入学式(2)

 ふたりが話していた時、引き戸が開いた。またひとり少女が入室してきたのだ。


「あ、東原さんですね?」


「そうだよ、東原さんだよ」


 声を掛ける高杉に、東原ヒガシハラ留美子ルミコは素っ気ない態度で答えた。

 実のところ、新入生たちの出身地はバラバラだ。当然、入校が決まるまで面識はない。

 したがって、新入生たちは船の上で初めて顔を合わせたのである。引率者らしき中年女性の指示に従い、各々が船の個室に案内された。

 島に到着するまで、少女たちは大半の時間を個室で費やしていた。そのため、他の生徒とは全く会話をしていなかった。

 新入生同士が会話するのは、これが初めてなのである。


 東原は身長百六十五センチほどで、金色の髪を肩までストレートに伸ばしており、大人びた印象を見る者に与える。垢抜けた風貌であり、顔にもキッチリ化粧を施していた。綺麗に眉を描き、アイメイクを施している。爪には、ラメ入りのマニキュアが塗られていた。その姿が、彼女にはとても似合っている。

 かなり大人びて見えるが、これでも同級生のはずだ。皆と同じく、十五歳から十六歳の少女である。矢吹は、不思議な気分になった。彼女の周りに、東原のような派手な女生徒はいない。

 そう言えば東原は、船で東京都の渋谷生まれ渋谷育ちだと言っていた。渋谷という指折りの歓楽街で育ってきた彼女は、身にまとう空気からして何かが違っている。

 そんな東原だが、気だるそうな様子で周囲を見回した。


「にしても、何なのかねえ。ここ、本当に学校?」


「さあね。友愛学園ていう名前からして怪しいよ。どっかの宗教団体か何かが絡んでんじゃねえの?」


 矢吹は、つっけんどんな口調で答えた。と、不意に東原が動く。矢吹のすぐそばまで来たかと思うと、彼女をジロジロ見始めたのだ。頭のてっぺんから爪先まで、じっくりと眺めている。


「な、何だよ! 何か文句でもあんのか!」


 あまりに失礼な態度に、矢吹は思わず怒鳴りつけた。すると、東原は薄ら笑いを浮かべて後ずさる。


「ごめんごめん。いや、いい体してんなあと思ってさ。ジャージの上からでもわかるよ。あと見てて思ったんだけど、あんたクソ真面目なタイプだね」


「はあ!? だから何! あたしに喧嘩売ってんの!」


 矢吹は、またしても怒鳴りつけた。ただし、その理由は先ほどと異なる。今の東原の言葉は、矢吹がこれまでずっと気にしていた部分を突いて来たからだ。

 東原の言う通り、今まで矢吹はクソ真面目に生きてきた。そもそも、生まれた場所が田舎である。都会のように、派手な遊び場などない。

 しかも小学校中学校と、ひたすら空手に打ち込む毎日であった。無論、そのことを後悔してはいない。

 ただし、東原のような遊び人の見本ともいうべき女子を間近で見てしまうと、何となくモヤモヤするものを感じてしまうのも確かだった。空手しか知らない自分と違い、彼女はいろいろなものを見ているのではないか……というコンプレックスを抱いてしまう。

 その気持ちが、怒りの言葉となって出てしまったのである。


「いや、気に障ったなら謝るよ。ごめん。ただね、あんたちょっと危なっかしいなあと思ってさ」


 意外にも、東原はあっさりと頭を下げた。だが、またしても気になる言葉が付いて来ている。


「危なっかしい? どういう意味?」


 矢吹が尋ねたところ、東原は肩をすくめながら語り出した。


「あんたみたいな真面目な奴ってさ、すぐに極端から極端に行っちゃうんだよ。あたしが昔つきあってた男の中にも、そんな奴がいてね」


「お、男の中?」


 高杉が、驚きの声をあげた。もっとも、矢吹も内心は同じ気分だ。男の中、ということは……当然、ひとりではないということだ。東原はこれまで、何人もの男と付き合ってきたのだろう。

 しかし、驚くのはまだ早かった。東原は、さらに語り続ける。


「そうだよ。ヒロシって奴でさ、ヤンキーのくせに、妙にクソ真面目なとこあったんだよね。こっちの世界に足突っ込んだ以上、中途半端なことはしたくねえ……なんて言って、本物のヤクザになっちゃった。挙げ句、今は少年院だよ。付き合いきれなくなって別れたってオチ」


 そこで、東原はクスッと笑った。


「クソ真面目な奴ってさあ、思いつめたら一直線なんだよね。ヒロシもさ、ヤンキーなんて適当にやってりゃいいのに、半端なことが嫌いだからヤクザになっちまった。ヤブっちゃんだっけ? あんたもさ、ヒロシと似てる感じなんだよ。気をつけな」


 言いながら、東原は馴れ馴れしい態度で矢吹の胸の膨らみをチョンとつつく。と、その顔に奇妙な表情が浮かぶ。


「あっ、これ一応は脂肪だったんだね。肩とか腕とかムキムキな割に胸デカいからさ、こっちも筋肉かと思ってた」


 途端に、矢吹の頬が赤く染まる。


「あ、当たり前だバカ!」


 言い返した時だった。また引き戸が開く。

 

「皆さん、お揃いッスね」


 そんなことを言いつつ、入ってきたのはショートカットの女生徒だ。身長は百六十センチほどで、高杉と同じくらいだろう。顔立ちは端正で、瞳は大きく旺盛な好奇心が溢れ出んばかりだ。美少女と呼ぶに不足はないが、同時にイタズラ大好きな少年……といった雰囲気も兼ね備えている。


「確か、鹿島だよな?」


 矢吹が尋ねると、相手は頷いた。


「あっ、そうッス。僕、鹿島美香カシマ ミカッス」


「へえ、あんたボクッ子なんだ」


 横から東原が言うと、鹿島は微妙な表情になった。


「いや、これウチの地元言葉ッス。地元じゃ、男女みんな俺とか僕とか言ってたんで……」


「ああ、方言なんだ。知らなかったよ」


 東原が答えた時、またしても引き戸が開いた。

 入って来た者を見た途端、全員の表情が変わる。なぜなら、それは男子生徒だったからだ。

 黒ぶちメガネをかけ、彼女らと同じく黄色いジャージを着た少年は、申し訳なさそうにペコペコ頭を下げながら入って来た。身長は、百六十センチないだろう。しかも猫背で歩いているため、さらに小柄に見える。ほっそりした体つきで、肌は青白い。癖の強い前髪が波打っており、覇気のない陰気な顔立ちだ。

 ネットによくある陰気でモテない男子のイラストが、そのまま実体化したような見た目である。どこから見ても、魅力的とは言えないタイプだ。


「何こいつ、気持ち悪。こんな奴いたんだ」


 真っ先に、正直な感想を口にしたのは東原である。彼女は少年をチラッと見ただけで、すぐさま目線を逸らした。他の女子生徒たちは、何だこいつは? とでも言わんばかりの視線を送っている。


「あんた、船にいなかったよね? あたしたちと同じ新入生なの?」


 訝しげな表情で尋ねたのは矢吹だ。

 そう、矢吹ら四人は同じ船でこの島に来ている。しかし、目の前にいる少年は乗っていなかった。同じ新入生であれば、引率の女が紹介しているはずなのだ。

 

「いえ、あの、別の船で来ました。ぼ、僕も友愛学園の新入生です。よ、よろしくお願いします」


 長身の矢吹に、少年は上目遣いで答えた。声は震えており、態度もおどおどしている。新しい環境に怯えているのは一目瞭然だった。

 矢吹たちとて、不安がないといえば嘘になる。だが、ここまではっきりと態度に出していない。


「へえ、そうなんだ。で、名前は?」


 矢吹がさらに尋ねると、少年は震えながらも答える。


「あ、あの、は、灰野茂です」


「灰野はさ、何やってここに来たの?」


 横から口を出したのは東原だ。


「は、はい?」


「あんたさあ、パンどろとかしそうなタイプだね。やっぱり、パン泥やって捕まったの?」


「ぱ、ぱんどろ? な、何でしょうかそれは?」


 首を傾げつつ聞いてきた灰野に、東原は呆れた顔つきで答える。


「パン泥ってのは、パンツ盗んで頭に被ったりする変態のことだよ。あんみたいなタイプが多いね」


 すると、灰野は納得したような表情で頷いた。


「ああ、パン泥とはパンツ泥棒の略だったのですね。気がつかなかったです」


 真顔でそんなことを言った灰野を見て、さすがの矢吹も顔をしかめた。この灰野、とんでもない天然少年のようだ。

 一方、東原は納得いかない表情で首を傾げる。


「いや、ちょっと待って……パン泥くらいで、ここまで来るわけないよねえ。となると……もしかして、ちっちゃい女の子にイタズラした? それとも、他のこと?」


「い、いえ、してません」


 かぶりを振り、否定する灰野。たまりかねた矢吹は、東原を睨み口を開く。


「そういうあんたは、何でここに来たんだよ?」


「あたし? あたしはね……思い当たることが多すぎて、わかんないんだよね」


 事もなげに言った東原に、矢吹は思わず聞き返す。


「どういうこと?」


「これまで何度も補導されてっからね。深夜の徘徊、酒、タバコ、草、暴行、恐喝パパ活その他もろもろ。で、最終的にここに来ちゃったってわけ」


 そう言って、東原はクスリと笑った。

 矢吹は不思議な気分になった。この東原、かなりの悪さを重ねてきたようだ。しかし、どぎつい大人びた言葉を吐いたかと思うと、年齢相応の表情もする。根っからの悪党ではないように思えた。

 少なくとも、矢吹が叩きのめした不良少年たちのような下劣さは感じられない。


「で、そういうヤブっちゃんは何やったの?」


 軽い口調で聞いてきた東原に、矢吹も軽い口調で答える。


「あたしは、男を殴った。三人ぶっ飛ばしたら、相手の親が弁護士つれて学校に乗り込んできた。それで、ここに入れられた」


「へえ、凄いじゃん。さすがだね。で、あんたは?」


 言いながら、東原は鹿島の方を向く。

 鹿島は少しの間を置き、照れくさそうな表情で口を開いた。


「あのう……実は放火ッス」


「ほ、放火!?」


 思わず声をあげた矢吹に向かい、鹿島は頭を掻いてみせた。


「いや、一応はそういうことになってるらしいんんスけど……本当は、花火してただけなんスよ」


「花火ぃ?」


 また聞き返す矢吹に向かい、鹿島は照れくさそうな表情を浮かべ語り出す。


「そうッス。夜中に、ひとりで中学の校舎に忍び込んだんス。で、屋根の上で花火やってたら……いきなり火がついて、校舎が燃えてたんスよ。古い木の校舎だったから、あっという間に燃え広がり、ほとんど全焼しちゃったんス。怪我したり死んだ人はいなかったんスけど……まあ、えらく怒られちゃったッス」


「当たり前だろ。あんた、結構とんでもないね」 


 呆れた顔で言った矢吹だったが、東原は笑いながら鹿島の肩を叩く。


「いや、でも何となくわかるよ。あんた、イタズラ大好き人間でしょ? ちっちゃい頃から、イタズラ繰り返してたタイプでしょ?」


「実はそうなんスよ」


「けど、一番ヤバいのはこいつだよ」


 言いながら、東原は灰野を睨みつけた。


「お前はさ、何やったの? やっぱり、ちっちゃい子の服脱がしたりしたのか? それともヤッちまったの? だとしたら許さねえよ」


 低い声で凄む東原に、灰野は怯えた表情で叫ぶ。


「ち、違います! 僕、そんなことやってません!」


「じゃあ何? 何やったの?」


「あ、あの、ふ、不登校です」


「不登校? ふーん、学校行かなかったわけだ」


 東原が言った時、それまで黙っていた高杉が口を開く。


「わ、私もです! 私も不登校です!」


「ああ、高杉ちゃんだっけ? うん、あんたはそうじゃないかと思ってた。で、なんで不登校になったの?」


 遠慮なしに聞いていく東原に、矢吹はまたしても苛立ちを覚え口を出す。


「あのさ、いくらなんでも失礼すぎねえか? 人には、言いたくねえこともあるんだよ」


「あ、そうだね。ごめんごめん。つい余計なこと聞いちゃうのが、あたしの悪い癖なんだよね」


 またしても、東原は素直に謝った。だが、すぐ灰野に視線を移す。


「けどさ、これだけははっきり聞いときたいんだよ。あんた、ただの不登校じゃないだろ」


 東原が言った時だった。奥にある扉が開き、スーツ姿の若い男が入って来た。次いで入って来たのは、白いTシャツを着て短パンを履いたゴツい大男だ。最後に、短髪で紺色のジャージを着たアラブ人のごとき男が続いた。

 アラブ人似の男が扉を閉め、若い男が口を開く。


「はい注目。今から、入学式を始めます」





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灰色の天使 板倉恭司 @bakabond

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