第41話 布陣
第22周回 4月 帝国北東部 ラダウェル伯爵領都西の荒野
勇者率いる帝国軍は魔王軍の正面に布陣した。
退却に有利なように、本当は魔王軍と距離をとって少しでも兵を伏せている後方の森に近い位置に布陣したかったのだが、わざわざ倍以上いる魔王軍の集結地点まで野戦を挑む形で帝国軍から近付いた以上は、魔王軍と距離をとって布陣するのは少々奇妙に映る。帝国軍は攻撃の意思を持って接近したのに、そこを距離をとって布陣したら何か策があると思われてしまうので、仕方なく魔王軍の比較的近くに布陣した。
とはいっても帝国軍側からいきなり攻撃を仕掛ける事はない。魔王軍は以前からここに駐留しており準備は万端だが、帝国軍は到着したばかりで移動の疲れもあるのだから。
それと勇者の胸の内ではこうも考えていた。
帝国軍はここへの進軍以前に帝国中央から
なので、諸々の事情から布陣してすぐに用意していた作戦に移行――偽装撤退開始とはいかない。
簡単な防御柵等を構え陣の防御力を上げながら滞陣し、撤退への準備を整えていく。それに対して魔王軍は、帝国側の陣地の構築をただ手を拱いてみている訳も無く、それを妨害すべく帝国軍へ攻撃を仕掛けてくる。そんな小競り合いが数日間続いた。
魔王軍の練度が思った以上に低いのかあまり被害は出ていないのだが、客観的にみれば帝国軍は防戦一方であるので、魔王軍は日を追うごとに嵩に懸かって攻めてくるようになった。意図した事ではなかったが帝国軍が退却する尤もな理由――魔王軍の勢いに抗しえないために退却を選んだという局面に見えるかもしれない。
連日防衛戦が行われているので、帝国軍将兵の疲れがとれるという訳ではないのだが、それでも部隊を入れ替え少しでも休息をとらせながら戦闘に当たった。もっとも魔王軍の方が兵の数が多いため、
帝国軍は自陣にて専守防衛に努め、自軍の被害軽減に重点を置いた対応をしていた。それがかえって魔王軍の被害も減らし、魔王軍が思うがままに帝国軍に攻撃を加える事を可能にさせたため、魔王軍は実力以上に勢いづいて…まるで浮かれているかのように見える。それを戦場で肌で感じ取った勇者は時が熟したと判断した。
その日の攻防を終えた夜、翌朝の偽装撤退作戦の開始を告げるべく、勇者は諸将を集めた。
「諸君よ、時は熟した。」
勇者がシンとした軍議の場で第一声にそのように言葉を発すると、一呼吸置いた後にその意味を悟った諸将からは、おお…とどよめきのような声が漏れるとともにその顔にはやる気が満ちているのが見える。
無理もない。防衛戦とはストレスが溜まるものだ。しかもその防衛戦も専守防衛に徹する必要があり、必要以上の魔王軍の被害を発生させないために…わざと力を余してそこそこに守るという事で余計に。
なぜそのような中途半端な防衛戦をしているかというと、帝国軍が激しく抵抗した結果、魔王軍の被害が魔王軍の想定以上に大きくなってしまうと、帝国軍の撤退時に魔王軍が相手から退却していったという点だけで満足してしまい追撃してくれなくなってしまう可能性があるため仕方がなかった。
「かねてからの予定通り、今晩と明朝は兵たちに飯をたらふく食わせてやってくれ。むしろ余計な物資は撤退の邪魔になるからな、残りもそんなに無いだろうし、全部食わせてやってくれ。酒もわずかながらもあっただろう。ほんのわずか…一人あたり一口くらいしか無いだろうが、それも出してやってくれ。」
「…羽目を外す程の酒量もここにはありませんし、良いのではないですか?兵も喜び士気が上がることでしょう。」
タスクはそう答えたが、タスクの言葉以上に諸将の顔が綻んでいた。自身が飲む事はもちろん、部下の兵達が喜ぶことは指揮官としても喜ばしいし、
そして何よりも話の分かる
勇者と呼ばれるこの男は、ステータス上においてはもちろん指揮官として有能であったが、それ以上にこのように人心を掴むのが上手かったようだ。それが勇者と呼ばれる男の生来の能力なのか、この世界でループを繰り返す事によって得た人心掌握術なのかは分からないが。
---------------------------------------------------------------------------------------------
元々投稿する予定の一話を半分に分割して投稿したので、今日中にもう一話(残り半分)を投稿する予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます