首無し

天西 照実

首無し


 人の姿は見る角度によって、印象や見え方も変わるものです。

 正面顔と横顔の雰囲気が異なり、同一人物だと気付けない場合もあるほど。

 これは、そんな見間違いによる恐怖体験です。



 もう、30年近く前のこと。

 当時、小学生だった私は、夏休みに学校でプールの授業を受けなくてはいけませんでした。

 ほとんどのクラスメートが来ていたので、自由参加だったのかどうかは記憶していません。

 あれは、その帰り道のことでした。


 田舎の住宅地。道を行くのは、いつも自分ひとり。

 そこは日陰も少ない炎天下の、長い一本道でした。

 真夏の暑さのなか、屋外を歩いている人の姿を見かける事はほとんどありません。

 ただ、その日は珍しく、目の前から歩いて来る人が見えていました。

 近付くにつれ、気が付いたのです。

 えんじ色の服の女性。杖を突いていて……頭がありません。

 まさか、まさか……と、思いながら、足が止まってしまいました。

 逃げるべきか、横を駆け抜けるべきか。

 でも家へ帰るには、その道を通るしかないのです。

 私に出来たのは、とりあえず近くの電信柱の陰に隠れる事でした。

 プールバッグの中に手など入れて、忘れもの確認をアピールしながら、首無し女性の様子をうかがっていました。

 杖を突いた高齢女性が近付いて来るまで、とても長い時間を怯え続けていた気がします。

 きっと頭も目も無いから、杖を突いてゆっくり歩いているんだ……。

 ほぼ真横に近付くまで、首無し状態の謎は解けませんでした。


 頭部が見えた瞬間、驚きの声を上げそうでした。

 顔が真下を向くほど、背中の曲がっている高齢女性だったのです。

 服と同じ、えんじ色の帽子を被っていたので、正面からは頭部の無い人間に見えてしまいました。

 首無し妖怪でなくて良かったと、ほっとしながら家まで逃げ帰ったのを覚えています。



 子どもながら、とても失礼な想像をしてしまいました。

 きっと、ご不便なさっていた事でしょうね。


 正面からは真っすぐ立っているように見えても、横からは姿勢が悪く見えたりもする。

 着慣れない服のコーディネートやヘアスタイルを整える時も、正面だけでなく横や後ろからもチェックしなくてはいけない。

 そんな事を思うたび、この恐怖体験を思い出すのです。

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首無し 天西 照実 @amanishi

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