第14話 「それっ。受け取ってはやれぬがもう一息じゃ!」 評伝  天下御免(PC98他・アートディンク・SLG)


<はじめに>

日本史を題材としたSLGと言いますと、その舞台の多くはやはり戦国時代であり、多少変り種であっても平安末期(源平合戦)や南北朝時代(太平記)といった様に、戦乱の時代が大方ではないかと思います。

よって本作の様に、江戸は元禄期という紛れも無い泰平の御世を舞台としたものは、それだけでも中々に珍しいと言えるでしょう。 

ましてや…


「お代官様、これをお納めを」

「ふふふ、越後屋。お主も悪よのう…」

「いえいえ、お代官様にはかないませぬ」


といった昔の時代劇の定番の様な、何とも素晴らしい大江戸(悪徳)商人ライフを体験出来るSLGというのは、そうは無いのではと思います。


定められた目的などは無いので、真っ当な商売一筋に生きようが、悪事に手を染めてお気楽に生きようが、商いは全て番頭任せで旅がらす人生や吉原狂いに走ろうが、一切お構いなし。

手持ちの資産一万三千両を元手に問屋業を営みつつ 、ただ好きな様やりたい様、まさに天下御免の人生を生きていく… それが本作です。


 

<概要>

舞台は元禄元年の江戸。

プレイヤーたる江戸屋元禄(初期設定名。無論屋号・名前・家紋の変更は自由)は、海産物・小間物・穀物・油・酒・呉服・染物・薬・紙・材木という十種の問屋業から好きな業種を選び、様々な人達と交流しながら商売に遊びに悪事にと精を出して人生を生きて行く。それが本作の趣旨であり、全てです。

なお死後はもれなく、閻魔様の前でこれまでの行いを元に、地獄極楽どちら行きかの審判があったりもしました。

 


<内容>

本作の基本、それはプレイヤーが商人である事もあり、やはり商売であると言えます。ただゲーム開始時の主人公にはお店と金と商品を保管する蔵があるのみで、肝心の商品も、商品を仕入れる為の船も産地への寄港権も無い(天下の流通市場たる堺で買い付けを行えるだけ)という、まさに一からのスタートとなっていました。

世話人の確保、船の建造依頼、寄港の許可を得る為のお役人との交流、そして船頭・奉公人等を雇用しての本格的な商売開始等々… そんなしなければならない事は山積みです。しかし、まず真っ先に手を付け無ければならないと言えば、やはり…


●交流  ~町人・商人・お役人、金で動かぬ人はなし~

どんなに清く正しい商人を目指そうとも、まず産地への寄港許可を得られなければ、到底安定した商品の仕入れと儲けの確保は望めません。故にお役人達との一定の「交流」は、商売に励む限り絶対に避けては通れないものと言えるでしょう。


「押さえるべき役にある人達と常に懇意な関係を保ち続ける」

それが本作における大江戸商人道の基本中の基本であり、そしてお役人達と親交を深める方策は… やはり「誠意」あるのみです。

手土産(浅草饅頭・かみなりおこし・人形焼・芋羊羹の四種から任意に選択可)を持ち、今日も明日も明後日も、ただひたすらにご機嫌伺い。

最初のうちこそ冷たくあしらわれても、にこやかに、弛まず怯まず日参すれば、やがてその「真摯な想い」はお役人の胸にも伝わる事でありましょう。  

…そう、厚底の菓子折りに忍ばせた、山吹色のお菓子という「誠意」さえあれば。


なお、お役人にもお堅い人、賄賂好きなど色々とタイプはありますが、どんな人でも付き合いの無いうちは「商人の手土産など受け取るわけには参らん」と言った態度で、なかなか受け取ってはくれません。ですがやはりそこは粘りの一手あるのみ。相手が逡巡しようが形式的に断ろうが、受け取ってくれるまで何回でもひたすら進め続けるのが肝要です。 

そう、「おお、それはわしの好物。いつもすまぬな」とにこやかに受け取ってくれる様な関係を築くまでは、決して手を緩めてはならないのです(なお相手が賄賂好きなタイプでも、最初の頃は流石に二つ返事で手土産を受け取ってはくれないのですが…「それっ、受け取ってはやれぬがもう一息じゃ」「商人の土産など、まだまだ進め方が足りんわい」などと、惜しみない「声援」をしてくれます)。


また参考までに、商売にとって特に重要な人達を挙げてみますと…


◆絶対に押さえるべき要人

○勘定奉行 … 天領にある全ての港への寄港許認可権を握っている為、多くの商人にとって必須。なお役柄上、常に他の商人たちの「誠意」攻勢にさらされている為、一旦懇意になっても関係維持にはこまめな交流が不可欠。


○諸藩江戸家老 … 各々の藩の港への寄港許認可権を握っている為、必要な産物がある藩にはやはり必須。なお総じて幕府役人より意地汚く、懇意になると「補修だ」「普請だ」などと何のかんのと理由をつけては金をせびりに来るのが困り者…


○南北町奉行 … 清廉潔白に生きるのなら必要では無いものの、抜け荷(密貿易)等非合法手段にもに手を染めるのなら、保険として必須。


◆押さえたほうが良い要人 

○若年寄 … 幕府御用品の発注権限を握っている為、懇意にしていると時折大口で有利な取引を廻してくれる。


また説明書の記述によると、多方面に影響力を持つ老中・側用人と、諸藩に対し影響力がある大目付も懇意にしておいた方が良いらしいのですが… 目に見える形での利は正直無かったかと。

更には他にも勘定吟味役・寺社奉行等幕閣の要人達は少なからずおりますが、彼等とも特に交流をするメリットは無かったかと思います。

まあ泰平の御世とはいえ、やはり閣内では熾烈な権力闘争がありますので、不意の失脚・出世に備えてあらかじめ皆と交流しておくというのも、全く無意味では無いかも知れませんが… 結局大事なのは「人」より「役職」なのですから、「勝ち組」が確定してから擦り寄っても十分だとは言えました。 



●商売  ~山吹色の美しさ。小判は商人の命です~

お役人達と友好を深め必要な寄港権を獲得出来れば、いよいよ本格的な商売が始められます。

最もいきなり結論から言ってしまえば、基礎であるべきこの部分はそれ程出来が良いとは言えず、最初こそ資金繰りや船の輸送日数に頭を悩ませたりと楽しいものの、商売が軌道に乗ってくれば、その単調さに飽きるのも早いのでは無いかと思います。

何しろ出来る事といえば、幕府御用品納入などの例外を除けば、ほぼ商品を仕入れて店員達に売らせるだけであり、安売りでライバルのシェアを奪う、役人と結託して産地の商品を買い占める、流言を飛ばしたり妨害工作をするといった能動的な事は特に出来ない上、何をやろうとシェアが一定以上(体感では六割が限度)は上がらない模様ですから。

更に言えば、手段を選ばず金が欲しいのならば、「抜け荷」で労せずして大金が手に入るという、勤労意欲を大いに殺ぐ理由もありますし。

 


●悪事  ~徳など金を生むものか、手を汚してのお大尽~

このゲームで自分が主導できる悪事として重要なもの、それは何と言っても「抜け荷」に尽きる事でしょう。なにせ真面目な商売をするのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい、ローリスクハイリターンなのですから。

その手順はと言うと… これも至って簡単。

船頭に大量の小遣いを握らせ、アユタヤへ行かせて御禁制の品(洋酒・ガラス器・阿片)を買い付けさせる→世話人に大量の小遣いを握らせ、やくざの親分への橋渡しをさせる→やくざに一括売却


というだけで、関係者達に仲介料や口止め料を払っても、なお一度に優に数万両の純益が転がり込むという寸法ですので。

実際、本業に加え定期的に抜け荷を行っていけば、ほんの十年足らずで駆け出しから江戸一の大富豪になる事すら、左程の難事でも無いぐらいでしたから。


なお、寄港権争奪や寄合等でこちらに遺恨のある商人の密告で、時に奉行所から「抜け荷改め」を受ける事もありますが… これも日頃奉行所の皆さんと「交流」さえしっかりやっておけば、全く恐れる事はありません。調べに来るのが親しい与力であれば、例え蔵にご禁制の品が有ろうとも「俺には何も見えん、見えんぞ!」とお目こぼしをしてくれますし、仮にまずいものが見つかり御白洲に引き出される事になったとても、「これは何者かが江戸屋を陥れる為に仕組んだ事に相違あるまい!」と、お奉行様が天晴れな「裁き」を見せてくれますので。

…ちなみに「交流」が無く抜け荷がばれた日には、容赦なく奉行所に引っ立てられ、商品没収の上もれなく八丈島流し(五~十年くらい)の刑が待っていたりも。


また、このゲームで出来る大きな悪行にはもう一つ、用心棒に金を握らせて気に入らぬ商人を暗殺する、という物もあるにはあるのですが… 費用(数千両単位)や危険度に比してメリットは自己満足以外無い様なものなので、利のみを考えればまずやる必要は無いでしょう。

…ちなみにこちらに関しても、失敗し、あまつさえ自分が放った刺客が捕まって全てを自白するという最悪の事態が起こったとしても、やはり日頃のお付き合いさえ万全ならば何も恐れる事はありません。刺客が何を吐こうともお奉行様はお見通し。「無頼の者の言う事など信用出来るか!」と一喝してくれますので(結果、刺客が単独犯として死罪になり、一件落着)。

 


●人物  ~こいつは千両だ!~

このゲームには役人・商人・職人・太鼓持ち・手代・やくざ等等、様々な人物が登場しますが、一人として「無名の人物」などはおらず、皆ちゃんとした名前(町人・職人は、苗字を持たない代わりに大抵「やいやいの新吉」「裸踊りの太助」「不死身の半蔵」といった様に通り名があり)を持ち、元気に活動しておりました。

そう、とにかく彼等は、何かにつけてよく喋ってくれたものです。


「どうじゃ江戸屋、わしの夢に賭けてみぬか。悪いようにはせぬぞ」(お役人)

「お店のため、身を粉にして働きます、はい」(手代)

「見てくだせえ、旦那。船が完成しましたぜ。日本一だねえ」(大工)

「あっしは名人って言われてまさあ。あっしを知らない奴はもぐりだねえ」(船頭)

「よっ旦那、そうこなくっちゃ! さあ吉原へ繰り出しやしょう!」(太鼓持ち)

「へっへっへ旦那、悪ですねえ。悪は悪同士、また頼みやすよ」(やくざの親分)

「…おやおや江戸屋さん、こんな所で出会うとは。お互い気まずいねえ」(商人)


これらはほんの一例ですが、見ているだけでも中々楽しかったのは勿論、江戸という舞台の雰囲気作りに、ある種システム以上に貢献していたかと思います。 


なお、登場人物は基本的には架空の人々だったのですが、柳沢吉保・荻原重秀等数人はしっかり実名で幕閣にいる為付き合えますし、時に道端で井原西鶴・松尾芭蕉・新井白石といった著名人にばったり会ったり、雇用できる世話人や用心棒に隠居の光右衛門・川久保彦左衛門・宮田武蔵・一心太吉・眠り狂五郎といったどこかで聞いた事のある様な人物が登場したりと、歴史・時代劇好きにはにやりとさせられる部分も多かったです。



●その他

普段の商売や付き合い以外にも、お伊勢参り・善光寺詣でといった旅や、歌舞伎・賭博・錦絵鑑賞・吉原通いといった遊びなど、プレイ中に出来る事はそれなりにあったのですが… どんなに金があろうが、お大尽旅行とか吉原の大門を借り切るとかいった特別な事は出来ない上、いずれも正直言って大したことは無い代物(例えば歌舞伎は、豆粒の様な役者が、相対的に広大な画面をまるで虫の様にちょろちょろと駈けずり回るだけ)ばかりだったのは、何とも残念でした。

この辺りも、もっと作り込みや自由度があれば… と惜しまれます。



●人生の終焉

大体普通にプレイをして行きますと、主人公は50~70歳ぐらいで病に倒れ、妻子や番頭達に看取られつつ不帰の客となってしまいます(まあ無一文になると、餓死なのか例え20歳であろうと、即座に病死してしまいますが)。

そして通常のゲームであれば、当然自らの死と共に終了、と言う事になるのですが… この作品においてはもう一山。これまでの人生の総決算とも言うべき閻魔様の審判が待ち構えておりました。

ただ審判といっても、実の所閻魔様は見届け人の如きもので、地獄極楽行きを左右するのは「プレイヤーがこれまでの人生で出会った人物で、一足先にお亡くなりの方々による投票結果」というのが、また何とも味わい深く…


抜け荷の片棒を担がせた相手が「てめえのおかげで地獄に落ちちまった! おら、さっさとこっちへ来やがれ!」と地獄行きへ一票。

ツーカーだったお役人が「のう、江戸屋。こちらは寒く苦しいぞ。さあお前も来るのじゃ」と地獄行きへ一票。

よく仕事を頼み、祝儀もはずんでいた職人が「旦那は気風のいいお人だ、天国へ行って下せえ」と天国行きへ一票。

道端で偶然出会い、何気なく借金等の窮地を救ってあげた人物が「あの時のご恩は忘れません、さあこちらへおいで下さい」と天国行きへ一票…


といった感じで、一人一人現れては一票を投じていく様を見ながら、これまでの自分の所業を回想していく(そしてまな板の鯉の様な心境で、自分のこれからの運命に一喜一憂する)。

これこそがこのゲームの最後にして、ある意味最高の醍醐味と言えたかも知れません。


なお、些細といえば些細な事なのですが… 生前付き合いのあったやくざ達が、皆自分は地獄へ落ちているにも関わらず、「旦那は良いお人だ、さあ天国へお行きなせえ」と言って揃って天国行きへ票を投じてくれたのには、個人的に猛烈な感動を覚えたものです。なにやら侠客の心意気を見せて頂いた感じで…

 


<余話>

臨終時の事ですが、「江戸屋元禄、享年70歳」といった没年と共に、簡単にこれまでの人生を総括したコメントと人生最後に耳にした台詞が表示されるのですが… これが少なくとも2種類はある様でした。

 

最後に耳にしたのが忠実な大番頭の「旦那様、お気を確かに!」だったりすれば、まあ色々あったものの真っ当な人生だったなあ、などと感慨にも浸れるというものですが、これが吉原通いに耽ったり妾を囲ったりと放蕩三昧だった場合の結末として、「何さ、妾のくせに!」という妻の罵声だったりした日には… いや何とも。

 


<他の機種について>

最初98にて出た後、何時だかWIN95版が出ておりました。こちらは未見の為、真かどうかは判りませんが… 昔読んだ雑誌の記事によれば、忠実な移植版らしいです。

 


<総評>

SLGゲームとして見た場合、随所の作り込みやゲームバランスが甘い、商売や行動面では予想以上に自由度が低いなど、一級の作品と言うには欠点が目に付きすぎる本作ではあります。

ですが同時に、その多彩な登場人物や台詞を楽しんだり、時代劇の一シーンを行っている様な気分に浸れたりと、プレイヤーを惹きつける魅力的な要素も決して少なくはありませんでした。

よってSLG部の出来はある程度割り切り、大江戸体感ツールといった感じで捉えれば… 他に類を見ないという点も功を奏し、本作はまさに得難い逸品であったと言えたでしょう。


商品の仕入れや売買の値を自分で決めて買占めや市場の独占を狙えたり、お役人と結託してライバルを陥れたり、有り余る財力を武器に裏から幕府や藩の人事に容喙出来る様にしたりと、発展・改良の要素は幾らでもありそうな、未完の大器とも言えた本作。

プレイ当時は、そんなパワーアップした続編が出る事を心から望んでいたものでしたが… まあそれも儚き夢。

 


総合評価 … ★★★☆(多くの醍醐味を擁する、孤高の逸品)

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ゲーム夜話 @bunwa

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