第11話 幼馴染みの困惑

「どういうことだ!?」


 シュナイツェ侯爵家の屋敷の一室。

 この家の次男であるグリード・シュナイツェが報告書と共に拳をテーブルに叩き付けていた。

 だが、叫んでもグリード以外に誰もいない部屋では答えが返って来るわけがない。

 暖炉の火がパチパチと小さく響くだけだ。


 グリードは自身を落ち着かせるために深く息を吐き、何か見落としがあったのかもしれないともう一度報告書を手に取った。

 だが、そこに書かれているのは簡潔な一文。


【湖に落ちたティアリーゼ・ベルンハルト公爵令嬢は、我々が救出する前に光と共に消えました】


「………………」


 何度読み返しても、見落としも読み間違いもあるようには見えない。

 大体このような短い文をどう読み間違うというのか。


「はぁ……意味がわからん」


 諦めるようにまた深く息を吐き、グリードは濃い青の前髪をクシャリと掴んだ。

 一昨日、お茶会の場でティアリーゼを断罪し処刑するとフリッツの口から聞かされたときは悪趣味な冗談だと思った。


 メラニー子爵令嬢と関わるようになってから、フリッツやその周囲の様子がおかしいことには気付いていた。

 だが、フリッツとティアリーゼは幼い頃に婚約してから、ずっとお互いを尊重する良きパートナーだった。……恋愛感情は無いようだったが。

 そんな信頼しあっていた相手をいきなり処刑するなど……冗談以外にあり得ないと思っても不思議はないだろう。


 だが、最近の二人の様子を見ていれば不安がよぎるのも確か。

 なので個人的に魔術師を雇い万が一のときはティアリーゼを助けるよう依頼していたのだが……。


「まさか、本当に湖に落とすなんて……」


 どうやら本気らしいと感じ取って止めに入ったが、それでも強行された。

 下の者の意見もしっかり聞き届けてくれる方だったというのに、もはや別人とすら思えてしまう。


 フリッツを止められなかったことは悔しく思うが、万が一の保険は掛けていた。

 その保険がティアリーゼを助けてくれるはずだと思っていたのに……。


「【光と共に消えた】ってなんだよ? 魔術でも神術でも、人を消す術なんて無いはずだぞ?」


 難しくはあるが、周囲の景色を自分に映し姿を見えにくくする術ならある。

 だが、存在そのものをその場から消す術などありえない。

 あるとすれば、それはもう神の領域だ。


 ありえない……と口内で呟くと、丁度ドアをノックする音が聞こえた。


「失礼いたします。グリード様に神官のお客様がいらっしゃっておられます」

「神官? 俺にか?」


 ドア越しでも良く聞こえる家令の声に、思わずくり返すように聞く。

 懇意にしている神殿からの使いであれば、家長である父か跡継ぎの兄を訪ねるだろう。

 父や兄ではなく自分を名指ししたということに疑問を覚えた。


「はい、グリード様への面会を願われております」


 間違いの無いことを念押すような家令の言葉に、グリードは少し考えてから返事をする。

 自分を名指ししての面会ということで少々不審さはあるが、家令がわざわざ知らせてきたというならば神官を語る不届き者というわけではないだろう。

 本物の神官であれば、目的がなんであれ無碍にするわけにはいかない。


「……わかった、客間に通しておいてくれ」

「かしこまりました」


 返事の後、ドアの向こうの足音が遠のくのを聞きながら、グリードはもう一度報告書を見てため息を吐いた。

 雇った魔術師のこの報告書に間違いが無いのならば、ティアリーゼは生きているのか死んでいるのかすら分からない。


「いっそ神官に頼んで神頼みでもしてみるか?」


 自分を訪ねてきたという神官に願ってみるのも良いかもしれない、と自嘲気味に呟いたグリードは、一文しか書かれていない報告書を暖炉に投げ込み部屋を出た。



 そんなグリードは、客間に入った途端膝からくずおれることになる。

 なぜなら、その神官というのが生死も分からないと思っていた幼馴染み、ティアリーゼ・ベルンハルトだったのだから。

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推し神様へ嫁ぐため聖女を目指します! 緋村燐 @hirin

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