第24話 20回目の最終決戦の最終決戦

第20周回 12月31日 エルデネサントの野 魔王軍総本陣付近 側近筆頭ハキム


―――いや、今私の出来る事は勇者一行と閣下の戦いを遠目で傍観する事ではない。決死隊を打ち破り、一分一秒でも早く閣下の下へ向かう事だ!


ハキムはそう決意し部下を叱咤激励。自らも先陣を切って決死隊の中に斬り込む。しかし気持ちばかりが焦る。時折、本陣の方から酷い爆発音が聞こえる。大きな魔法が使われているのだろう。閣下の魔法なのか、敵の魔法なのかは分からないが。

時間はかかったが、目の前の決死隊を排除し本陣に向かう。そんな我らの前に白銀の目立つ鎧をまとった女―噂の帝国の第一皇女か―とその周囲に特徴的な長剣を持った8人の剣士が我が魔王軍の兵を蹴散らしながら、これ以上我らを先に進ませないとばかりに立ちはだかった。


―――ええい、しゃらくさい!閣下の下に急がねばならんのだ!我が精鋭部隊達よ、突撃せよ!


戦っているうちにもう一方の精鋭部隊を率いるエルデネトも合流してきた。その加勢を得て、それでも倒すのに少なくない犠牲と時間を払ったがなんとか第一皇女とその取り巻きである八剣を排除する。こいつらの情報を最初からエルデネトからちゃんと聞いていればもう少し早く排除できたかもしれないと思うと悔やまれる。が、悔やんでいる時間も惜しい。

簡易門扉の開け放たれたままの本陣に突入すると、その入口付近では敵の重戦士だったと思われる立派な盾を持った大柄な男が倒れているのが見える。先程激しく喚いていた聖女もその少し離れたところに倒れており、その純白だったであろうローブは赤黒い血に染まっている。その二人のかなり奥で護衛隊の残り3人が、敵魔法使いの火球の魔法にやられたのだろうか、ぷすぷすと黒煙をたなびかせながら倒れているのも見える。こちらももう息は無さそうだ。


―――閣下はいずこ!?


本陣のテントの向こう側で剣戟が交わされる音が聞こえる。部下を引き連れ急いで向かう。遠くで閣下と聖剣を持つ勇者が戦っているのが見えた。が、何か違和感がある


―――閣下の左腕が無い!?斬られたのか、あの無敵の閣下が!


すると右前方の兵舎の影から雷の槍の魔法が放たれ、閣下の左大腿部に突き刺さる。閣下がよろけるのが見えた。


―――敵の魔法使いがそこにいるのか!?閣下に…許さん!


思わず魔法が発せられた方向に走り出し、兵舎の陰にいた敵魔法使いと思しき存在に槍を突き出す。敵魔法使いは更なる追撃をとばかりに、もう一本の雷の槍を呼び出していたが、それが放たれる前に私の槍が届き魔法使いを突き刺す。

ゴボッと血を吐いて倒れる魔法使い。


―――閣下は!?


敵魔法使いの生死確認もそこそこにすぐさま槍を引き抜いて振り向く。

それまで片手1本で勇者と互角に斬り結んでいた閣下だったが、左腿を雷の槍に貫かれ地面に縫い付けられたような格好になってしまっていた。そのためバランスが取れず、勇者の聖剣の一撃をかろうじて受けとめたが、その代償として閣下の愛刀である破軍刀は手から弾き飛ばされてしまった。

そこで雷の槍の魔法の効果が消えて逆に支えが無くなった形の閣下は、よろめきその場に膝をつきながらも、破軍刀が無くなり空いた右手で火球の魔法を作り勇者に放つ。勇者は閣下の武器を飛ばして油断したのか、その火球をモロに受けてしまい、よろけて数歩下がった。勇者も限界間近なのか?そのまま倒れてしまえと私は願う。しかし、立て続けに閣下から放たれた二発目の火球の魔法は一発目よりも明らかに小さく勢いも無かった。勇者はそれを聖剣で難無く切り払うと、聖剣を突きの形で構えて閣下へ突進する。

それに対する閣下の開かれた右手から、三発目の火球の魔法が放たれる事は無かった。その開かれた閣下の右の手のひらに深々と突き刺さる聖剣。閣下は苦悩の顔を浮かべている。左腕を失い、武器を弾き飛ばされ、魔力も尽き、残った右手も聖剣に貫かれた。最早万策尽きたのだろうか。遠くから駆けよってくる我らをちらっと見ると少し笑みを浮かべたように見えた。そして、閣下は勇者の方を無抵抗に見上げている。


―――閣下!閣下まであと五十歩、いや四十歩。あと少しなのです。何か、何か少しだけでいいので時間を稼ぐ手立てはありませんか!?


私は懸命に走りながら無言の願いを閣下に投げかけ、全力で脚を動かす。勇者は閣下の右手を貫いた聖剣を引き抜くと、トドメとばかりに聖剣を両手に持ち大上段に構えた。閣下はもう抵抗する手段が本当に無いのだろう。それを静かに見つめており、甘んじてそれを受け入れているようだ。


―――閣下まであと三十歩、たったあと三十歩なのに!


閣下との遣り取りが走馬灯のように蘇る。閣下は最初に私達に告げられた時、困った顔をしていなかっただろうか。今回、皆のお陰で楽に勝てた、感謝すると言われた時に、そりゃ閣下なら楽勝でしょって思った我々の反応を見た時。

その後も何度も色々と言われた気もする。もちろん閣下からの頼まれ事は、閣下も心配性だなぁと思いつつも全部完璧にこなした、そこに手抜かりは無い。だが、更に自ら考え献策しようという積極的な姿勢があっただろうか。


―――閣下!閣下の一番の配下としての本分を忘れ…後ほど閣下からのお叱りは重々お受けいたしますので、何卒なにとぞ、何卒もう少しだけ時間を!私が閣下の下に辿り着くまでの時間を!


しかし無情にも勇者は最後の力を込めて聖剣を振り下ろそうとする…間に合わない!私はそれを見たくないと思ったのか、目を瞑り背けてしまった。










―――グサッ!

それはまるで自分の身体から…胸から刀が生えたかのようだった、そして口からは喉の奥から逆流した血がこぼれる。


―――シュバッ!

身体から刀が引き抜かれ、そこから真っ赤な鮮血がほとばしり、とめどなく流れ出る。

勇者オレの血が。


―――カランカランカラン

もう手に力が入らない。聖剣は勇者オレの手から離れて落ちていった。


あと一歩で…いや、ほぼ掌中に勝利を掴んでいたはずなのに、それはするっと勇者おれの手から零れ落ちていった。信じられないといった感情を隠せずに勇者おれは自分の身体に背後から破軍刀を突き刺した魔族――犬人族の娘を見た。もはや勇者おれに興味が無いのだろう、その犬人族の娘は急いでアドラブルに駆け寄っていった。そのおよそ戦場に似つかわしくないメイド服姿の犬人族の娘は、勇者おれの今までの周回で一度も見た事のない顔だった。勇者おれは自分を倒した敵を知りたいと思い、

―――名前は…?

と最後の力を振り絞り、声になったか分からないがそう口を動かした。メイド姿の犬人族の娘は恐らく聞こえたのだろう。アドラブルの容態を気にしていたのかその傍に介抱するように屈んでいたのだが、立ち上がってこちらを向いた。

その犬人族の娘は勇者おれを認識すると、何かを考えている素振りをこちらに見せていた。それから上目遣いで茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべてメイド姿の犬人族の娘は、勇者おれに向かってこう言ったんだ。


「ねぇ、今どんな気持ち?」











第二部完



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第二部完です。

第三部を現在書き溜めておりますので、少々お待ちください。

第一部終了時にもやりましたが、この機会にストーリーに影響のない範囲内で誤字や説明不足の箇所に多少の追加表現を入れます。再度読み直す必要がある程の修正点はありません。ご安心ください。

もちろん読み直してもらえるのならば作者として嬉しいです。


それでは第三部の再開まで少々お待ちください。

あ、あと↓の★を入れてくれるととっても喜びます。

面白かったと思ったり「タリアト!!!」と思った方は是非押してください。よろしくお願いいたします。

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