第2話 現実は小説より奇なり
月曜日…
朝早く、言ってた時間ちょうどに彼女は店にやってきた。
「今日からよろしくお願いします!」
元気にそう言う彼女は、初めて会った時のあのじめっとした空気感を纏っておらずこの雰囲気が本来の彼女なのだと一目でわかった。
「おはようございます、七瀬さん。本日からよろしくお願いしますね」
僕はいつも通りに挨拶をする。
「それでは、これをどうぞ」
僕はそういって彼女が来るまでに準備していた、当店特製のモーニングを彼女に差し出す。彼女は困惑した様子で私に問いかけた。
「店長さん、これなんですか?」
「従業員のまかないです」
すぐさま答えたことにより彼女はさらに困惑した様子だった。その様子を見て私はさらに言葉を付け加える。
「うちでバイトする人は、朝と昼はまかないが出ることになっているんですよ、お腹が空いていないのであれば、こちらは下げますが…」
「いただきます!!!」
僕の言葉を聞いたとたんに彼女は即座に答えた。
モーニングをおいしそうに食べている彼女を見ながら、バイトについての注意事項を説明する。
「七瀬さん、うちでバイトしていただく場合、三つの注意点があります」
彼女は、食べる手を止め私に注意を向ける。
「注意点って何ですか?」
「一つ、お客様の素性を詮索しないこと。二つ、ここで見たもの聞いたことをここ以外で話さないこと最後に…」
私は、そこで一息つき最後の注意点にして最も大事なものを伝えた。
「身の危険を感じたら、即座に私に伝えてください」
それを言うと彼女はゴクっとのどを鳴らして、素早く頷いた。
私はそんな彼女を見てにっこりと笑い、
「それでは、開店準備を始めましょう」
そして、彼女の親友を生き返らせるための労働が始まった。
「注文お願いしまーす」
「はい、少々お待ちください」
開店して数分で席が埋まる。
うちはそもそもそこまで広い店ではない十数席ほどしかないこじんまりとして喫茶店であるが、それでも月曜日と水曜日は開店から二、三時間ほどは席が埋まり続ける。
しかし…
「彼女、すごい動くな…」
もともと、一人で回すこと自体が不可能に近い状況において、一人増えたところであまり変わらないか、よくてほかのお客様リソースをさけることが出来るのが関の山であるが、彼女は僕の予想を超える働きをし無事に初日にしてこの地獄のような状況を捌き切った。
「疲れた…」
いったん昼休憩に入るために閉めた店内にて、カウンターに突っ伏した彼女がつぶやく。そんな彼女に苦笑しながら、働いてみた感想を聞いてみる。
「初日にしては、素晴らしい働きでしたよ七瀬さん。働いてみてどうですか?」
ぼくの質問に彼女は一瞬考えたような表情をしながらも意を決したように僕に聞いてきた。
「働くことはとても楽しいんですけど…接客中にお客様の背中に何にか黒いもやみたいなのが見えた気がするんですけど気のせいですよねー」
たはは、と彼女は笑っていたが
「いいえ、気のせいではありませんよ?」
僕のその言葉に彼女はギョッとして、
「気のせいじゃないんですか!?」
大声を上げた。そんな彼女は見ながら僕は淡々と説明をする。
「あれは、淀みといわれるものです」
「淀みですか?」
オウム返しをする彼女にさらに詳しい説明をする。
「人間、生きている限り負の部分が必ず生まれます。それはどんな聖人でも必ず生んでしまうものです。私の店はそのような人たちの淀みを食事やお話で取り除くことを目的としていてね」
そこまで説明すると彼女はポカーンとしながら口をパクパクしていた。
どうやら脳内での整理が追い付かないらしい。
数秒後、再起動を果たした彼女はさらなる質問をする。
「ということは、さっきのお客さんってみんなそれぞれ淀みを持っていたってことですか?でも、大人の人たちが多かったのにみんな淀みを持っているなんて不思議なもんですねー」
「今日は月曜日ですからね…会社に行きたくない人たちが淀みを生んでしまうのでしょう」
「そんな、小さな理由でですか?」
彼女のその疑問は高校生らしいと思った。
彼女はまだ社会を経験しておらず子供と大人の違いがあると考えている。
「その小さな理由でも人の感情ですからね、理由はどうであれそれは大きなエネルギーをもつ。学生もそうですが、むしろ大人ほどこういった人生という道においての休息が必要なのかもしれません」
「でも、そんなに重いものならおいしいごはんだけで、気分が変わるものなんですかね?」
「小さな幸せも、小さな負の淀み同様に大きな力を持ちます。そのちょっとしたことのバランスが人生には必要なんです」
そうなんですねー…彼女が感心したように言っているのを尻目に私は次のお客様の準備を始める。
「七瀬さんも次のお客様の準備をしてください。次のお客様は朝来ていただいたサラリーマンの方々よりも少し工夫が必要ですから」
「わっかりました!」
ビシッっと敬礼をして彼女も準備を始める。やっぱり素はいい子なんだと改めて分かった。
カラン・カラーン
ドアベルの音と共に一人の女の子が店に入ってきた。服装からして中学生だろうか?
彼女は不思議なものを見ているよう表情で店内を見渡し私と目が合った。
「いらっしゃいませ、ようこそ喫茶ブレイクへ。おひとりさまですか?」
私の言葉にコクっと頷いた女の子を七瀬さんが案内する。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
七瀬さんのことばに女の子は店に来て初めて口を開いた。
「あの…ここって、願いをかなえてくれる喫茶店であってますか?」
どうやら彼女も七瀬さんとおなじ目的でこの店に来たらしい。
ヘルプの視線を受けて私はカウンターからでて彼女のテーブルに近づく。
「合っていますよ、申し遅れました。私、この店の店長をしております。
「私は今日から働かせていただいている。七瀬優って言います。あなたのお名前は?」
七瀬さんの質問に女の子が答えた。
「私は、
女の子いいや、大崎さんは私たちに相談をしてきた。
どうやら、彼女は同じ中学の先輩のことが好きらしくどうしても、彼女になりたいのだという。
「先輩の彼女になりたいんです。この願いって叶えていただくことはできますか?」
彼女の質問に私は少し考えて意見を口にした。
「そういったことでしたら、年の近い七瀬さんの方が適任でしょう…七瀬さんお願いすることできますか?」
私の言葉に彼女は、少し驚いたようだが私の考えが伝わったのだろう。
「……分かりました、頑張ります」
彼女は、そう言って大崎さんの前の席に座り彼女の話を真摯に聞いたうえで意見を出すなどをして彼女の恋の相談にのっていた。
数十分後…
自身を付けた大崎さんが退店し再び、客が誰一人いなくなった。
「なんで、私を彼女の相談役にしたんですか?」
彼女は純粋に僕に質問をする。
「彼女の悩みはまだ、完全に淀みと化していませんでした。でしたら、七瀬さんでもなんとかなると考えての判断です」
私の言葉を聞いても彼女はあまり納得していない様子。
「でも、私がしたのってただ相談にのったり、意見を少し出したくらいですよ?」
「それでも、今回の大崎さんのなかでその相談が彼女の思いをさらに大きくする要因になったというわけです。淀みになった場合は必ずしもそうとは言えませんが、淀みの原因となる悩みというものは存外誰かに話すことによってなくなってしまうようなものです…」
私の言葉を聞いて納得した七瀬さんはサービスとして淹れたコーヒーを一口飲みながら、一息つく。
こうして、無事にバイト一日目が終了をした。
薄暗い路地裏
何かを引きずる音が聞こえる。
ずるり、ずるりと大きなものを引きずる音が、それは明らかにこの世のものとは思えない空気を纏い、路地裏に消えていった。
世の中には、善悪で区別をつけることが不可能であるものが多い。
しかし、それを見た人は全員が悪と断言することを予想することは容易い。
あれは、元来そういうものなのである。
存外、ことわざにある「現実は小説より奇なり」という言葉も間違っているとは言えないらしい…
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