シネマライト

衣純糖度

シネマライト


映画を観ている。

ミニシアターで観客は俺だけ、俺だけが映画を観ている。

映画は始まったばかりだ。主演は一人の男で、画面いっぱいに赤子の頃の彼がいる。きゃっきゃっと高い声を上げて両親から構ってもらっている彼が俺の知っているゴツくて背の高い姿になるのかと思うと不思議な感覚になる。赤子は柔く、その頬はマシュマロのようだった。

「赤ちゃんの頬って食べたくなるよな」

そういえば、彼はそんなことを言っていた。その時はサイコパスかよと思ったが今になってわかる。確かに、画面に映る赤子の頬を食べたいと思った。

映画は続く。

赤子から一人で歩けるまで彼は成長した。幼少期の大事件として、彼から聞いたことがあったエピソードが流れる。足に消えない傷が残る怪我をおった近所の犬に追いかけられた事件とデパートで迷子になった事件の映像が壮大な音楽と共に流れる。彼から聞けば二つとも大事件のように聞こえたが、客観的な映像として見れば子供特有の微笑ましい事件で俺の頬も緩んでしまった。

幼少期の場面は切り替わり、彼は保育園児になった。

成長した彼は暴れん坊という言葉が似合うわんぱくな子供だったみたいだ。落ち着きなく走り回って、給食の苦手なにんじんをポケットに隠して、おとなしい友達を泣かせて怒られていた。想像した通りの映像が流れて俺は片方の口角を上げて笑った。

そのまま彼はスクスク成長し、小学生となった。

小学生になった彼は運動の好きな子供で、特にバスケットボールに夢中だった。ミニクラブに入って運動の楽しさを知るようになる。

しかし、ここで彼の人生に翳りが生まれる。彼自身は変わらない。変わらないが彼の両親が変わってしまった。元々喧嘩の多い2人だったが、修復しようのない亀裂が入ってしまった。その亀裂の由来はわからない。この映画は彼の視点から見るものだから彼が知り得ないことは観客だって知り得ない。

喧嘩の絶えない日々の中、彼の両親は彼が小学校五年生になる時に離婚をして彼は母親と二人で暮らすことになる。

突然父親を失った彼は不安定になった。言いようのない怒りをぶつけたいと思う。けど、一生懸命働いて彼の世話をしてくれる母親にぶつけることなんてできず、彼は一人で枕を叩くことしかできない。

そんな時、彼は母親からのお下がりのタブレットで遊び始める。最初はゲームしかしていなかったが、そのうち飽きた彼は映画のサブスクのアプリを開く。

彼の母親はすっかり忘れていたが夫とアカウント共有をしており、どんな映画を観たのか、共有していた。

彼は父親が過去に見ていた映画を見始める。

中には小学生には早いんじゃないかという映画もあった。しかし、彼は欠けてしまった心の隙間を埋めるように、映画をみた。

父親が好きなのは洋画だったらしく、白黒映画のロマンス映画から最新のアクション映画まで様々だった。つまらなくて途中で寝てしまうこともあれば、おもしろすぎて見終わった後もしばらく茫然としてしまう時もあった。

彼は映画を夢中で見た。彼は映画から世界の広さと狭さと残酷さと美しさをくだらなさと面白さ学んだ。


バスケットボールが好きなスポーツ少年の彼の毎日に映画を見ることが加えられた。

彼はそのルーティーンを継続したまま中学生となった。中学生になった彼はバスケ部ではなく陸上部に入部した。部活終わりにいくらクタクタになっても寝る前に30分程、映画を観た。

父親とは時々会っており、父親とだけ映画の話をした。しかし、その面会がなくなった。父親が再婚し子供ができたため、明言された訳ではないがいつのまにかその機会はなくなった。

彼は映画を語れる人がいないことに寂しさを感じる。けれど、仕方がないと彼は言葉を飲み込んだ。父親にも母親にも彼は幸せになって欲しかった。


中学を卒業すれば彼はスポーツ推薦で高校に入学した。

彼が高校に入るとそこで俺が登場する。俺は彼の視点から見て相当癖のある人だった。成績は良いが人付き合いのできない、いつもスマホをみている暗い人間。同じクラスだが親密に関わることはないだろうと彼は思っているようだった。

しかし、機会は突然訪れた。

「それ、何見てんの?」

彼がそう言って話しかけたのは自習の時間だった。テスト明けということもあり、教室では誰も勉強をしておらず騒がしくはないが話し声で満ちていた。

一人、イヤホンをしてスマホを横に向けて画面を見ている俺の肩を叩く。彼にイヤホンを外してその時に見ていた映画のタイトルを答えれば彼の顔は明るくなった。

そのまま誰も座っていなかった俺の前の席に腰掛けると彼はにこやかに話し出した。

その時の俺はこのクラスに自分程映画を見て入る奴なんていないと思っていた。最初に彼の口から出てくるタイトルが有名どころばかりでちょっと小馬鹿にしていたのに口から出されるタイトルがどんどん増えてどんどんマイナーになって行くたびに俺の馬鹿にした笑みはなくなった。

しまいには俺が見たことない古い洋画を上げていき俺は完全に白旗だった。

この登場人物が俺じゃなければこの展開に俺は笑っていただろう。

彼は自分と同じぐらい映画を観ている俺に感動し、彼は映画の話を俺にするようになった。

そこから僕と彼は一緒に映画館に行くようになる。

月に1.2回程で、予定があわなければ一緒にいかない月もあった。それでも僕らは映画を観る時は互いを隣に置いた。

終わった後にああだこうだと感想を言い合う、よかった場面、わからなかった事、素敵だったシーン。

彼は失ってしまった映画を共有できる人物を手に入れた。



(俺の映画だったらここはきっと結構な時間をとって省かれる部分なんてなく、重要なシーンとして描くだろう。けど彼の映画では数多あるシーンの一場面と同じ扱いだった。

この映画にはないが、俺視点から見た2つのエピソードがある。

1つは彼と映画に行くようになって何度目かの映画館でのことだった。

映画を観て泣く彼を一度だけ見たことがあった。映画館でエンドロールが終わった後、彼は席を立たずに手を顔に当てていた。ふざけているのかと肩を揺すれば彼は赤くなった瞳をこちらに向けて声もなく泣いていた。

確かに主演の俳優の演技は目を見張るものがあった。ストーリーの構成も唸るものがあった。けどどこが彼の琴線に触れたのか、俺はわからなかった。

彼の瞳から涙が溢れる、映画を観て、彼が泣いている。

俺は今までで感じたことのない感情になる。後から思い返せば俺はこの時に彼がただの友人から別の枠に当てはまる人物となった。真っ只中にいる僕は理解できなかったが俺の人生がロマンス映画だったら起承転結の起にあたる部分でここから俺の人生は始まった。

俺の琴線に彼はその手のひらで触れてきた。

二つ目は映画館で上映を待っている間の数分間の何気ない雑談だ。

「映画になりたい」

彼がそう言ったので映画監督になりたいのかと伝えたら「違う」と言われた。

「映画そのものになりたい」

普段はそういった不思議な発言をしない、相手の理解できないような自分の思想は胸にしまっておくタイプだった。

「映画になって上映されていたい」

そういう映画のような人になりたい、ではなく、彼は映画になりたいと言った。

俺は普段の彼から想像できない台詞で、俺は驚いたけど、そんなそぶりは見せないようにして冷静に受け止めた。彼はきっと俺が馬鹿にせずに受け入れると思ったからそう言ったのだ。

俺は自分が彼の心情を吐露するに値する人物になれたことを喜ぶ。今まで俺にそんなことをする人間はいなかったから俺は人の特別になれたことを喜んだ。

その詳細を聞こうと思う前に会場が暗くなってしまった。それからその詳細を聞けないまま俺たちは高校を卒業した。

これはあくまで俺の思い出だ。この映画は彼の映画だから、俺の思い出は反映されない。

映画の続きを見よう。)


彼の人生に二回目の翳りが訪れる。

高校2年生の進路を決める段階だった。彼は将来、うっすらとだが映画に関わる仕事をしたいと考えていた。そのために大学に進学する進路を望んでいたが、諦めざる得ない状況となった。

母親が精神的な不調を訴えて寝たきりの生活になってしまった。元々ストレスの多い職場だったが、母親は息子のために辞めず、長い間勤めていた。蓄積したものが溢れかえった時にはもう遅かった。

仕事も家事もできずにうずくまっているだけしかできない母親を彼は世話をすることに決めた。

大学進学を諦めた彼は高卒で公務員となる道を選び、勉強をはじめた。彼はそれ自体に文句はなく、母の世話をするのは当然と思っていた。しかし、何も知らない彼の映画を観る友人から映像制作を学びたいという理由から芸術学部に進学すると伝えられた時、密かに彼は泣いた。


高校を卒業し、希望通り公務員となった彼は忙しい毎日毎日を送った。慣れない仕事と母の世話を繰り返す毎日の中、彼の心は疲弊していく。けれども彼には映画があった。あるはずだった。

彼がそういえば映画を観ていないと気がついたのは、最後に映画を見てから二ヶ月ほど経過した時だった。

当たり前だ。朝から仕事へ行き定時に帰宅はできるが、帰宅してから母の世話と家事を行えばもうクタクタで眠るしかできない。休日は雑用と仕事の勉強をして、あとは睡眠ばかりした。映画を観る時間も気力もない生活だった。

自分の中心にあったものが薄れてゆく感覚になる。彼は急いで映画館へ向かう、気になる映画のチケットを買って座席に座りスクリーンを眺める。久しぶりに見る映画にワクワクした気持ちを持てたのは最初だけだった。集中していたのにいつのまにか別のことを考えてしまう。仕事のこと、母のこと、これからのこと。スクリーンを見ていなかったことを気づけた時、もうストーリーは理解できない場所まで進んでしまった。彼は自分にショックを受ける。あんなに大好きだったものを観ることができなくなった。

彼は上映の途中だったが、席を立ち、映画館を後にした。

以前と同じように楽しめない自分にショックを受けるぐらいならと彼は映画のサブスクを解約し、買ってあったDVDも見えないように押し入れの奥にしまった。今は母との生活を送ることが重要だった。


(俺はこの時の彼に何度か連絡をした。面白かった映画の話、映画に行かないかという誘いに彼は「もう映画は見ていないんだ」とだけ返してきた。映画がなければ俺は彼に連絡をとれなかった。そこから俺たちはお正月の時にあけましておめでとうと送るだけの関係になってしまった)


そこから月日は流れ流れて、彼はいつの間にか30代となった。彼女ができたことも何度かあったが、彼の母親の姿を見ると全員去っていき、彼は独り身のままだった。

その母親が亡くなったのは彼が丁度31歳を迎える前日だった。弱っていた身体に癌が発見され、あっという間だった。

彼は一人になってしまった。葬儀を含む全ての手続きが終わり彼は余暇の増えた日々に戸惑う。今まで抱えていた重荷が取れて体が浮かんでしまいそうな感覚。

それは父親がいなくなってしまった時と同じだった。

彼はまた映画を観るようになった。

彼が映画を観ない期間に映画はさらに増えていた。彼はとりあえず有名な賞を受賞したものから順に見ていく。

空っぽになった日々を映画が埋めてくれた。

俺と彼が高校卒業以来再会したのは丁度その時だった。

映画を観なくなった彼と俺の交流は絶たれていたが、映画を観るようになってから彼は俺を思い出して「会わないか?」と連絡を送った。

再び画面に俺が登場する。


(済ました顔で久しぶりなんて言っているが、本当は連絡が来た時に、携帯を落として、それを拾おうとして机の頭をぶつけて無様な醜態を職場で晒していた。)


久しぶりに再開した僕らはファミレスで近況を話す。

俺が質問をして、彼はこれまでの概要をかいつまんで話をする。それを聴き終えた画面の俺は今度は自分の成果を話し出す。


(自慢じゃなくて彼にすごいと言ってもらいたかっただけだったが画面の俺は得意げに自慢をする、高慢の男のように映っていた。)


それを要約すると次のようなことだった。

大学で映像を学んだ僕は卒業し、映像制作の会社に入社をした。そこでさまざまな媒体の映像編集を学び最終的には映画の編集をするようになった。

その際に知り合った数名との雑談で俺はある野望を話をする。

流行している動画生成AIを通じて、実際に生きている人の人生を映画化するというものだった。

実在する人物の人生の記録を用いて映像化する。ただの映像化じゃない、映画にするというのが重要だった。

俺の話に興味を持った数人がいて、プロジェクトは開始した。最初は数人で始めた小さな計画が、次第に関わる人が増えていき、最終的には興味を持ったベンチャー企業へ売り込むことに成功した。

俺はそのタイミングで転職し、本格的なビジネスとして計画が始動していった。

その映像は、あなたのための映画という意味、「Your move」と命名された。

人生を全て描くような長い映画もあれば、短い思い出のシーンをショートフィルムのように再現したものあった。例えば子供のお誕生日会のシーンを残して欲しい、結婚式で流すオープニングムービーで付き合って結婚するまでの過程を映像化してほしいという依頼などもあり、「your movie」は知名度を上げていった。

俺はそこでAIに無数のアングルを学ばせていると俺が長々と説明をしている。


(俺はこのとき、話をすることに夢中で彼が話についてこれていないことに気づけていなかった。画面を見れば彼は頭の上にはてなマークを浮かべている表情をしていた。)


全て話し終えた俺に彼は要約する。

「自分が主演の映画が作れるようにになるってこと?」

俺が自慢げに頷くと彼は「すごいな」と言った、けどその後にどこか上の空になってしまう。しばらくは話を続けたか、俺は彼が上の空になっていることを気づいて帰ろうと伝えてそのまま俺たちはファミレスの前で別れる。


(俺はこのとき、ショックだったことを覚えている。

「すごいな、そんなことやってたのか。俺もそれをやってみたい」

彼がそう言ってくれると思っていた。そうしたら俺は彼の人生を映画化して、彼を映画にしようと思っていた。そのために、俺は映画にかかわっていたから)


彼は俺と別れた後、一人物思いに耽る。すごいことをしている同級生を羨みそうになっていた。俺は何もないつまらないに人生を、送っているのに…。暗い気持ちになるが、すぐに思い直す。俺だって今からしたいことをすればいい、母も家族もいない、俺は自由になんだってできる。空っぽで浮いてしまいそうだった彼はそのとき、浮かぶことは悪いことではないことに気がついた。俺は浮かんでどこへだって行けるのだ。

そう言って彼は空を飛び始めた。地面から足を離して、キラキラと輝く星空をバックに飛ぶ。そして自分の家の前に着地をした。


(これは俺がこだわった場面だ。実際には彼は空を飛んでないが、これは映画だし、彼がこの場面を見た時に笑ってくれたからこれでいい。)


そんな彼が目標として掲げたことは映画館をつくることだった。ミニシアターを作り自分の好きな作品を永遠と流す。そんなことを夢に見た。

彼は公務員の仕事を退職した。

そのまますぐに大手の映画館でバイトを始める。映画館で働いたことのない自分が映画館を作るなんて無謀だと考えた、そのバイトに慣れてくれば経営の勉強もしてそのうち都心ののミニシアターを巡るようになる。それに俺がくっついていくシーンもある。


(俺は最初、彼のミニシアターを作りたいという夢に戸惑う。しかし、彼のやつれていた暗い顔がイキイキとしていく姿に、高校生時代の彼の面影をを見つける。俺は彼がしたいことを応援したかった。)



ミニシアターを巡るうちに一人のミニシアターの管理人と親密に交流を持つことになる。彼がミニシアターを作りたいと考えていることを伝えれば彼に運営の仕事を教えてくれた。彼よりは20歳ほど年上のはっきりとした物言いの癖のある人物であるが、面倒見が良いのよい豪胆な女性だった。バイトをしつつ、週一回程、ミニシアターで彼女の後ろで勉強をした。

そんな日々を過ごしていれば気がつけば五年の月日が経っていた。


彼女が管理するミニシアターを閉めるという話を聞いた時、彼はすぐに譲り受けたいと申し出をした。

しかし彼女は反対した。設備が古くなっているために改築が必要であるが、不況のため経営が厳しくそれが難しいために仕方がなく閉館すると彼女は悲しげに語る。

それなら俺が改築の資金を集めますと彼は声高らかに宣言をする、しかし彼の声はすぐに小さくなってしまった。

提示された金額を見れば到底用意できないもので彼は困り果てる。自身の貯金もその金額を出せば少しは賄えるが全額ではない。その上、融資はすでに断られていると彼女は言っていた。

彼が頭を悩ませていれば、そこに俺が登場する。

俺は一つの提案をする。

会社で「Your move」を流す専用の映画館を作る予定があった。依頼されたデータだけを渡すのは味気ないという声があがり、「your movie」を依頼した人物やその人が呼んだ人物を招いて上映会を行うサービスを提供する計画があがり、この映画館を推薦するというものだった。改築の資金も月々の契約金も支払う。通常の映画館運営とともに依頼があれば「your movie」の上映会を行うという契約の内容だった。

彼はすぐにその契約を結んだ。

工事は早急に進められ、話が出てから半年後、彼はミニシアターの新しい管理人となった。

シアターの入り口に掲げられた新しい映画館の名前は「シネマ•ライト」だった。


そこからの彼は夢に見た日々を送る。管理人は楽なことばかりじゃない。けど、映画を上映してそれを観客が観にくる。映画と観客の橋渡しとなれていることに彼は喜びを見出して、生きていることを実感できた。

そして時折依頼が入る「your movie」の上映を行った。彼は様々な人の人生を見た。偉大な功績を残した大企業の社長まで上り詰めたの男性の映画から、病気で亡くなった専業主婦の闘病の映画、それから初恋の人と夏祭り行った場面だけの映画。様々だった。

それを見ながら彼は自分が映画になるのであれば、映画に人生を捧げた男の映画が良いと考えた。


だから、これからの映像はダイジェストだ。

彼がミニシアターの運営を初めて15年程の月日が流れた時、彼の体に癌が見つかった。母親と同じ部位で、見つかった時は手遅れだった。そこからの彼の行動は早かった。ミニシアターの運営を信頼できる人へ託し、経営権利を譲った。

そして観たかったが観れていなかった映画を全て観ることにした。その時に彼が隣に置いたのは俺だった。彼の家で、映画館で、シネマライトで、俺の家で、俺たちはずっと映画を見ていた。


(一緒に見るのが俺でいいのかと彼に聞けば、お前以外に誰がいるんだと返してきた。俺は外せない用事以外の時、彼の隣で映画を観た)


映画を見る日々を送りつつ、彼は自身の「your movie」を作成した。担当したのは俺だった。彼は俺に告げる。「闘病の部分はいらない、映画に人生を捧げた男の映画にしてくれ」

俺は言われた通りに彼の半生を描く。亡くなる直前に彼はシネマライトで完成した自身の「your movie」見始める。映画に人生を捧げた男が、映画となって人生の幕引きをする。

そこでこの映画は終わりだ。エンドロールが流れはじめて、主演の部分に彼の名前がありその数個後に俺の名前があった。


(彼が亡くなった後に初めて見た彼の「your movie」は一度見たことあるはずなのに何故かその時よりも泣けてくる。彼はこれを見て、俺にありがとうと言ってくれた。そして数日後に息を引き取った。その現場に立ち会ったが今でも思い出すと手先の冷たい感覚になる)


エンドロールが終わり会場が明るくなると思っていたのに、なぜか暗いままだった。俺が戸惑っていればスクリーンがまた明るくなり、映像がながれる。

そこには病室のベッドで体を起こしている彼の姿があった。頬がこけて、顔色の悪さから亡くなる直前に撮られていることがわかった。彼はカメラに向かって話している。これは生成AIを用いていない本当の彼の動画だった。

「古賀、観ているか? これは古賀に秘密で撮っている。撮り終わったら俺の映画の後にこっそりとつけてもらうようにお前のアシスタントの安西さんと約束した。

昨日、完成しあ映画を見せてもらって、なんだか俺の人生って客観的に見るとこうなるのかと不思議な気持ちだった。けど、一つだけ違っていることがあって俺はあんなに聖人君子みたいな人間じゃない。表には出さなかったけど、大学に行けなかった時も、父が別の家庭を作ってしまった時も、母が病気になった時も、なんで俺ばかりこんな目に遭うんだって嘆いて周囲を恨んでいた。俺の人生を寄り添って助けてくれる人がなんでいないのかってずっとずっと嘆いていた。

けど、俺にはずっと古賀がいたんだよな。

古賀がずっと俺を助けてくれていた。父を失った時に映画を一緒に見てくれた。お前に嫉妬して連絡をとらなかった時もお前からずっと連絡をくれて縁を繋いでいてくれた。母が死んだ時に連絡した俺を受け入れてくれた。ミニシアターを作るから退職すると言った時、周囲は反対したけど、古賀だけが応援してくれた。終いにはミニシアターの開業まで。お前がいなきゃ俺は何もできてなかったよ。

お前がなんで俺にこんなに良くしてくれたのかわからないけど…、なんて、言わない。

本当は古賀の気持ちに気づいてた。古賀が隠していることを俺が無理に暴く必要はないなと思って黙っていた。俺の身勝手な判断かもしれないけど、古賀は俺と友人じゃない関係性になりたかったかもしれないけど、これだけはわかってほしい。古賀はエンドロールに俺の名前の次に流れるぐらい俺の人生での重要な人物だった。古賀がいてくれて俺は人生を生きられたよ。俺の人生を、人生にしてくれてありがとう。」

彼の力はない微笑みで映像は終わった。

映画が終わり、照明が灯り、明るくなる。俺は映画の終わりに明るくなるこの瞬間をずっと何かに喩えたいと考えていた。

長年出てこなかった答えをこの映画を見終わってわかった。

「一番暗い夜明け前の空に朝日が差し込む瞬間だったんだ」と俺は隣の空白を見ながら呟いた。

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