第12話 最終決戦

第19周回 12月31日 7時 エルデネサントの野 魔王軍本陣


遥か前方より鬨の声が聞こえる。

魔王軍本陣は多少小高い丘の上にあるため、全体の戦況は把握しやすい。


「始まったか。」


左軍、右軍、中央軍ともに正面からぶつかったようだ。兵数は魔王軍の方が多いが、兵質は若干人類側の方が上だ。それゆえに開戦直後は互角で推移する。兵数が多いのが本当に効いてくるのは、双方に疲れが見えてくる昼過ぎになってからだろう。


人類側の決死隊の突撃タイミングは、突破予定ルート上の魔王軍が人類軍とある程度ぶつかり多少疲れが見えてから、そして人類軍全体が疲労で兵数差の影響が顕著に出て劣勢となるより前の段階なので、最近の周回では決まって戦争開始後3時間程度経った時に突撃開始となっていた。


[第19回最終決戦状況]

12月31日7時 エルデネサントの野

  2万     6万     2万

[人族軍左軍] [人族軍中軍] [人族軍右軍]

         vs

[魔王軍左軍] [魔王軍中軍] [魔王軍右軍]

  5万     10万     5万


いつもだと左右軍がそれぞれ相手の倍以上いるので、割と早い時間帯から魔王軍が互角~ほんの少し優勢かな?くらいにはなっていたのだが、今回は左右軍から勇士を引き抜いて中軍に寄せたせいか、左右軍もまだまだまるっきり五分といったように見える。

それに対して中軍…特にその中央付近は全体的に魔王軍が少し勢いに押されているようにも見える。魔王軍も中軍に比較的精鋭を集めているのだが、人族側もここに精鋭を集めている以上、この傾向は大きく変わらないか。


―――3時間後

「閣下、敵本陣に動きがあるようです。」


遠目に敵本陣を見る。


「そのようだな。敵軍は再編成中か…来るか。」


中軍中央部は魔王軍が押されていて、魔王軍側が中央部が少し凹んでいるような形に逆に人族側は凸型になっていた。そんな戦況で推移していたが、敵軍本陣辺りより一際大きなラッパが鳴り響くと敵軍中央部分が左右にさーっと分かれて中央部がぽっかりと開く。そこに帝国が誇る重騎士隊が馬上突撃を仕掛けてきた。

その重さと勢いに中央部が凹んでいた魔王軍は更なる中央部奥への侵出を許す。それでも何とかその騎馬部隊の勢いを止めたのだが、今度は騎馬部隊の後ろから騎馬部隊の隙間を縫うように、赤い旗に率いられた部隊が魔王軍中軍中央部に斬り込み、易々と魔王軍を切り裂いていく。敵の最精鋭部隊―決死隊本隊だ!

まるで絹布を鋏で裁つかのように、一直線に魔王軍本陣に向かって赤い旗が侵出してくる。魔王軍側もそれなりの強部隊を正面に配置していたが、あまり効果的ではないようだ。


「陣太鼓叩け!」


後方に控える鼓笛隊に向かって伝令が走る。少しすると勇壮な太鼓の音が戦場に響き渡る。これは今回の魔王軍側の作戦の一つで、その合図がこの陣太鼓だった。

正面は人族の最精鋭部隊が正に突破しようという方向。意地でも突破しようと全力で来るだろう。手こずれば温存しているであろう勇者一行の攻撃参加もあり得る。そうなると誰が立ちはだかっても結果はそう変わらない。ならば突破は許してしまうかもしれないが、魔王軍の精鋭部隊を決死隊の側面からぶつける分にはその分決死隊の壊滅までの時間を早める事が出来るのではないかという作戦だった。


皮肉にもその勢いに押し出されるかのようにして更に侵攻速度を上げる決死隊。少し苦笑いを浮かべるがこれも作戦の一つ。

私は『破軍刀』と銘を打たれた大曲刀を片手にひっ掴むと魔王軍総司令官として勇者一行を迎え撃つべく席を立つ。それに護衛隊も続く。彼らの表情は真剣で、多少の緊張感もあるようだ。口酸っぱく言われてはいたものの、開戦前までは心のどこかに人族に強者などいないという侮りが護衛隊にあったようだったが、この敵中突破の勢いを見て心を入れ替えたようにも見える。


さて、私の戦いはここからだ。とはいえ、私自身は変わらず全力を尽くすが、正直私自身の強さは毎回変わっていないし、今までも全力を尽くしてきた。だから、恐らくここからの私の立ち回り云々によって結果は変わらない。

どちらかというと、この1年間の準備が本当に正解だったのかの答え合わせの時間だ。勇者一行は前回よりも少し強くなっているだろう。前回の1対4での戦闘時間はおよそ25分。前回より少し強くなった勇者一行と1対4で戦ったら25分間ももたないのはほぼ確実で、その時は私は…魔王軍は負けているだろう。

護衛隊の面々がどれくらい粘れるか。そして魔王軍の精鋭部隊の側面攻撃が、以前より早く決死隊をつぶせるのかどうか。そのあたりが鍵になるのは間違いないだろうな…。


そんな事を思っているうちに、目の前まで迫ってきた決死隊の一団からいつもの面々―勇者一行―が私の前に現れた。


「ここは私たちに任せて、勇者様はアドラブルを!」


という声が聞こえる。あの純白の鎧をまとった美女は…噂の帝国の第一皇女かな?

勇者一行は私と少し距離をとりながら―恐らく私の攻撃範囲外ぎりぎりの位置を狙っているのだろう―ここまで一足飛びにきたせいで少しあがってしまった呼吸を整えながらいつものように対峙する。


…いや、いつもと違って護衛隊は私の前ではなく、護衛兵的にはちょっとおかしいが作戦通り私の後ろに付き従っているな。

勇者もそれに気付いたのか少し怪訝そうな顔をしながら、護衛隊員を一人ずつ罵倒し挑発をし始める。ちらっと横目で護衛隊員を見ると顔を真っ赤にしてぷるぷるしながらも何とか耐えている。

一人目の護衛兵に対する挑発で効果が無かったからか挑発の対象は二人目に移った。

こちらの護衛兵も顔を真っ赤にしてぷるぷるしながらも何とか耐えている。他の隊員が肩をぽんぽんと叩いて落ち着かせようとしている。ぷるぷるしてるところとか、ちょっと笑えてくるんだけど、私のために懸命に挑発を堪えてるんだから笑ったらだめだよな。


さて、勇者一行全体を眺めると相変わらずよさげな装備を身に着けているが、その中でも以前と比べると聖女の持っている杖が非常に神々しい輝きを持った雰囲気のある物に変わっているようだな。とはいえ、まずは護衛隊が勇者の挑発作戦になんとか耐えている非交戦状態のうちに勇者一行のレベルを鑑定を使って確認しておくか。次回の参考になるからな。次回があれば…だが。


…ん?勇者一行のレベルは全員54?前回より1下がっている?そんな事は今まで無かったぞ。一体どういう事だ???

勇者一行のレベルは前回の周回のレベルを引き継いで強くなる一方の『強くてニューゲーム』状態ではなかったのか???

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る