第22話 人類側の制約

第20周回 7月1日 帝国軍要塞エルグレア


勇者一行は、帝国領でも北の端に位置する帝国軍要塞エルグレアの城壁の上から、更にその北の大地を見ている。

帝国は、魔王国と帝国北部で領地を接している。その最前線がこの要塞エルグレアだ。かつて魔王軍が帝国への侵攻のためこの帝国軍要塞エルグレアを何度も攻撃し踏み荒らしたせいかそこは不毛の荒野だ。最終決戦において人類の軍は、この要塞エルグレアから出陣しここから更に北にある魔王都へ向かって進軍、その不毛の荒野の終点であるエルデネサントの野で魔王軍と激突する事になる。


「ここから北が魔王国か。」


勇者一行はこの不毛な大地に刻まれた魔王軍の爪痕を見て、半年後に控えるまだ一度も勝った事がないと聞いているその戦いへ想いを馳せた。魔法使いメルウェルは、同時にここなら好き放題魔法をぶっ放せるのではないか?とも思っていたが。


とはいえ、勇者だけはその胸中を占めるのはそれ――最終決戦への緊張感――では無い。


「あー、半分過ぎちゃったなー。」


最終決戦は12月31日。丁度半分である半年が経過した。チャートは順調…ではない。どこをどう間違えたのか、変更による変更の連続である。焦りとまでは言わないが、どこか上手くいってない思いが胸を占めていた。


だが今日7月1日。チャートの進行状況に関係なく、この日にここに来る事は決めていた。

ここは帝国の最前線の重要な要塞であるのだが、長年魔王軍からの攻撃を防いできたせいか、要塞エルグレアの状態は非常に悪く、また大軍を派兵できる物資の備蓄も無かった。勇者一行はこれに対しても手当てをしないといけないのだった。今回、この要塞エルグレアにこのタイミングで来たのはそろそろ準備をし始めないと、12月の最終決戦に間に合わないからだ。


[帝国軍要塞エルグレア]

軍資金:158,000

総兵数:45,000 ※魔王軍の1/4未満なので、士気-30%のペナルティ

兵 舎:30,000 ※兵数に対して兵舎が足りず逃亡の恐れあり

物 資:21,000/150,000 ※全然足りない

兵士気:50  ※普通

武装度:46% ※そこそこ

防御度:28% ※ボロボロ


これが現状で、割と酷い。

総兵数は最終決戦用に最初から3万(帝国1万+他国2万)用意されている。それにここまでの反乱鎮圧で合計15,000の追加戦力を確保したので合計45,000まで増えていると表示されている。しかし、帝国北部にあるこの要塞エルグレアの11~12月は冬の寒さが非常に厳しく、兵舎テントが人数分足りていない現状では、逃亡する兵が続出するだろうという予測が表示されている。

物資は兵糧だな。兵1人で1日1の兵糧を必要とする。最終決戦地であるエルデネサントの野は、ここから北に100km、一日およそ20km進軍出来るので、片道五日分必要である。往復分プラス戦争する日にちを考慮すると10日分必要となる。…11日分な気もするが、まぁいい。

とりあえず戦争に勝ちさえすればいい、帰り道にどんどん飢え死にしてもいいという考えならば5日分で何とか。6日分あれば、行きは満足に食べて、戦争してる日は我慢して、帰り5日間は1食当たりの量を1/5に減らして1日分で耐える…鬼だな、というか無理だ。いくら人類の危急存亡の秋ききゅうそんぼうのとき―冬だが―でも、そんな状況で満足に戦える兵士なんておらん。

現状1日分すら無いわけだが。

ふぅ、さっきから自己ツッコミばっかりだ。現状がキツイからかなー。


ここでのとりあえずの目標は『兵数ペナルティ:魔王軍より1/2未満』を回避するための最低でも総兵数10万を担保する兵舎10万を目指し、倉庫は10万の兵士の10日分である100万を目指して建設する事になる。

ちなみに要塞防御を100%にすると賞罰で出ていた無敵要塞のススメが手に入る。これまでの周回で魔王軍がこの要塞エルグレアに攻めて来たことがほぼ無いので今のところ意味が無い。

なお、勇者一行が要塞内に滞在して、建設(や兵舎の製造)を手伝うと倍の速度で建設が行われ、必要な資金も減る。間に合わない場合はそれも視野に入ってくるが、その場合は勇者一行が狩場にこもって経験値を取得する事が出来なくなるため、結果的に勇者一行のレベル上昇を犠牲にする事になる。


現状、デネック子爵領やロンヴェル子爵領他の反乱の鎮圧で得た資金があるので、兵舎と倉庫をある程度増やす事が出来る。これらの建設指示を出すためだけに一度は帝国の北の果てにあるこの要塞まで来ないといけないのが面倒。

物資や兵員は買ったり確保した先から要塞エルグレアに送れる。が、空きが無いと悲しくも溢れて消える。とりあえず兵は11月くらいにならないと終結してこないはずだからまだ溢れないので、倉庫を中心に増やす事にする。モブ要塞司令官にそれを実行するように指示する。


「うーん、分かっちゃいたが、今回は結構苦しいなぁ。特に軍資金が足りてない。」


「どうする…?」


心配気なタスクの顔を見る。残り半年の勇者一行の士気や、最終決戦に臨む人族軍の士気を考えれば、『捨て周回にする』などとはとても言えない。次回に記憶の引き継ぎが起こらない彼らには、次回のための布石と頭では分かっていても、今回の周回が捨て周回と分かると士気の大幅な低下は免れないのが経験則で分かっているからだ。それに勇者おれは勝ち目は薄くても、最終決戦では全力でぶつかり少なくとも良い勝負をしたいという気持ちもある。今回既にタスク用の聖騎士の大盾という恐らく永続ボーナスが付くであろう至高の装備を回収したが、更に永続ボーナスがつくであろう至高の装備を回収するのも手ではある。だが、その手の至高の装備は前提条件がとても面倒なものばかりのようで、それに手を出せば時間がより足りなくなるのは明らかだ。今回は既に最終決戦までの状況が割と出遅れている感じがするし、最終決戦が勝負にならないレベルまで戦況が落ち込む恐れすらある。

無いとは思うが、今回の結末…たとえば大惨敗によって次回の周回に賞罰の罰として変なマイナス効果デバフがかからないとも限らない。それが一回きりのデバフ効果ならまだいいが、それが永続だったりした場合には目も当てられない。それを思うと、やはり明らかな捨て周回は作り辛いところだ。


「まぁ…まだ失敗と決まった訳じゃない。上手くいく方法を考えるさ。」


タスクにそう言うと勇者おれは城壁上から階段を降りていった。それにタスクら他の勇者一行も続いて降りていく。北の荒れ地を見た勇者一行は、最終決戦への現実感が沸いたのかより気合いが入ったように勇者は感じた。それを考えるとここに来た意味は、思ったよりあったのかもしれない。





人類側の最終目標は最終決戦で勝って魔王軍主力を壊滅させ、そのまま魔王都を占領しあわよくば新魔王を捕らえる。それをもって全世界侵攻中の魔王軍を止める。もしくはエルデネサントの野で魔王軍を撃破した人類軍主力もってを全世界侵攻中の魔王軍にぶつけて撃破していく。

エルデネサントの野で撃破予定である魔王軍最大の第一軍団が帝国領の目と鼻の先の魔王都に存在する限り、帝国軍を世界各地に派遣する事は出来ないが、魔王軍第一軍団が消滅すればそれも可能になるのだ。


世界各国で侵略中の魔王軍が、各国を滅ぼしそのまま四方八方から帝国に迫るのはもう時間の問題だった。もはや、世界中で魔王軍に押されている人類が滅亡を免れるには、このタイミングで魔王軍に決戦を挑みそれに勝利するしかないのだ。


人類と魔王軍、どちらにとっても負けられない戦いは、すぐそこまで迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る