血濡れの輪舞曲を二人で

風宮 翠霞

第1話 血濡れの二人のプロローグ

庭を掘っても、壁を崩しても、床を剥がしても。

どこを壊しても、出てくるのは。


死体、死体、死体、死体、死体、死体……おぞましい異臭とこびり付いた赤黒い汚れが、城を支配している。


小高い丘の上にあるこの城の主人は、真紅のドレスを着た少女。

美しくウェーブをえがく濡羽色の髪と、ドレスと同じ真紅の瞳を持つまだ若い彼女は、あまりに酷い光景に絶句する国の捜査団の面々に向かって、ふわりと笑い告げた。


「いらっしゃいませ、伯爵様‼︎ずぅっとお待ちしていましたのよ?ただいま執事にお茶を持って来させますわ」


捜査団のリーダーを務めるハンガリー王国総監トゥルゾ伯爵は、その惨状に似つかわしくない、あまりに無垢な様子の少女––エリザベート・バートリに戦慄した。


「【殺戮女王】……」


チェイテの城に囚われた少女達の無念を想い、伯爵は少女に鋭い視線を向ける。

にっこりと笑う少女は伯爵の視線に気が付かず、お茶を片手に穏やかに話し続けた。







「逃げろっ‼︎【串刺し公】だ‼︎」


叫んだ兵が、長い長い漆黒の槍に突き刺されて沈黙する。


闇に包まれた森は、ヴラドの舞台だった。


漆黒の髪と同色の瞳、そして髪色と正反対の透き通るような色白の肌の青年ヴラドは、誰が見ても美貌だと答えるであろう容姿をしていた。


だが、彼は綺麗な顔に付いてしまったオスマン帝国の兵達の返り血を雑に拭い、更に新しい兵を仕留める為にまた闇の中を動き出す。


彼が戦う森は、地面から突き出た長い槍に頭まで貫かれた兵の遺骸で、溢れていた。

放って置かれた死体は森の獣に貪られ、鼻をつく獣の唾液の匂いと腐臭を漂わせる。

森のその青々しい木の葉の中に隠された光景は、まさに“地獄絵図”だった。


「嗚呼……あぁ……」


ヴラドの深く沈んだ、何処を向いているのかわからない目を見て、兵は逃げる。

ヴラドの舞台から勝手に降りる事など、彼らにはもう許されていないのに。


全ての兵の命が尽きるまで。

青年は追い、殺し続けた。







彼らはのちの世で、【殺戮女王】あるいは【串刺し公】などと呼ばれ、「大量殺戮者」の代表にも名を連ねる事になる。


そう、彼らは確かに弁明のしようもないほどに多くの人を殺し、他者の人生を踏みにじった「悪人」であろう。


だが、もし彼らが同じ時代に生きていたら?

奇跡の力で、出会う事があったのなら?


彼らは、歪まされた人生を正せたのではないだろうか?

少なくとも、は救われたのではないだろうか?


これは、そんなクソみたいなエゴイズムの元に書かれた物語。

英雄ヒーロー】と【お姫様ヒロイン】が救われ、尊重されるゴミみたいな現代の史実が粘土細工のように歪められた結果、幸せになれなかったはずの【悪役ヴィラン】達が報われるだけの物語。


これは【殺戮女王】と呼ばれた少女と【串刺し公】と呼ばれた青年の、遠い何処かの世界で送れたかもしれない ifストーリーなのだ。


簡単にこの物語をまとめて仕舞えば、たった三文字で事足りる。

要するに……。


どうしようもなく紅い血に染まった恋路を描いた、まぁくだらない「」だ。

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