第23話 20回目の最終決戦

第20周回 12月31日7時 エルデネサントの野 魔王軍本陣 側近筆頭ハキム


遥か前方より鬨の声が聞こえる。

魔王軍本陣は多少小高い丘の上にあるため、全体の戦況は把握しやすい。


「今回も始まったか。」


アドラブル閣下がそう呟かれた。その声には少し陰を感じられるが、気のせいだろう。なぜなら魔王軍の方が兵数が倍近くいるのと、人族の正規兵と比べるとかなり弱いはずのゴブリン兵もある程度の武装をしてかなり強化されているため、兵数が上回っているなら互角以上に戦える。これも我らが閣下の優れた方策であり、万事が上手くいっているとしか思えない。


「悪くはないように見えますな。」


私はそういうと閣下の様子を窺う。閣下はその私の声に反応する事も無く、ただ無言で戦場を見つめてられていた。


[第20回最終決戦状況]

12月31日7時 エルデネサントの野

  2万     6万     2万

[人族軍左軍] [人族軍中軍] [人族軍右軍]

         vs

[魔王軍左軍] [魔王軍中軍] [魔王軍右軍]

  5万     10万     5万


左軍、右軍、中央軍ともに正面からぶつかったようだ。現在のところ戦況は互角で推移しているように見える。敵軍を含め兵数や編成などの双方の陣容は、事前に閣下から聞いていた状況とほぼ同じである。ならば時が経つにつれて数の多い魔王軍が有利になるのは火を見るより明らかだ。





3時間後、敵本陣に動きが見える。閣下から事前に聞いていた人族の精鋭を選りすぐった一か八かの突撃―決死隊突撃とやら―の準備段階に入ったようだ。伝承に聞く勇者とやらは、語り継がれるくらいだし確かに強いのだろう。閣下のところに辿り着くくらいは出来るのかもしれない。

ただし、あの閣下が負ける姿なぞこれっぽっちも想像できない。たまに配下の兵に対して鍛錬をつけているのを見るが、あれは普通の魔族が到達できる位階ではない。私も腕にはある程度の自信はあるが、私が10人いたとしても一瞬でやられてしまうだろう。歴代の魔族の中でも魔王陛下を除けば、いや魔王陛下の中でもその強さから死後に大魔王という敬称を贈られた数名の魔王陛下を除けば、歴代の魔王陛下を含めても最強なのではないかと言われるほどの閣下は今を生きる伝説的な存在だ。勇者になぞ遅れをとる筈も無い。

そう私が言った時、閣下は少し寂しそうな顔をしていた気もするが、強者とは常に孤独な存在だと聞く。きっとそれだろう。


「それでは我々も準備に向かいます。」


私と諜報部隊長であるエルデネトは、これも閣下が事前に準備された精鋭部隊の左右軍の指揮をそれぞれ執る事となっていた。本陣で閣下とともに生意気な勇者とやらを討ち取りたかったのだが、閣下の命令とあれば仕方がない。あとで本陣に控えるタリアトに詳細を聞くとしよう。…あぁ、勇者は負けると時を戻して無かったことにする卑怯者だったな。それでは後でタリアトに閣下の武勇伝を聞くことは叶わないな、残念だ。勇者はもう20回も閣下に負け続けているらしいのだが、よくもまたあの閣下に挑もうという気になれるものだ。そこだけは認めてもいいかもしれないな。


本陣を離れ私が所定の持ち場に着いた頃、戦場に高らかにラッパが鳴り響き、帝国軍が誇る重騎馬部隊とやらが魔王軍中軍に突撃してきていた。それまでの戦闘で疲労していた魔王軍の中軍は支えきれず、騎馬隊の侵出を許していた。やっとある程度騎馬隊の勢いを殺したと思った頃、騎馬隊の合間を縫うように赤い旗を持った部隊――敵の決死隊か――が更に進軍し魔王軍の中央を突破せんと突っ込んできていた。


ううむ、敵ながら見事な用兵だ。人族の最精鋭を結集したと言われた決死隊。それを生かすための用兵に無駄がない。それとその決死隊も最精鋭を結集したという触れ込みに恥じない手練れが多くいるようだ。私が1対1で戦ってむざむざと負けるような相手こそいないが、さりとて瞬殺できるような弱者もいない。

そう思いながら見ていくうちに、決死隊とやらは我が軍の中軍を切り裂くように進軍していく。とはいえ、贔屓目に見て私と同等、恐らくはそれ以下だろう。閣下の足元には遠く及ばない。


―――ドンドンドンドン!

陣太鼓の音が高く響き渡る。決死隊はどんどんと勢いよく進軍していき、その大半が私の目の前より前方…我が本陣側に進軍していた。事前の計画通り太鼓の音と共に、決死隊の斜め後背から我が精鋭部隊の右軍と左軍はそれぞれ急襲する事となる。本陣にいる閣下と我らが精鋭部隊に包囲されてもはや決死隊は袋の鼠ふくろのねずみだな。


「決死隊などというふざけた部隊を殲滅するのだ。閣下も我らが働きを見ておられるぞ。個々奮闘せよ、突撃!突撃!突撃!」


私は馬上よりその士気を煽るように精鋭部隊達に突撃を指示した。

その時、なぜかふと気になったので本陣の方をちらっと見る。遠くに見える決死隊の先頭集団はなだらかな丘を駆け上がり本陣前までもう少しというところまで辿りついたようだった。その先頭集団の中から、まるで護送された要人かのような扱いをされていたフードを被った4人組が出てき…た…?




なんだ、あれは。フードをとった姿から溢れ出るは、まごう事無き圧倒的強者のオーラ。一つ一つは閣下には及ばないとはいえ…あれが勇者か、勇者なのか。正直想像以上の強さだ…閣下は大丈夫だろうか?閣下の懸念をただの心配性と笑い飛ばしてしまった己の不明を恥じるばかりだ。

とはいえ、閣下には勇者一行よりはかなり劣るものの魔王軍の精鋭中の精鋭たる護衛隊6人がいる。4対1(+6)ならば…。閣下なら上手く護衛隊を使いながら十分に戦えるだろう。敵の強者は4人いるとはいえ、閣下はそれより更に強い。その間に我らが目の前の決死隊を全滅させて、閣下の元に到着して勇者一行を包囲殲滅する。それで問題無いはずだ。


ふと周囲を見回す。

配下の精鋭部隊達はその勇者一行の放つその強者のオーラに気付いていないようだ。それに気付かず目の前の戦闘に集中できている事自体は良い事だ。我が精鋭部隊は相変わらず決死隊へ攻撃を加えており、また決死隊の背後から決死隊を援護しようと続く騎馬隊を防ぐべく交戦している。そうだ、決死隊を早く壊滅させて一刻も早く閣下の下へ向かわねばな。そう思って部隊に檄を飛ばした。


そんな最中さなか、視界の端で何か嫌な雰囲気を感じた。本陣の方向を見ると勇者とやらが腰から引き抜いた剣を掲げている。噂に聞く伝説の聖剣とやらだろう。雰囲気だけで分かる。あれは魔族にとって良くない物だ。遠めに見ると聖剣を持った勇者と白銀の大きな盾をもった重戦士が閣下と牽制しながら睨みあっているように見える。

するとその勇者と重戦士の後方に控える輝く白銀の杖をもつ聖女らしき人族の女が大声で何か喚いているようだ。すると…おい、ビッグス!お前、何をしている!

護衛隊の一人であるビッグスが突如護衛隊の戦列を乱して聖女の方に突っ込んでいった。聖女にまさに斬りかかるかと思えた瞬間、ふらりと急に力が抜けたようにビッグスはその場に倒れた。すると腰から引き抜いた短剣を聖女は振りかぶり地面の方に向かって思いっきり突き立てた。


何が起きた…?というかビッグスは何をしているのだ?勇者一行の強さが見抜けぬ護衛隊ではあるまい?単独ソロで攻めかかるとか何を考えているのだ???

そんなうちに今度は聖女はビッグスだったものを足蹴にしながら、またもや何か大きな声で喚いているようだ。なっ!?今度はウェッジが!?ビッグスの行動の巻き戻しかと思えるようにウェッジもまた単独ソロで聖女の方に突っ込んでいき、また同じように聖女の手前でバタリと倒れた。何だ…?何が起こっている?閣下のピンチだぞ、お前ら分かっているのか?

すると、今度は倒れたウェッジの身体を踏みつけているのか?聖女がまた何か喚いている。なっ!?今度は鬣を震わせ逆立てながらトマージが聖女の方に駆けていった。おい、トマージ!何をしている!するとトマージもまた聖女の手前で止まり、灰色の塊に…あっ、石化されたのか!聖女は石化したトマージを蹴飛ばして倒すと手に持ったメイスを思い切り振りかぶり地面に向けて叩きつけた。ここまで聞こえた破砕音と共に、石の破片が飛び散るのが見えた…。倒されたトマージがいたと思わしき辺りに仁王立ちした聖女はまたもや大声で何か喚いている。


それ以降は、護衛隊員が単独ソロで勇者一行に突っ込むことは無かったが、これで勇者一行と閣下は4対1(+3)になってしまった。閣下の事は信じているが…閣下!?

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