【掌編】もし翼が生えたとしても【1000字以内】

音雪香林

第1話 もし翼が生えたとしても。

 高校からの帰り道、俺は彼女と手をつないで歩いていた。


 毎日のことなのでいまさら照れはないが、最初は同級生にからかわれて恥ずかしさに顔が真っ赤になっていた。


 それでもやめずに続けてきているのは、彼女がしあわせそうな笑顔を向けてくれるから。


 今日も彼女は上機嫌に微笑みながら口を開く。


「クラスメイトの女の子が言ってたの。肩甲骨は翼の名残なんですって。昔は人も空を自由に飛んでいたってことよ。素敵ね」


 俺は少し困ってしまった。

 その話が事実ではないと知っているから。


 肩甲骨は背中と腕をつなぐためのたんなる骨だ。

 ちなみに鳥にも肩甲骨はある。


 彼女が聞いた話の元になったのは、おそらくイギリスの児童文学『肩甲骨は翼のなごり』だろう。


 作者はディヴィット・アーモンド。

 カーネギー賞などを受賞しており、和訳されて日本でも出版されている。


 彼女はちょっと夢見がちな子で、この間は「妖精の丘」について話していた。

 そんなところも魅力的で可愛らしいと感じているから話を聞くのは問題ないのだが、あいづちに困る。


 俺が何を言ったらいいかと口をもにょもにょさせている間にも彼女は続ける。


「もし、私の肩甲骨が翼に進化して空に飛び立っていってしまったら、あなたはどうする?」


 ありえない話だ。

 それでも、それに対しての答えは瞬時に導き出せる。


「俺も根性で翼を生やして追いかけるよ」


 彼女は握っていた手を放して俺の正面にまわり、ぎゅっと抱きしめて来た。


「やっぱりあなたは最高だわ!」


 正解だったようで何よりだ。

 でも、彼女はそれでは終わらなかった。


「もしあなたの根性が足りなくて、私みたいな翼を持てなかったらどうするかしら?」


 追いかけられないならば。


「俺の元に戻ってきてくれるよう空まで聞こえるほど叫んで、降りてきてくれたら君の翼をもぎとって二度と飛べないようにする……かな」


 俺は、怯えちゃうかなと逃げられないように彼女の背中に手を回したが。


「やっぱり私たちはお似合いのカップルね!」


 彼女は怯えるどころか顔を輝かせて俺を見上げた。


「私もあなたの立場に成ったら同じことをするもの」


 ああ、この胸に広がる気持ち。

 たまらないな。


 縛り付けられて、翼が在ろうと何処にも飛んでいけない。


 それでもいい。

 それがいい。


 お互いへの独占欲に酔いしれながら、俺たちは深い口づけを交わした。




おわり

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