第11話 禁断の破壊工作

第19周回 9月某日 魔王城 勇者対策会議


魔王軍強化計画も対勇者の直接戦力である護衛隊の訓練も順調に進んでいる。一方で今回も帝国での内乱は全体的に収束に向かっており、人類側の最終決戦への準備も着々と進んでいるようだった。


「閣下、帝国の諜報網からの連絡です。少しずつですが、先月あたりから軍需物資の動きがあると。その方向は帝国北部にある帝国軍要塞エルグレアであるようです。」


と諜報部隊の長であるエルデネトより報告があった。思わずざわざわとする勇者対策会議メンバー。


「来ましたか。閣下の言葉を疑っていた訳ではありませんが、年初からあると言われていた最終決戦の存在が、我らにも明らかに感じられるようになってきましたね。」

とハキム。


「ここで諜報部より閣下に作戦具申したいと思っております。」


「ほう、何だ?申してみよ。」


「軍需物資の動き…と先程申しましたが、その要である食糧についての動きは鈍いようです。丁度収穫期が始まったばかりというのもありますが、帝国では長く続いた内乱のためか少なくとも今年までは食糧生産量が落ち込んでおります。そのため帝国内からの食糧の確保に苦戦しているようです。」


「道理だな。帝国北東部と北西部をちょっぴり焼いたのもそのお手伝いとなっていれば良いのだが。」


はははと会議場に笑いが起こる。


「帝国も食料問題をそのまま手をこまねいて見ている訳にもいかなかったようで、急遽隣国のエインハルト王国からの最終決戦用と思しき大規模の穀物輸送計画が決まったようです。人類の為とか出さないなら魔王軍を撃破した次は、人類の敵としてお前達を討ち滅ぼすとか色々と理由を付けられて、エインハルト王国は相当値切られたようですね。」


「ははは、かわいそうに。ならば次回は7月くらいにエインハルト王国から穀物を買ってあげるのが良いかもしれないな。」


と、全くかわいそうな感じのないアドラブルの声に、あはははははと会議室では一層の笑いが起こる。


魔王軍は人類の軍ほど食糧を必要としない。魔族の多くは人族と同じ食糧を食べるが、魔王軍の主力である魔物は人族と同じ食糧を食べない。

なので、人族の軍隊が確保しようとしているエインハルト王国の穀物を魔王軍が横取りしても、全く無駄になる訳ではないが使い道があまり無いのもまた事実だった。実行しても嫌がらせ以上の意味がなく、国家の大金を使ってまでする事でもないため、それはアドラブルの単なるジョークであり、皆も分かっていたからこそ起きた笑いだった。


「いや、笑い話ではなく、その案は真剣に検討しても良いかもしれません。」

とハキムが真面目な顔をして言った。


「その時期であればエインハルト王国から通常価格で穀物を買い求める事が出来るでしょう。魔王軍には基本的には不要な物資ですが、人類側が困る事は確実。その分高い値段で穀物をかき集める事になります。

人族の生活必需品である穀物の価格が上がれば人族の間でも不満も溜まりますし、それ自体にそこまで効果が無くとも、敵軍の財政を悪化させる事も出来ます。上手くいけば敵軍の装備の質が一つ落ちるような事もあるかもしれません。たとえそこまでいかなくとも悪い結果にはならないかと。」


「ふむ。」


「次々回以降は人類側も先手を取って7月以前にエインハルトから購入しようとするかもしれませんが、それでも今回のように安く買い叩く事が出来なくなり、やはり敵軍の財政を圧迫する事は可能です。やはり仕掛けて損は無いと思います。」


「そうだな、悪くないかもしれん。次の周回があればそのようにお主らに提案しておこう。ただ…穀物を購入出来た際は魔王軍の予算も無限にある訳ではないのでその穀物をなんとか有効活用したいが。

…逆に食糧に困っている人族の国家や帝国の貴族に高値で転売したり…ひょっとすると食糧援助を出汁だしに最終決戦への援軍派兵を拒否させる等の交渉の余地もあるかもしれないな。」


「負けたら人族は滅びるかもしれないのに、その目先の利益に食いついてきそうな国や貴族が出てきそうなのが、また人族の人族たる所以ゆえんですな。」


はははははと笑い声が起こる。


「さて、話を戻させてもらいますぞ。7月に先に穀物を購入してしまうのは次以降の周回の話として、今回に限りその食糧輸送を攻撃したいと思います。」

と諜報部隊長のエルデネト。


「帝国内への直接的な工作は禁じたはずだが?」


「はい。ですが、実行したい理由があります…先程の話で一つ増えましたが。」


エルデネトに続きを促す。


「今の周回で魔王軍は様々な強化改善策を実施しました。良い線をいっているとは思うですが、実際のところは最終決戦の人類軍に対しどの程度の効果があるかは全く不明です。そして、前回で閣下とほぼ互角の勝負にまで迫った勇者一行は、今回も確実に強くなってくる事が予想されています。我らの強化策が現状で足りていない可能性もあります。その場合の結果は敗北となり、もう次の周回は無い訳です。ですので、今回はこの禁断の帝国への直接工作というカードを切ってでも、確実な今回の周回の勝利への安全マージンを求めるべきかと思います。次の周回を迎える事が出来さえすれば現在のような手探り状態ではなく、今回の施策の効果の検証を行い強化目標をはっきりとさせた状態での一年を過ごす事ができるでしょう。」


なるほど…と、皆が頷いている。


「食料輸送隊への襲撃ですが、出来るだけ帝国内ではなくエインハルト王国内で行うようにします。エインハルト王国内の方は内乱が発生していない分治安が良いのでやり辛くはなりますが、帝国領内部よりかはマシかと思います。

それに先程の計画によると次の周回では食糧輸送隊への襲撃ではなく、予め購入してしまうという事になりそうですので、それであれば今回の食糧輸送隊への襲撃作戦への対策を次回以降とられてしまっても全く問題が無いかと思います。ただ、帝国内の諜報網が破壊されてしまうのは困るので、この食糧輸送襲撃計画は帝国内諜報網を使わず本国から直接派兵します。必ず成功させたいので、精鋭部隊を派遣します。」


ぱちぱちぱちと賛同の拍手があがる。皆、賛成のようだ。


「よし、この計画を了承する。上手くやれよ。」






が、結果的にこの敵の食糧輸送隊襲撃計画は失敗に終わった。

当初は精鋭部隊を用いた事もあり、敵輸送部隊へ効果的な一撃離脱を繰り返していた。しかし人類軍にとってこの食糧輸送は余程重要だったのか、勇者一行を国外に派遣してまでも魔王軍の襲撃部隊を潰しにきたのだった。輸送隊員に化けた勇者一行に、魔王軍精鋭部隊は赤子の手をひねるかのように全滅させられた。


勇者対策会議室の面々は精鋭部隊を消費しただけの結果に終わった事に肩を落としたが、実は最終決戦に向けて大きな影響があった事を知る由もない。


そして第19周回最終決戦を迎える。


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各話にレスをいただいております。ありがとうございます。

先の話のネタバレを自らしてしまう可能性を考慮して、全てのレスに対して返信はできませんが、内容に関わらない返信し易いものはしていきたいと思います。

(もちろん内容に関するレスをしていただいて構いません、返信はできないかもしれませんが全てありがたく拝見しております)

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