第18話 勇者の初動

第20周回 1月上旬 帝都城内演習場


―――せやっ、はっ!


今、勇者は地味な鍛錬をしている。

召喚された直後の勇者のレベルは1。スキルも何も無い。え?じゃあ勇者である事に何のメリットも無いの?って事になるが、そんな事はない。勇者である事自体のメリットとしては、様々なスキルと呼ばれる特殊技能を覚える事が容易だったり、その上達速度が凄まじく早かったりする。ちなみにレベルが上がった時の強さの上昇幅もほんのちょっとだけ大きいらしいが、それは微々たるものらしい。意外だが。

ただし、勇者一行と呼ばれる勇者とその同行者は、そのレベルの上がり自体が早くなるのだ。


で、話を元に戻すと勇者が今行なっているのは戦闘訓練。まだ勇者一行は全員揃っておらず、全員揃ってから帝都から出て様々な問題クエストに対応していった方が効率がいいのが経験則より分かっているからだ。

この戦闘訓練、レベルはあんまり上がらないが、剣術を始めとした戦闘技術がメキメキ上がる。勇者の恩恵ここにありとばかりにめっちゃ上がる。これもまた経験則だが、逆に帝都から出た後は戦闘技術を集中的に鍛え上げる時間がとれないので今のうちに上げておきたいというのもある。が、ここで帝都に留まって戦闘訓練を集中して行うのには他に大きな理由がある。やろうと思えば帝都近郊の森で魔物を討伐してレベルを上げる事も出来るのにだ。この戦闘訓練中、夜は帝都城の豪華な一室でゆっくり休めるので、ここで今回の周回の攻略方針チャートをじっくりと考え作成するのだ。

旅に出てしまうと夜は野宿が多いし、宿に泊まれても地方では高級宿が常にあるわけでもなく、安宿では中々集中できない。高級宿でもしばらくそこで滞在できるならいいが、次の目的地に出発等の予定が入っていれば、落ち着いてチャート作成なぞとてもじゃないが出来ない。前の周回の変更に対する考察や反省を含め、紙に書いてあーでもないこーでもないとクエストの順番や取捨選択等色々検討するので、落ち着いてそれが出来る環境が必要だ。

まぁ、本当は表計算ソフトがある方が楽なのだが、それは言っても詮無き事。

チャート作成が大好きな勇者にとっては一番楽しい時間かもしれない。


「うーん、アドラブルは第二形態になっちゃうし、護衛隊は挑発に乗ってこなくなっちゃって早期の処理が出来なくなるしで、今周回でのアドラブル討伐は正直難しいかもなー。」


といいつつ今回新たに加わった賞罰を見る。


聖杖せいじょうあってこその聖女:聖杖を手に入れた事がある

[永続:聖杖がある地にいけば即座に聖杖を取得可能(聖杖初回取得時に必要だった種々のクエストを再度クリアする必要なし)]


この文章ダジャレ考えてるのって絶対に神だよなーと思いつつ、目当ての項目を読み直す。うん、思った通りだったな。恐らく聖杖を手に入れれば聖剣取得時と同様に永続フラグが立つのではないかと思って、前回のチャートでは思い切って組み込んだのだ。今回で打倒アドラブルが出来そうな雰囲気があったので、その分のリソースを聖杖取得ではなく、レベル上昇に割いた方が良いのではないかという意見もあったのだが、聖杖を選んだ。その結果、レベルが54と以前より低いレベルになってしまったが、その甲斐はあった。むしろ、アドラブル打倒が出来なかったという結果を考慮すれば、前回のリソースを聖杖取得にまわして正解だったと言える。それに今回もアドラブル打倒がかないそうな雰囲気が無いので、同様に他の至高と呼ばれる高位の装備を手に入れるのも良いのではないかと思っている。とはいえ、一番取得まで近いと思われる聖騎士の大盾も恐らく5~6個くらいこなさないといけないクエストがあるだろうけど、まだ前提条件が全て判明していない。今回でいくら力を注いでも手に入るまでいけるとも限らない訳だが。


×確かな爪痕:前回の周回でアドラブルの生命力を75%以下にまで減らす

×人類に勇者あり:前回の周回でアドラブルの生命力を50%以下にまで減らす

×次こそがお前の命日だ:前回の周回でアドラブルの生命力を25%以下にまで減らす

[1回:経験値効率が10%アップする]


この辺も軒並みクリアできていなかったしなー。アドラブルを倒すにはレベルが足りなくなりそうで、やっぱり今回の最終決戦は厳しくなりそうだ。


「おー、またやってんのー?」


シャワーでも浴びてきたのか、腰巻きにタオルを巻いて上半身裸の重戦士タスクが、濡れたグレーの髪の毛をタオルで拭きながら部屋に入ってきて、メモと奮闘する勇者を見てそう言った。目に入る上半身は重戦士という職業が表す通り、タスクは俺より一回りほどガタイが良くより筋肉質だった。さもあらん、重そうな大きな盾を振り回して、人より遥かに大きな魔物からの攻撃を受け止めるのだから、それくらいの筋肉は必要なのだろう。

重戦士であるタスクと聖女はもう既に王都に来ている。4人目の魔法使いメルウェルがまだ到着していないのだ、毎度の事だが。来る予定だった帝国一と言われた魔法使いは、大好きな魔法実験をやりたいがために非常に腰が重かった。まだ召喚されていないからのんびりしてても平気だとばかりに出立予定日を自主延期していた。そうこうしているうちにぎっくり腰をやってしまい、急遽代わりの魔法使いが必要になったのだが適任者がおらず、結局先の魔法使いの弟子であるメルウェルに後日白羽の矢が立ったのだが、本当に召喚直前だったのでまだ帝都に到着していない。といったところである。

これら一連の流れは召喚前の時系列なので、今更じたばたしても何も変わらないので手を付けてない。というか手を付けられない。


「うーん、そうだねー。ちょっと悩んでいてね。」


タスクは侍女を呼んで飲み物を持ってこさせると、勇者が真面目に仕事をしているのを他所に果実酒で一杯やり始めた。


「そっかー、その辺どうするかは勇者に任せるわー。俺はどこにでもついていくぜ。」


とグビグビと結構なペースで酒杯を傾けるタスク。ご機嫌なせいか目じりもいつもよりほんの少し垂れ気味だ。


アドラブルの魔王軍と異なり、伝承の勇者であるその男の言葉は突拍子もない言葉であっても全面的に受け入れられた。聖女と爛れた生活をしていた時はそれなりに酒も飲んだが、基本的に酒の良さがあまり分かってない勇者は、タスクが隣でいきなり飲み始めたとしても別に羨ましくもないので別に気にしない。


というかさっぱりとした性格のタスクとはウマがよく合い、特に気を割かなくても毎回良好な関係を築けていた。タスクとよい連携で戦えているのもまたいい傾向だった。


「よし、4人が揃い次第帝都東の森でレベルアップ。デネック子爵の反乱を鎮圧するのにレベル15は欲しいからそこまで上げて…鎮圧したらデネック子爵領北の砂漠でサンドカトラスと砂塵の籠手を回収しつつ砂猿狩りをして…よし今回の序盤はこう行こうかな。」


ふと静かになった横を見ると俺のベッドで、俺よりは劣るがまぁまぁなイケメン顔を真っ赤にしてタスクが寝ていた。弱いくせに酒が好きな変なやつだ。

メイドにタスクの事を頼むと、勇者はタスクの部屋に行ってタスクのベッドで寝た。


見ての通り、序盤のルーティーンの構築は、現状勇者の方に一日の長がありそうだった。尤も、勇者は召喚前の世界でのその道のプロであったのだから、この差が埋まる事はそうそう無さそうではあるのだが。

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