増しには有効な一方で、直近の敗戦の記憶を色濃く持った兵士――逃げ腰の兵を内部に多く抱えている事にもなる。ましてや、ゴブリンどもの規律は元々低い。戦局が一度大きくこちらに傾けば、逃げ出す兵がすぐに出てその結果、雪崩を打って崩壊する魔王軍の様子が目に見えるようだ。
ならば、普段ならば息切れを危惧して採れないような勢い任せの作戦が却って有効に働くかもしれない。」
なるほど…と諸将が頷いている。
通常の軍議であれば、そこで具体的にはどのような作戦で戦うのか?とタスクが更に問われるところだが、そうはならなかった。諸将も攻めるのもありだと思ったのかもしれない。
元々が侵略者であり不倶戴天の敵である魔王軍を打ち払い、略奪に喘ぐ自国民を救うための戦いなのだ。勝算がありそうならば、退くよりも戦う方が望ましいと考える者の方が多かったのだ。
この場を覆っていた不満…というか納得がいっていないといった空気は収まったようだ。さっすが、タスク。空気が読める男だ。
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