第12話 ゴリラ女とお姫様
話を聞き終えた凜花が盛大にため息をついた。
「なあんだ。結局、ももちゃんがかなえの王子様だったって話か」
「ごちそうさま~♪」
杏がニヤニヤ笑ってあたしをこづく。
「あーもう、そういうんじゃなくて」
否定しながら、でも以前みたいな嫌な感じが湧いてこないことに気づいた。
杏や凛花の態度が変わったわけでもないのに。
「でも、百瀬くんって勇気あるね。上級生相手に」
由美子が感心する。本当にそうだ。自分の家の前でごちゃごちゃ言うのがうるさかっただけかもしれないけど、なかなかできることじゃない。
「まーそうよね。百瀬もだいぶからまれたし。結局、助けてくれたのはレトリバーだけどね」
「またぁ、素直じゃないな。かなえがももちゃんを好きになった理由、これではっきりしたわね」
「好きじゃないってば。からかうのやめてって言ってんじゃん」
あたしの指摘に凛花の目が点になり、ああ、これもいじりか……とつぶやく。
「なんかしゃべるの怖くなるな。あれもこれもダメなのかって考え出したら、な~んもしゃべれない。こんなの、ただのノリだよ?」
「冗談って言われても面白くないって、凛花だって言ってたじゃん」
「そうだけどさー」
凛花はため息をついた。
「ただのノリだよ」と言う言葉から、ふと凛花のパパの姿が浮かんだ。
運動会で会ったときのことだ。同じ白組だったから、四年生の時だろうか。
徒競走で凛花がはじめて一着をとった。
うれしくてたまらなかったんだろう。ちょうど待機席近くに現れたパパに、とびはねながらそのことを報告しに行ったんだ。
でもパパは、開口一番に凛花の帽子が飛んで髪が乱れたことをからかった。
「まるでメデューサが追いかけてきたみたいで、気持ち悪かったぞ~」って。
あたしは瞬間、凛花が泣くんじゃないかと身構えた。
けれど反論もせず笑っていた。
隣で聞いていた凛花のママもにこにこしているだけで、だれもなにもとがめなかった。
周囲にいた男子にメデューサとはなにかと聞かれて、凛花のパパは画像を検索して見せた。
髪の毛がヘビになってるかいぶつの姿を見て「メデューサ、やべ」とはやしだすと、パパはまるで良いセンスだとほめられたかのように鼻の下を掻いていた。「こいつはギリシャ神話の怪物で、姿を見たものを石にするんだ。きっとみんなその呪いで失速したんだぜ」と得意げな顔をして、せっかくの凛花のがんばりを笑いのネタにしてしまったんだ。
あんまりひどいとおもったから、あたしは凛花に慰めの言葉をかけた。
するとこう返ってきたんだ。「べつに。あんなの、ただのノリじゃん」って。
「ただのノリでも冗談でも、イヤなものはイヤ。あたし、凛花のことは好きだけど、イヤなことをがまんしながら付き合いたくはない」
口にしてはじめて気がついた。
あの日、百瀬に言われた「言われっぱなしでいるな」という言葉は、ゴリラ女のお前ならやっつけられるだろうなんて意味じゃなかった。
やつらの言葉なんか聞くな。悪意からちゃんと自分を守ってやれってことだったんだ。
あたしを大切に扱ってくれた人たちのためにも。
相手の言葉を真に受けて、すっかり自分がゴリラ女であるかのような気がしていたあたしには、素直に受け取れなかったけれど。
運動会の日のあたしは凛花にへらへらしてほしくなかった。傷つけられた自分のために泣いてほしかった。怒って欲しかった。
百瀬も、きっと私を見て似たような気持ちになったんだ。
だから、あたしはもう自分を蔑ろにしない。
「ほんとにやめてね」
凛花は口をとがらせ、しぶしぶと言った様子で約束した。
「わかった、なるべく気をつけてみる」
ふてくされた凛花の横顔を見て思う。
あたしを大事なお姫様だと思わせてくれたのはママやパパ、それからいつも褒めてくれた凛花たちだった。
その肝心のパパが凛花をメデューサだと言い、ママまで一緒に笑っていたなら、凛花は自分をみにくいメデューサだと信じてしまわないだろうか。
どうやって自分は素敵なんだって信じられるだろうか。
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