第3話 物事の表裏

 七瀬さんもバイトに慣れ始め、定休日の木曜となった。

 店を軽く手入れしカギを閉め七瀬さんとの待ち合わせ場所に向かう。

 うちの店は少し特殊であり、基本的に悩みがないもしくは自分自身で悩みに桐をつけている人物には扉が見えない仕様になっている。理由としては、うちの店は負の淀みを専門的に扱っている店であり、正の要素をもつものを入れてしまった場合その人にも負の淀みが移ってしまう危険がある。そのため、正の要素をもつ存在には入れなくすることによって、その危険性を回避することが出来ているのである。

 しかし、ここ最近になって天秤からある注意事項が送られてきた。

 現在、この街で正の要素を持っている人の行方不明事件が多発しており、各員警戒を強めること。とのことである。

 は世界の均衡を保つために設立された私設組織であり、正と負両方のバランスを保つことを目的としている。

「とは言っても、原因不明、目的不明じゃ手の打ちどころもないよな…」

 今現在、この事件によっての世界的な実害は起こっていないが、その一方で大きな正の要素をもつ人材確保が難しいのも事実である。もし、このまま犯人が捕まらずに、誘拐を続けていった場合。最悪、世界の均衡が崩れる可能性だって出てくるわけである。

 そんなことを考えているうちに店から一番近い駅に到着する。

 二階部分に改札があるため、七瀬さんとは改札前での待ち合わせを約束していた。

 最近の運動不足を少しでも改善しようと考え、階段を使ったが思った以上に息が上がる。

「運動不足過ぎるでしょ…」

 ぼそっとつぶやきながらなんとか改札前までたどり着くと、既に七瀬さんは到着していたようだった。

 こちらを見つけるなり手を大きく振り「おーい!」と声を上げているが、彼女に恥ずかしいという感情は存在するのだろうか?(反語)

 僕は周りの目を気にしつつ、彼女に近づく。

「七瀬さん、おはようございます」

「おはようございます!!」

 朝から元気な彼女を僕も少しは見習うべきだろうか?少し、彼女の元気さがまぶしく感じる。

「今日って、どこ行くんですか?」

 彼女の当然な問いに私はさもありなんと答えた。

「隣駅にある警察署ですね」

「……へ?」

 まあ、そうなるだろうなぁ…

 この時の私は、そんなことを思いながら駅の改札へと向かった。


 移動中…


「着いたー!」

 彼女が駅に降りたとたんそう叫んだ。

 県庁がある私の喫茶店の地域より栄えており、新幹線の偉大さを改めて実感する。

「それで?なんで警察署なんかに行くんですか?」

 その質問に私は行く場所を言ったのに行く理由を話し忘れてしまっていたことを思い出した。

「七瀬さんのお願いの件でちょっと聞きたいことが生まれました。まあ、昔から結構伺いに行くことが多いので大丈夫でしょう」

 私の言葉を聞いて彼女は私の顔をじろじろ見る。

「な、なんですか?」

「店長って…昔、やんちゃしてたんですか?」

 彼女の質問に私はすぐに反論する。

「そういうことではありません。私の喫茶店にはたまに虐待をされているような子供が来るのでそれの保護をおねがいしているのです。こういう場合、警察側に親しい人が存在した方がいろいろと自由が利きますからね」

 私の言葉に彼女は納得したようだが、それでもじろじろ顔見るのはやめなかった。

 駅から歩いて数分、最寄りの警察署に到着する。

 割と顔なじみになりつつある受付の女性に会いたい人物の名前を言う。

「突然すいません…この警察署にいる。若名木葵さんに会いたいのですが…」

 その言葉を聞くと彼女はすぐに内線での呼び出しをしてくれた。

「よっ!ひさしぶり」

 数分後気さくなセリフと共にご本人が登場をした。

「お久しぶりです」

 私の相も変わらない堅苦しい態度に一瞬ムスっとした顔するが私の隣にもう一人いることがわかり、すぐに状況を理解したようだった。

「そういうことね…うちの課の部屋が開いてるからそこに行こっか?」

 彼女の後についていき、一つのドアの前に到着する。

「特異現象対策調査課?」

 七瀬さんは、壁に立てかけてあるものを見ながら口に出した。

「そ、ここは現代科学では説明できない現象や事案を受け持つことを目的とする部門。各県に一つだけ置かれていてその県の特異現象は全部ここに集まるの」

 彼女は説明しながら、ドアを開ける。

「ようこそ、特象課とくしょうかへ。歓迎するよ?」

 長机を中心に周りに座りながら、葵が僕に聞いてくる。

「それで?正くんは私にどんな事件の火の粉を振りまきに来たの?」

 言葉の節々から「また厄介ごと持ってきたんかいこいつ」という感情がにじみ出ている。

「今回は僕じゃなくて、彼女の要件だ」

 僕はそういって隣に座っている彼女を指さす。

「珍しいね?正くんが他人を連れて聞きに来るなんて」

 友人がいないと遠回しに言われているような気がしなくもないが持ち前のビジネススマイルで持ちこたえる。

「まあ、いいや。それでお嬢さん。何か聞きたいことがあるのかい?」

「実は…」

 七瀬さんは私の店に来た理由そして願いまでも葵に赤裸々に話をした。

 葵は少し考え、僕に意見を求めてきた。

「正くんはこの件どう思うの?」

 僕はこれまでに状況証拠的に考えた仮説を彼女に説明する。

「あくまで予想だが、今回の件には魂喰こんぐらいが関係してる気がする」

 僕の言葉に七瀬さんは質問してくる。

「あの…魂喰って何ですか?」

「七瀬ちゃんもこいつの店で少し働いてたのなら、淀みについて知ってるでしょ?正くんの喫茶店とかは、淀み本人からノーリスクで取り除くことが可能なようになっているの。でも、世の中にはそういった処置を行わずに、淀みを悪用しようとする人たちが少なからず存在しているの、それが魂喰。淀みは処置を行わなくても発生者から切り離すことは可能だけれど、その場合魂まで切り離してしまうのよ」

 その説明を聞き、七瀬さんは一つの結論に至ったらしい。

「それって…!?」

「そう。君の親友は死んだわけではなく、魂喰に襲われた可能性がある…」

 その言葉に彼女はハッとするがすぐに次の疑問をぶつけてくる。

「でも、由愛は自室で首を吊ってったんですよ?!私自身も自殺したことは認めたくないですが、状況証拠がそろっているのに何でそんなことが言えるんですか?」

 その質問に葵がある写真を机の上に取り出した。

「七瀬ちゃん。この写真に写っている人たちってどうやって死んでしまったように見える?」

 写真を見る限り、首吊り、飛び降り、電車への飛び込みっと様々な死因が見て取れる。

「この三人の事件は、犯人は違う人だけど全ての仕業なの」

 七瀬さんはその言葉に驚きを隠せないようだ。そこで私も補足説明を行う。

「七瀬さん、魂喰に淀みを抜かれた人はその人が一度は考えたことのあるような死に方をするんだ。でも、これは本当に死んだわけではなくて世界がなくなった魂に対しての帳尻合わせのために発生してしまうことなんだ」

 これは世界での不変の原理である。中身のない器は存在していけない。それが、故意に中身を移されたものであれど…

「でも、なんで由愛が襲われたんですか?」

「現状それを特定するのは難しいですが、犯人を捕まえさえすれなわかることです」

魂喰の行動理念として、民間人に危害を加える場合必ずと言っていいほど淀みを集め何かの贄としてささげることが多い。

しかし、たかが民間人一人だけをささげた程度で何かしらの影響を世界が受けるわけではない。

だが…

「それと、これを渡しておくよ」

考えに耽っている俺をみて葵はファイルを投げてきた。

僕はそれを開いて中身を見たとたん少し驚いたが、すぐに葵の意図をつかんだ。

「さては、元からこれを僕に任せる気でいたな…?」

葵はニヤッと笑う。

「それはじゃない案件だ。組織は様々な思惑の上に構築されているんだよ。君だってしってるだろう?」

「まあね……」

僕が一人で喫茶店をやっていたこともこれに起因するのだが…

だが、これで要件は済んだ。あとは、いつも通りにするだけだ。

「今日はすまなかったな。突然、呼び出しちまって」

その言葉に葵は首を横に振る。

「別に大丈夫よ。ここ最近暇だったからいい暇つぶしになったよ」

葵はそういって僕たちを駅まで送ってくれた。

帰ろうとしたその時、葵が七瀬さんに何か話をしているのが見えた。

僕が振り返ったのがわかったのか七瀬さんが急いで僕のもとまでくる。

「彼女と何をはなしていたんだい?」

私の質問に七瀬さんは

「ええっと……店長のことをよろしくって言われました」

あの女…余計なお世話の気がするがまあ、彼女なりに心配してくれたのだろう。

「そうですか…それでは、帰りますかね」

私の言葉にうなずく七瀬さんを連れ、僕たちは駅のホームに向かった。


七瀬優視点


私が由愛と初めて会ったのは小学生のころ…

当時、わたしは引っ越してきたばかりでクラスの空気にあまり馴染めずにいた。

それはそうだ、いくら幼少期とはいえ人間社会は小さな派閥が存在する。

そういったものはたいてい初めて団体での行動をした際に構築されるものであり、それに参加していない人物がいれば、自ずとグループからあぶれるのは自明の理である。

しかし、彼女…由愛だけは違っていた。

「ゆうちゃん!いっしょにあそぼ!」

その一言に私はどれほど救われたのだろう。当時はうれしい感情以外はわからなかったが、今では感謝の念すらあふれてくる。

それから、彼女のおかげもあってか徐々にクラスになじめるようになり、彼女ともお互いに親友と呼べるような関係性を築くことが出来た。

それから数年、私たちも高校二年生になり身も心も大きな成長を遂げた。

こんな日々が永遠に続くと考えていた。しかし、それは私の考えだした甘い空想なのだと実感した。

部活帰りの夕方家に帰り、いつも通りに過ごしているときに突然スマホがけたたましい音を上げた。

電話から流れてくるのは着信音だが、私は何かいつもと異なる気がした。

その予感は的中してほしくなかった。だが、物事はそう簡単には好転しない。

スマホの画面に出てくるには「由愛」の文字。私はすぐに通話に切り替えた。

しかし、最初に聞いた声は由愛のものではなかった。

「こんばんは、優ちゃん…」

由愛のお母さんの声だった。そして、次の瞬間衝撃の言葉を私の耳がとらえてしまった。

。その言葉を聞いたとき理解することが出来なかった。

いや、正確に言えば理解したくなかった。

由愛が自殺?昨日まで元気に学校でしゃべったり、一緒に授業を受けたりしていたのに?

思考がぐるぐると回る。様々な考えが頭をよぎる。その後、私がどう対応したのかは覚えていない。

それから数日学校に行く気すら失せて、インターネットでニュースを見ているととあるサイトが目に入った。

それは、このご時世によくある都市伝説などをまとめたオカルトサイトであった。

いつもなら気にならないそれを見て何を思ったか私は気づけばそのサイトを開いていた。

ー新発見!幽霊は実在した!?ー、-夜中に突然現れる謎の光る男ーなどのくだらない記事を上へスクロールしているとある一つの記事が目に留まった。

「なんでも願いを叶えてくれる喫茶店…?」

その記事は、なぜだろうほかの明らかに嘘だとわかる記事とは違い私は確証があるかのように思えた。そして、調べていくうちにどこに出現するのか、どうすれば発見できるのかなどを研究し、ついに店を特定するに至った。

「ここって、来客した人の願いをかなえてくれるって聞いたのですが本当ですか?」

これが、初めて店長に出会った記憶である。


時は流れ……


電車が無事に駅まで到着して、早々に解散をすることになった。

「それでは、七瀬さんまた明日」

「また明日よろしくお願いします!」

そうして、私たちは駅前で解散し、私は帰路についた。

駅から離れ歩くこと数分。突然の寒気を感じる。

「?」

なぜか、ここにいてはいけない気がして引き返そうとするとそこに黒いフードを目深く被った二人組がいた。

嫌な予感が的中した。二人組がこっちに向かってきた。

「ちょっ!うそでしょ!?」

明らかにこちらを捕まえる気しかしないので私も走り始める。

しかし、おそらく成人男性である二人組にたかがJKの私が距離を引き離せるわけもなく次第に距離が縮んでいく。

「はぁ!はぁ!」

スタミナが完全に切れあたりを見渡すとどうやら無我夢中に走っているうちにどうやら路地裏に逃げ込んでしまったらしい。

ザッという音が聞こえ、後ろを振り返るとそこにはあの二人組立っていた。

あたりを見渡すが逃げ道がないことがわかる。

考えを巡らせるうちに二人組が徐々に近づいてくる。

恐怖のあまり私は目をつむっていると…

一向に私に手を出してこないことに気付いた。おそるおそる目を開けると気づけばそこには誰もいなくなっていた。

思いつめすぎたせいで幻覚でも見たのではないかと考え私はそこを後にした。

「一応、警戒しといて正解でしたね…」

私を陰から見守っていた人物に気付かずに。


楠木正影視点


七瀬さんから離れて数分少し気になったことがあったので彼女の後を追った。

そろそろ彼女に追いつくかなと考えていると、背筋が凍るような感覚に陥った。

「ッ!!」

久々のこの感覚、明らかにわかる異常に人影の少ない周り。これは、十中八九

魂喰こんぐらいッ!!」

僕は彼女に合流するのを急いだ。僕の考えが正しければ、今回の一件のターゲットは彼女の親友の由愛さんではなく……


であることが考えられた。


理由はわからないが、由愛さんが襲われたのは偶然などではなく、七瀬さんを捕らえるために行われた意図的な行動であることが予測された。

この予測が確証に変わったのは、葵からもらった資料だ。

店に帰るついでに少し資料に目を通しておこうと思い開いたのもつかの間、そこには思いもよらない情報が書いてあった。

ここ最近、発生している連続失踪事件。そして、それと同時に多発している。淀みの異常発生。これらの事件には何ら関係がないと思っていたが、どうやらそうともいかなかったらしい。

被害者の一覧を見たとき、ある共通する点がわかった。

これら、二つの事件ではそれぞれ親しい人物が対をなして被害にあっていることが分かった。

そして、今回の七瀬さんの件。親友である由愛さんが襲われたということは、次に襲われるのは…

「早めに対策しておくべきだった!」

全力疾走しながら、自分自身の詰めの甘さに毒を吐く。

予測の域を出なかったということもあるが、備えあれば患いなしという言葉もあるように何か対策しておくべきだったはずだ。

しかし、それと同時に何かしらの対策をするということは、彼女をに巻き込んでしまうことになる。

私はそれを恐れてしまった。いや、同じ過ちを繰り返したくなかったのだ。

「間に合ってくれッ!!」

彼女の気配を追っていくうちに黒いフードの二人組を発見する。

その奥には、うずくまっている七瀬さん。

状況を理解し、すぐさま最善の行動に出る。

相手もどうやらこちらに気付いたようだった。だが、もう遅い。

右側の男に肉薄し鳩尾に一撃、空中に吹き飛ばす。すぐさま、軸足を切り替えてもう一人の男を蹴り上げ、二名が空中にいる間に、私自身も飛び上がりビルの屋上で手足から崩壊し始めている二人組を回収。なんとか、七瀬さんに見つからずに対処ができた。

下を見ると、彼女が路地裏から去っていくのが見える。

ふー…と息を整え、回収した二人組を見るとすでに顔以外が完全に塵と化していた。

「久々に見たな…」

負の淀みは正規に回収できれば正しく処理される一方で、こいつらのように強引に抜かれた淀みは、魂喰の使い捨ての駒として使われることが多い。つまり、この二人も元をたどれば被害者なのである。

「……これから忙しくなりそうだな……」

僕はボソッとつぶやきながら、屋上から去っていった。


この世界は、基本的にコインのような構造をしている。

正と負。善と悪。相反することが多く存在する中で相反する者同士は切っても切れない中にある。

それは組織も同じ。

天秤と●●。

果たして、コインは裏と表のどちらを示すのだろうか?

世の中の単純なものほど複雑なものはない。







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