生命保険

 大変興味深いお話をありがとうございました。

 ええと、通話時間からすると、もう三十分もお話しいただいてるんですね。恐れ入ります。

 御社の商品ですが、あなたのご説明を聞いていて、とても素晴らしいと思いましたよ。私にはもったいないくらいです。

 というのも、私は生命保険なんて掛ける価値のない人間なんですよ。

 両親や親戚とは縁を切っている状況ですし、結婚もしていなければ子供もおりません。それどころか、彼氏も友人もおりませんし、完全なる独身というわけです。

 ええ、あなたのおっしゃりたいことは分かります。『めんどくさい話が始まったな』と思っていらっしゃることでしょう?

 でも、私はあなたのお話を三十分も聞いたのですから、少しくらい、つまらない話をしたってばちは当たらないと思うのです。


 まあ、つまらないと言えば、私の人生こそ、とてもつまらないものですよ。

 両親に反発して田舎を飛び出してきてからもう十年以上になりますが、思えばあの時が、人生で最も活力がありました。それからは、緩やかに死んでいるにも等しい。

 私は、底辺の会社員です。給与が安いだけならまだましです。それよりもきついのが、他の社員全員から嫌われている自覚があることです。毎日毎日、早く終業時間にならないかとそわそわしながら過ごし、定時になれば誰とも会話せずにそそくさ帰宅します。

 帰宅をすれば、カップラーメンを啜りながらSNSを眺めたり、動画サイトにおすすめされる動画を見たりして、つまらないなと文句を垂れる。自分の人生の方がつまらないという事実を棚に上げながら。

 希望なんて、あったものではありませんよ。

 そんな私が、自身の病気や怪我に備えて保険金を積み立てるなど、おこがましい話です。恋人すらできないのに、将来の自分の子供に付ける名前を決めているのと同じくらいには滑稽です。

 それと私は性格も悪いのでね、自分が死んだ時に出る一時金でしたっけ。それにはもっと興味がありません。自分が死んだ後のことなんて、どうでもいいんですよ。前述の通り両親とは疎遠と言うか――世間的に見ると酷い親でして。良い思い出のひとつもなく、彼らに死亡一時金を受け取って欲しいとはどうしても思えません。親不孝と罵られようともね。


 そういうわけで、話は散らかりましたが、とにかく、私に生命保険はもったいない、という話でした。

 せっかくお電話いただいたのにごめんなさいね。他をあたっていただきたく――


 え? 保険会社ではない?

 それはそれは、大変失礼いたしました。

 いやぁ、実は、このお電話が生命保険の営業電話だと思い込んだ瞬間から、あまり話を聞いていなかったんです。

 ちょうど家でゆったり漫画を読んでいたところでしたから、通話をしつつ漫画の世界に戻り、頃合を見て相槌を打っていたんですよ。


 それで、ご用件は?

 ……ああ、光回線ですか。

 すみません、間に合ってます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みじかいの 焼きおにぎり @baribori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ