第9話 胸に開いた穴
夕飯の間は、昔の懐かしい思い出話に華が咲き、思った以上に長話になってしまっていつの間にか外はすっかりと暗くなってしまっていた。
あまり長居しすぎては失礼にあたるし、慣れていない道を暗い中一人で帰るというのも心細いので、慌てて席を立って今日のお礼を言ってハルさんの家を後にした。
すると、間の悪いことに曇り空だったはずがいつの間にか小雨が降り始めていた。
菜々美さんが貸してくれた折り畳み傘を開き、暗くなった道のりを歩いていく。
しかし、夜は暗いものというのは当たり前のことだけど、こんなにまで夜が暗いなんて思わなかった。
なんでここまで暗いのだろうと思っていたのだけど、その答えはすぐに出た。街灯がまったくないからだ。
都会では当たり前な、煌々と輝く街灯は存在せず、数百メートルおきに点在する民家から零れ落ちる淡い灯りたち。
その淡く優しい灯りと、雨の雲間から差す月の光がわずかに周囲を照らすだけ。
そんな暗闇になれていない私は足元が定まらず、何度もつまずきながら危なっかしい足取りで歩いていく。
近くの田んぼからは、そんな私を見て笑っているかのように、カエルたちの大合唱が響いていた。
都会の雨はジメジメして気が滅入るものだけど、ここの雨はなんだか恵みの雨っていう言葉がしっくりくる感じ。
そんなことを思いながら家までたどりつくと、すぐに廊下に干していた布団を居間へと持っていく。
カバンから寝間着を引っ張り出し、布団を敷いて寝る準備を整えていく。
暑くなりだした時期だというのに、この地域はなんだかそんな雰囲気を感じさせず、とても心地がよかった。
布団の横に置いていたスマホを手に取り、お父さんへと電話をかける。
電話口のお父さんに、今日の出会いの話を聞かせると、ハルさんと将志お兄ちゃんのことをお父さんはしっかりと覚えていたようで、それは今度お礼に行かないとなとうれしそうな声で話していた。
そんなお父さんのうれしそうな声を聞くたびに、私は少しずつ気持ちが落ち込んでいった。
なぜ、私はハルさんや将志お兄ちゃんのことを忘れてしまっていたのだろう。
今なら、在りし日のハルさんや将志お兄ちゃんとの想い出が頭の中にありありと浮かばせることができる。
でも、ついさっきまではそんな楽しかった憧憬なんて、かけらも覚えていなかった。
どうして、私は忘れてしまっていたのだろう。
お父さんとの電話を済ませ、布団の中へともぐりこむ。
先ほどのハルさんの家での楽しいひと時とは裏腹に、私は胸の中にぽっかりと大きな空洞が開いてしまったかのような喪失感を覚えつつ、ゆっくりと微睡の中へとおちていくのだった。
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