音
白兎
音
夜の九時を過ぎた頃、私は一人で怪談師の動画を見ていた。
一人暮らしの女性のマンションのベランダでカシャカシャと音がする。そんな語りに差し掛かった時、私の部屋のベランダで、突然何かがぶつかる音がした。この季節、部屋の灯りに誘われて虫が飛んできて窓にぶつかる事はよくある。だいたい、カメムシとかカナブン、ハナムグリあたりだが、今の音はそんな小さな物ではない。怪談を聞いていたから、私の心臓は跳ね上がるほどドキリとした。
「何?」
私は驚いて、窓に目を向けた。動画の怪談師の話は続いていた。カシャカシャと音がするベランダへ、女性が近付いてカーテンをシャッと引いて開けた。そして女性は窓に映る自分を見て、外が暗く何も見えない事に気付いた。恐怖心もあり、窓は開けずにカーテンを閉める。
私はそんな怪談の語りを聞きながら、音の正体が気になっていた。語りの中の女性と同じように、カーテンを引いて窓の外を見た。そこにはやはり私が映っていて、外は見えなかった。窓には鍵はかかっていない。ここから誰かが侵入するなどないと楽観していたからだ。私はカーテンを閉めて、ソファーに座り、再び動画に目を向けた。そして、怪談師の話は続いていく。女性の部屋では次の日も、そして、次の日も同じことが続いた。あまりの怖さに、何日目かには恋人の男性を連れて来た。その日も、ベランダでカシャカシャと音がした。男性はベランダを確かめようと近付いた。女性はこわばった表情で、それが何か知っている。怒らせないようにと男に言った。男性は分かったと言って、そっと窓に近付いてみると、窓の外、上部に逆さまになって半分だけ顔を出した女の目がこちらを向いていた。カシャカシャと鳴っている音は爪で窓をひっかく音だった。
そんな話を聞いていた私はぞくりと背筋が冷えた。その時、また、窓に何かがぶつかる音がした。
「何なの?」
怖さもあるが、それが一体何なのか、知りたいという欲求もあり、窓に近付いてカーテンを引き開けた。しかしそこに映るのは自分だけ。部屋の灯りが邪魔をして外が見えない。しかし、窓を開けるのは怖い。そっと鍵をかけ、部屋の灯りを消した。そして、ガラス越しに外を見たが、真っ暗で何も見えない。再び灯りを付けて、怪談師の動画を見ていると、また、窓に何かがぶつかった。
「また? 一体何?」
私はもう、その正体が何なのか、しっかりと確かめたくなった。再び部屋の明かりを消し、スマホの灯りで外を照らそうとしたが、やはりガラスは鏡のようにこちらを映す。しかし、何としても正体を知りたい。どうにか、見えないものかと目を凝らすと、窓の下からそれは顔を半分だけ見せた。
「お前かよ!」
私は思わず声を上げた。顔を見せたそれはセミだったのだ。
音 白兎 @hakuto-i
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