入学式(1)

 季節は春になり、孤島に設立された友愛学園も入学式を行なうこととなった。とはいえ、新入生はたったの五人である。普通の高等学校ならば、有り得ない話だろう。

 しかし、友愛学園ではそれが当たり前だった。




 そもそも、この友愛学園は……十五年ほど前 退職した元警視庁総監とその友人たち──成金の資産家、高名な病院の院長、広域指定暴力団の組長といった面々──が集まり、資金を出し合い設立されたものなのだ。言うまでもなく、誰も金銭的に困ってはいない。そのため、最初のうちは儲けよりも自分たちの楽しみを重視していた。

 彼らは「上級国民」である。一般市民の追い求める快楽など、とうの昔に飽きていた。強い刺激を求めていくうち、さらにアブノーマルなものにのめり込んでいく。

 そんな彼らにとって、友愛学園はうってつけの場所であった。ここなら、己のしたかったことが何でも出来る。本土なら、色々と面倒なことも多い。しかし、孤島ならば何でもありだ。

 結果として、それがさらなる儲けに繋がった。噂を聞きつけた同好の士たちが集まることとなり、学園に多額の富をもたらしたのだ。


 この学園に入学した生徒は、在校期間に様々な教育や訓練を受ける。もちろん、通常の学校教育とはまるで異なる分野だ。全員が離島にて生活し、監視された中で特殊なジャンルのスキルを習得していく。もちろん、教師たちへの反抗は許されない。反抗などすれば、容赦ない暴力が待っている。

 こんな地獄のごとき環境で三年間を耐え抜いたとしても、そこから先に自由などない。生徒たちの進路は……よくても、本土の高級風俗店の風俗嬢。もしくは、暴力団の組員だ。特別に口が堅く有能な者のみが、このルートに乗れる。

 最悪の場合、海外の変態に性奴隷として売られるか、違法薬物もしくは新しい治療法の被検体か、臓器の提供者となる。言うまでもなく、いずれも最終的には若くして死亡する。

 そのどちらでもない卒業生は、この島の中にある施設の名もなき従業員として一生を終えることとなる。大半の者が、このルートを辿っていた。


 当然、新入生はそんな事情など知らない。入学し、初めて友愛学園こ こが地獄であることを知らされるのだ。




 先ほど本土より、新入生という名の生贄いけにえが島に到着した。

 まず新入生が足を踏み入れるのは、一階の多目的ホールである。床のほとんどが、畳で覆われていた。面積は広いが、室内は極めて殺風景だ。黒板や教卓はおろか、机や椅子もない。何より奇妙なのは、部屋に窓がひとつもないことだ。外に通じていると思われる引き戸の他に、奥の壁にも扉がついていた。

 そんなホールには、ふたりの新入生が先に入っていた。どちらも、黄色のジャージ上下を着ている。

 ここには、腰を降ろそうにも椅子がない。そのため、片方の生徒は壁に背をもたれて立っており、もう片方は床に座り込んでいる。


「あーあ、疲れたよ。ったく、こっちは朝の五時起きだぜ。んで何時間もかけて港まで行ったと思ったら、いきなり船に乗せられちまった」


 片方の女生徒が、面倒くさそうにひとりごちた。目鼻立ちがはっきりしており、日本人らしからぬ風貌だ。美しい顔立ちではあるが、背が高い上に肩幅は広く、全体的にいかつい体つきである。目つきも鋭く、よく見れば拳にタコがある。確実に、同年代の男子からは恐れられるタイプだろう。

 彼女らは朝の九時に、保護者同伴で港に集合した。その後に簡単な手続きを経て、引率者らしき女性たちと共に船に乗り込んだ。保護者とは、港でお別れである。

 そして一時間ほど前、この極楽島に到着したのだ。時刻は、先ほど午後三時になったところだ。入学式には遅すぎる時間帯である。

 しかも、持ってきた荷物ほ全て学校側が預かってしまった。着てきた服も半ば強制的に着替えさせられ、今は黄色いジャージ姿なのである。


「私も同じですよ。朝の五時頃に起こされました」


 座っている女生徒が答えた。


「あんた、高杉とかいったね。こんなところに来るタイプには見えないよ」


 いかつい女生徒が、不思議そうな表情で話しかける。

 その疑問も当然であろう。座っている少女は見るからにおとなしそうで、風貌も地味である。髪は黒く、肩までの長さでまとめられていた。

 もっとも、地味というのは、あくまでパッと見の印象である。近くで見れば和風な美少女だ。一重瞼に長い睫毛が眩しく、磨けば光る顔立ちである。今の時代には、むしろ貴重な存在かも知れない。

 そんな高杉夏海タカスギ ナツミは、目線を逸らしつつ答える。


「あ、あたしは……その、ずっと学校に行ってなかったので……」


「あっ、そうだったんだ。ごめんよ」


「えっ? 何で謝るんですか?」


「いや、その、言いたくなかったんじゃないかなと……」


 口ごもる女生徒。風貌はいかついが、根は優しいようだ。高杉は、クスリと笑った。


「別にいいんですよ。あの、あなたは矢吹さんですよね?」


「そうだよ。矢吹純ヤブキ ジュン


「じゃあ。次は矢吹さんの番ですね。どうしてここに来たんですか?」


 高杉に問われ、矢吹の表情が曇る。

 しかし、それはほんの一瞬だった。次の瞬間には、笑顔で答える。


「人を殴った」


「な、殴った?」


「そうだよ。三人ばかり殴って蹴った。そしたら友愛学園に入れって言われて、ここに来たんだ」


 矢吹は、笑みを浮かべつつ語った。

 もっとも、事実は笑いながら語れるようなものではない。彼女にとって、世の中の理不尽さを思い知らされた出来事だったのだから……。


 ・・・


 矢吹は幼い頃に両親と死別しており、児童養護施設で育った。

 生まれつき体が大きく腕力のある矢吹は、たちまち児童養護施設の子供たちのリーダー格となる。同じ年頃の少年少女たちを引れ、じょうげあちこちで騒ぎを起こしていた。男子との喧嘩も、しょっちゅうであるが負けたことはない。

 そんな矢吹を見かねて、空手を教えたのが院長の知り合いであり空手家でもあった丹波弦蔵タンバ ゲンゾウだ。空手三段で自身の道場を持つ丹波は、矢吹のありあまるパワーとエネルギーを空手に向けさせようと思ったのである。

 空手との出会いは、悪ガキだった矢吹を劇的に変えた。もともと腕力は強く、運動神経にも優れている。その上、根性があり闘争心も人並み外れていた。根が真面目で、練習にも熱心に通う。他の子供たちが遊んでいる時間、彼女はひたすら稽古に打ち込んでいたのである。

 その成果は、すぐに現れた。六年生の時、矢吹は念願の初段を取得する。組手においては、もはや同年代の男の子相手ですら引けを取らないレベルになっていた。

 中学生になっても、矢吹の生活は変わらなかった。学校が終わると道場に行き、ひたすら稽古に打ち込む。

 やがて師匠の丹波は、彼女にある提案をする。日本最大のフルコンタクト(直接打撃制)空手団体『番竜会』の全国大会への出場である。番竜会には、中学生の部の全国大会があり、しかも女子の部もある。つまり、女子中学生の全国大会が開催されているのだ。

 さらに、この大会はオープン制である。他流派の選手のエントリーも受け付けていた。矢吹でも、出場が可能なのだ。

 この大会にて好成績を残せれば、矢吹純の名は空手界……いや、女子格闘技界に名前が知れ渡る。そうなれば、有名な大手ジムからのスカウトもあったかも知れない。

 もっとも、矢吹と丹波の目標はさらに上をいっていた。ふたりは、優勝を目指していたのである。この大会にて優勝すれば、最強の中学生の称号を得られるのだ。

 しかし、そうはならなかった。




 ある日、矢吹はとんでもない話を聞かされる。

 同じ児童養護施設の女子が、他の私立中学校に通う生徒に嫌がらせを受けたというのだ。それも、ただの嫌がらせではない。胸を揉まれたり尻を触られたりといったものだ。

 もともと正義感が強く面倒見のいい矢吹は、そんな話を聞かされて黙ってはいられなかった。嫌がらせをしたという者がいる学校に、単身で乗り込む。主犯格の生徒と話をつけるためだ。だが、そんなことをする輩との話し合いが、ただで済むはずがない。

 しかも、背が高く体格もいいため見過ごされがちだが、彼女の容貌は欧米人である父の血が色濃く出ているエキゾチックなものだ。目鼻立ちのキリッとした美しい顔立ちだが、単に綺麗というだけでなく、強い野性味をも感じさせる。

 本人は全く気づいていなかったが、学校には男子の隠れファンもかなりいたのである。矢吹に蹴られたい、などという不埒な思いを抱いて彼女を見ていた者も少なくなかった。

 そんな女が、単身こちらに乗り込んできたのである。相手方にしてみれば、飛んで火に入る夏の虫だ。最初は、にこやかに話しながらも手を握ろうとしてきた。矢吹が拒絶すると、開き直って実力行使に出る。三人がかりで、欲望を剥き出しにして襲いかかってきたのだ。

 しかし、少年たちは何もわかっていなかった。彼らは今まで、まともな一対一の喧嘩すらしたことがない。ヤンキーにもなれなかった半端者たちである。

 対する矢吹の身長は百七十センチで体重は七十キロと、女子中学生にして一般男性に引けを取らない体格の持ち主だ。しかも、単なる脂肪太りではない。これまで徹底した鍛錬で鍛え抜き、筋肉で体重を増やしてきたのだ。

 さらに、持てる時間の大半を強くなるためのトレーニングに費やしている。そんな彼女に、喧嘩すらしたことのない中学生が勝てるはずもなかった。

 勝負は、あっという間に終わる。三人とも顔面に正拳突きや上段回し蹴りを叩き込まれ、一分も経たぬうちに地面に倒され呻いていた。

 矢吹は倒れている三人を、怒りに満ちた目で見下ろす。また痛い目に遭いたくなければ、二度とウチの子たちに手を出すなクズ野郎……と言い放ち、その場を去っていった。


 それで終わらないのが、この手の輩の喧嘩だ。

 主犯格の生徒の父親は、とある大企業の重役だったのである。しかも、この友愛学園の関係者とも知り合いだった。

 やられた主犯格は、すぐ両親に泣きついた。他校にいる空手黒帯の女生徒が、いきなり暴力をふるってきた。おかげで怪我をさせられた。絶対に許せない……と。

 母親は、息子の言うことを信じた。さっそく弁護士を引き連れ、矢吹の通う中学校に乗り込む。ふたりして学校関係者に向かい、あの矢吹純という生徒を何とかしろと因縁をつけた。

 そのため、児童養護施設の院長らが学校に呼び出され、話し合いがなされた。最終的に決定したのが、矢吹を私立友愛学園に入学させることだ。相手方は、この条件を呑めなければ、あらゆる手段を用いて施設を潰す……とまで言ってきた。

 他の子供たちを守るため、院長は涙を呑んで条件を受け入れた。


 こうして矢吹は、目標としていた空手大会への出場を果たすことなく、この地獄へと来てしまったのである──







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