第15話 黄昏は怪奇と共に


「お姉ちゃん……かぁ……」


 今日がにぎやかだったせいだろう。一人縁側に座り、沈んでいく夕日をぼぉ~~~っと眺めていると、深い寂しさを感じてしまう。


 昨日の壁も、同じような気持ちだったのかな。


 ずっと長い間、誰とも話すこともなくそこに在り続けるということは、どれほどの寂しさなのだろうか。


「夜、クスノキの所へ行け……か」


 場所は知っている。おそらく、昨日の昼間に行ったキツネの祠のところなのだろう。


 しかし、この村の夜は暗い。行くとしたら何か明かりになるものを持っていかないといけないだろう。


「だとすると懐中電灯だろうなぁ。家のどこかにあればいいのだけど」


 立ち上がろうとすると、今日の名誉の負傷が痛み出す。


 それをかばうようにゆっくりと立ち上がり、目をつむって両手を組んで大きく伸びをした。


 優しく吹く風が実に心地いい。


 すると、どこからともなく、


『懐中電灯なら、奥の納戸に置いてあるんじゃないかな。電池はテレビの横の引き出しだよ』


「なるほど、そんな所に置いてあったのですね。教えてくれてありがとうございます」


 意気揚々と教えられた場所に行こうとして家の奥に引っ込みかけたところで、慌てて後ろを振り返った。


 そこには人影なんて見当たらなかった。


 それじゃあ、今の声はいったいどこからしたのだろうと疑念を抱いたところで、庭の中の違和感に気づいた。


 庭に人影はないのだけど、人の形をした影があったのだ。まるで、透明人間が夕日を浴びて影だけがそこにあるといった感じ。


「あれ……おかしいな……目の錯覚かな」


 そう思った時だった。


『ひどいわね。目の錯覚なんかじゃないわよ』


 影から声が響いてきた。私が飛び上がって驚いてみせると、影はクスクスと笑い声をあげた。


『ワタシは、ワスレモノ。誰かさんの、ワスレモノ。取り戻したかったら、クスノキに行ってごらんなさい――――』


 そう言うなり、影はまるで幻のように庭の中から消えていった。


 幻覚だったのだろうか?


 辺りを見渡してみたけど、どこにも影の姿はなく、ただ虫の音と風鈴の音だけが辺りに響いていた。


 いったい、どうなっているのだろう。昨日といい、今日といい、不思議なことが立て続けに起こっている。


 壁や先ほどの影の言う通りにクスノキの所へ行ったら、もしかしたらひどい目にあってしまうのかもしれない。


 でも、壁や影が私に投げかけた言葉が、忘れられない。


 忘れもの。忘れモノ。ワスレモノ。


「失くしたものなんて……そんなの、たくさんありすぎてわかんないよ……」


 誰に言うでもなくつぶやきながら、さっきの影が言っていた納戸の奥とテレビの横の引き出しを開けてみると、確かにそこに電池と懐中電灯があった。


 さっきのはやはり幻覚なんかじゃないようだった。


 緊張と恐怖で背筋に冷たい汗が流れていくのがわかった。


「怖いけど……怖いけど……行ってみるしかないよね……」


 気がつけば私は、おばあちゃんの鈴を強く握っていた。

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