第37話 22周回目の勇者の戦略

第22周回 1月上旬帝城


合流の遅れているメルウェルを待ちながら、帝都の訓練場にて帝国兵の精鋭達から基本戦闘技術を学んでいる勇者一行。

周回の始めに毎回行っている基本戦闘技術の習得も周回を重ねた結果、都合20回を超えてきており、体に染みついた戦闘技術は毎回ゼロに戻ってしまうが、戦闘技術という知識は残っているために基本戦闘技術の習得も周回毎に効率が上がっており、それも勇者一行における地味な強化といえた。がしかし、流石にもう最近ではその伸びしろも無くなっていた。言い換えると極限まで効率化されたともいえるのだが。


前回はアドラブルとの最終決戦が存在しなかったために、アドラブルにぶつけてきたその周回での成果をためす事が出来なかった。それとは別にこの基礎戦闘技術の訓練のように毎回チャートに組み込まれている項目は、回数を重ねた事によりその対応は洗練され、目に見えて効果的にこなす事が出来るようになっていた。

しかし、極限まで洗練されたといえば聞こえはいいが、逆にそのルート項目に関してはこれ以上の上積み――勇者側の戦力強化が見込めないという事でもあり、違うルート項目での戦力強化を図らねばならないとも言えた。


普通の人であれば、1周回が丸1年かかることを20回以上同じような行動を繰り返しながらちょっとずつ改善した上で更に改良が必要…となれば、そこからの生みの苦しみはかなりの精神的苦痛を伴うことが想像されるが、ルートの効率化を行った結果で捻り出した時間を使って更なる強化ルートを編み出す…それはこの勇者の趣味であり喜びであり、十八番だった。



一日の訓練を終えて夕食後の就寝までの自由時間。

傍で高そうなワインを手酌で飲むタスクを横目に見つつ、勇者はベッドに寝転がりながら今回の攻略ルート――強化方針を検討する。とはいえ、目に見える大幅強化策(各員のユニーク装備)はもう今までの周回で勇者のチャートに組み込み済みであり、何か新しい強化策を組み込まねばならない。さて、どうするか。


「メルウェルの強化は諸刃の剣だな…。魔法使いメルウェルが強化されると鬱陶しいアドラブルの護衛兵を排除するのが楽になってラスボスアドラブルとの戦いを優位に進められるんだけどなー。

護衛兵を排除するのにはメルウェルの火力アップが一番だけど、それは常にゲームオーバーの危険性を孕むむむむ。魔法使いメルウェルの英知の書以外の強化方針をとるにしても単純な火力アップを施すと、それが何であれメルウェルが何かしらやらかしそうだしなぁ。」


それはもう無理と首を振る勇者。


「護衛兵が挑発に乗ってくれさえすれば各個撃破出来て、メルウェルの火力に頼らずに容易く排除できるんだけど、最近は挑発にかかったりかからなかったりするんだよなぁ。

…うん?聖女の毒舌力を強化して護衛兵への挑発成功の可能性をアップするってのもありなのか?」


それを考えた瞬間、聖女にハリセンでスパーンと叩かれる姿が脳内に浮かんだ。


―――そんな事を神聖で可憐なる乙女である聖女にさせるんじゃないよ!


と。

正直、あの聖女では聖女聖女した清楚路線で売って行くのはもう手遅れだと思うんだけども。

とはいえ、あれ以上の護衛兵への悪口――口撃ネタは中々考えつかないか。というかあんな護衛兵の個人情報とか聖女はどこからもってきたんだろう。謎である。


話を戻そう。何を強化して最終決戦を有利に持っていくかだけど…。

第一皇女ルクレリナとその親衛隊を強化して、ラスボスアドラブルとの直接対決に放り込むか?そうすればアドラブルの護衛兵くらいなら排除してくれるだろうし、ラスボスアドラブルとの弾除けくらいにはなってくれるかもしれない(酷

…だが、決死隊の指揮をとるものがいなくなるな。

それはそれでまずいか。


ならば決死隊の強化を図るべきだろうか。

決死隊が強大になれば、アドラブルとの直接対決における制限時間が延びる。あと10分いや5分あればアドラブルを倒せたのに…という展開も無かった訳ではない。

だが、普通に実力でアドラブルに及ばなかった回の方が多いのも確かだ。

それも強化策の一つとしてはありだが、主方針としては弱い気がする。


ふむ…数回前の周回より、帝国領北東北西部において魔王軍の略奪的な侵攻が始まった。これに対処するのもありだ。あれで最終決戦に臨む帝国軍の将兵が削られることになり、また兵糧の確保にも難を来たしている。あれに対処できればその辺もう少し楽に最終決戦に臨めるだろう。

…とはいえ、このような帝国軍の増大・強化案も捨て難いのだが、最終決戦の戦場全体の趨勢においては役に立ってもアドラブルとの直接対決においてはそこまで有用でもない。

とはいえ、ここ数回の周回では終盤において兵士や兵糧の確保に追われて、レベル上げの時間が満足にとれていないのも確かだ。こちらに対処してレベル上げに時間を割くのもありか…?


うむむ…なかなかに決定的な作戦が浮かばないな。


と、そこまで考えたところで、勇者が以前感じた違和感をふと思い出した。

最終決戦におけるアドラブルとの直接対決で惜しいところまでいった周回もある一方で惨敗した周回もある。全体として見れば以前より確実に両者の実力差が縮まっており、その中でも前々回は本当に紙一重の差だった。その勢いの差だけでいえば、次回はこちらが相手を上回りそうな気もする。とはいえ、次の周回で確実に勝てるとも言いかねる面もある。なぜなら、魔王軍側も毎回少しずつだが強化されておりそれだけならこちらの勢いが上回れそうだが…ここからが感じた違和感になるのだが、少しずつ強化されていると言ったが、稀にそれまでの魔王軍の平均的な強化量よりも劇的に強化されている周回があるのだ。特に魔王軍との力差がだいぶ接近してきた最近の周回で何度かあった気がする。しかしそれが継続して劇的に強くなったままな訳ではなく、次の周回ではまた元の強さくらいにまで戻ったりするのがまた不思議なのだが。


「…魔王軍の強化は、周回を重ねる事によるこっちが一方的に強くなるのはつまらないと感じているゲームマスターによる魔王軍側の補正だと思っていたんだが、魔王軍側も魔王軍のプレイヤーがいて、成功体験を元に更なる改良を求めて、結果失敗して弱体化しているという可能性もあるのか…?

それともただ単にゲームマスターが、魔王軍強化の匙加減を間違えて強くし過ぎたのを反省して元の強さに戻しただけ…?」


むむむ?

後者の方が普通にありそうではある。

強キャラ出したけど運営の想定以上に強過ぎて、次回のアップデートで弱体化とかネットゲームでのあるあるだからなぁ。






魔王軍においては、キーパーソンであるアドラブルの巻き戻りによる孤独感やプレッシャーといった心的圧迫感が大精霊の同行によって一部が解消され始めた事。

一方の勇者側では、魔王軍側にも巻き戻りを認識している存在がいるのではないかという発想が出てきた事。


両陣営が当初から持っていた当人達が気付いていなかった大きなメリットが少しずつ削られ始めていく…。

魔王軍と人族――アドラブルと勇者との相容れぬ者同士の譲れぬ戦いは、また新たな局面に入ったのかもしれなかった。




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毎週末に一回、週一更新を目指しているのだけど月曜日はぎりぎりセーフでしょうか。(そんなわけない

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